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彷徨える一〇一物語 〜魔法少女って聞いてたけれど、ちょっと想像と違う世界観だよ。外伝〜  作者: 山本航


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『挑む者』

 埃っぽい暗闇とくぐもる静寂の沈殿する地下奥深くで若き医者、気高き牡鹿(フォームス)は痛みに喘いでいた。どれほどの時間が経ったのか、どうやら気絶していたらしいと気づく。


 そこは調査に向かった魔法使いたちの誰一人無事には戻ってこなかった地下洞窟を利用した古の遺跡だ。封印されていたとはいえ市民の営む地下街にほど近いはずだが、馬の嘶きも届かない。

 フォームスはありとあらゆる備えを用意して、宮廷魔術師によって設定された限界線を越え、慎重に慎重を期した歩みの数歩目に単純な落とし穴に落下してしまったのだった。幸い命はある。ただの縦穴であり、宙を踏んだ間抜けを切り刻んだり刺し貫いたりする仕掛けはなかった。

 しかし最も頼りにしていた魔法、癒しを蓄えた呪文のほとんどを使ってしまった。残りはたったの三行だ。


 気を失っている間、フォームスは何度も見た夢を見た。兄との死別の夢だ。その豊かな才能と高い地位によって得た多くの友に囲まれ、惜しまれながら亡くなった兄だ。王国中を調査発掘して回り、祖が伝え残すことを怠った古の魔術を詳らかにした英雄として称えられる魔法使いだ。


 そして、大通りに名を残す兄でさえ攻略できなかった地下空間こそがこの洞窟だ。王都の地下街において限られた魔法使い以外は近寄ることも禁じられたこの洞窟こそが唯一兄の心残りだったらしいことが遺品から判明したのだ。表向きには調査中であったが、その実は封印措置を行っていた。洞窟には頑健な戦士でさえも己の血に溺れる罠と、英知を戴く魔術師でさえも正気を投げ出す呪いが張り巡らされているらしい。

 あまりの犠牲の果てにフォームスの兄はある推測をしていた。すなわち魔法の中の魔法、古今東西の魔法使いたちが生涯をかけて希求し、手にした者は誰もが英雄としてその名を永久に残すとさえ言われる魔術の頂点、魔導書が秘匿されているのではないか、と。


 フォームスは消えた松明を再び灯し、黴臭い暗闇を照らし出す。古王国も手を加えなかった剥き出しの岩肌の狭苦しい道が地下深くへと伸びている。装備を確認し、今落ちてきた穴を見上げる。

 誰かが覗いている。見下ろしている。背中を這い上がった怖気が、しかし一声で消え去る。


「大丈夫ですかあ? 今助けますね」


 気の抜けた女の声だ。女が何事か呪文を唱えると、光り輝く魔法の縄がするすると空中を右へ左へと這う蛇のように穴を降りてくる。

 ここに来ることは誰にも伝えていない。封印を解いたことはいずればれるがいくら何でも早すぎる。追われたのか、待ち伏せられたのか、あるいは偶然か、分からない。

 落とし穴の底から伸びる道を調べた者はいないだろうから少し惜しかったが、上を調べてからでも遅くはないだろう。病気がちだった兄とは違って時間だけはあるのだから。


「迷惑をかける。今、上る」と声をかけ、フォームスは光の縄を掴んで体重をかけ、足で壁に引っかかりを探す。

「ああ!」と叫んだのは上の女だ。


 張り詰めていた縄が緩んで落ちてくる。フォームスは慌てて飛び退いた。

 女はフォームス同様に岩肌に叩きつけられ、悲鳴とともに打ち付けるような高音がこだまする。


「何てことだ。どん底から這い上がることも許されないのか」とフォームスは大袈裟に責める。


 責めてから気づく。それは人間ではなかった。人間大の木の人形だ。


「すみません。体重差を考えてませんでした。でも体は無事です。幸運の女神に感謝ですね」


 木の人形はいくらかひびが入っているが気にせず立ち上がる。

 フォームスは目をしばたたかせて動く木の人形を凝視する。

 高度な魔術に違いないとフォームスにも分かる。かつては兄と同じ夢を志し、道半ばで兄には勝てないことを悟り、道を違えたが、それでも作りの粗さに対してあまりにも自然な、まるでそういう生き物であるかのように動く人形の素晴らしさは分かった。


「一体、君は何者だ? この遺跡の遺物か?」

「これを渡すように、と言われました」


 木の人形は胸の蓋を開いて、中の空洞からしわくちゃの紙切れを取り出した。蓋の裏には縄を握る鰐の絵札が貼られている。

 松明をかざして紙切れを照らす。どうやら手紙らしい。文字は滲んでいるが何とか読める。書き手は兄だった。


『この手紙を読む者が誰であれ、私と志を同じくする魔法使いであろう。

 知っての通り――私の名が廃れるほど遠い未来でなければ――宮廷魔術師賢き牡牛(ドリーブ)とて全貌を明らかにすることができなかった地下洞窟に、君は挑んだのだろう。

 その決意を称えるべく、この木偶人形挑む者(オーブルクーリ)を贈る。きっと助けになることだろう。

 ただしいくつか注意点がある』


 このような魔法(オーブルクーリ)を隠していたことは兄らしくないように思えた。それが自身の手で作った物であれ、古の遺跡から見つけた物であれ、魔法使いの功績であることには変わらない。

 それにどうにも癪に障る。フォームスは兄の宿願を果たしたいわけではなく、逃げ勝ちした兄の鼻を明かしたいだけなのだ。

 ふと過ちに気づいて、フォームスは自嘲する。逃げ勝ちも何も、兄に挑みもしなかったのが自分だ。

 それにオーブルクーリがいてもなお、兄はこの遺跡を解き明かせなかったのだから、フォームスがオーブルクーリに力を借りても偉業(・・)にけちがつくことはないはずだ。


「手伝ってくれるのか? 私を」とフォームスはオーブルクーリに尋ねる。

 オーブルクーリは居住まいを正し、端然と答える。「お望みとあらば」

「君には何ができるんだ? 光の縄を出す以外に」

「ありがたいことに私の作り主は冒険に必要な全てを授けてくださりました」


 オーブルクーリの言葉には照れも衒いもなく、正直に話しているらしかった。

 フォームスは再び兄の手紙に目を落とす。


『ただしいくつか注意点がある。

 予言させてもらうならば、おそらく君はオーブルクーリを罵るだろう。

 馬鹿と呼ぶか、阿保と呼ぶかは分からないが。

 君の気持ちは察するに余りある。しかしその力は本物だ。上手く使いこなしてくれ。

 ただし、奴の力を借りるとしても知恵は借りるな。奴の手を貸すとしても耳を貸すな。地下洞窟を知ろうとするように奴のことを知ろうとするな。

 それだけは気に留めておいてくれたまえ』


 フォームスはオーブルクーリの木目の横顔を見つめる。手紙を盗み見ていたらしく、慌てて顔を逸らす。


「ずいぶんな言われようだな」

「ちょっと、勘に頼りすぎてしまうきらいはあるかもしれません。私を導き給う天啓に感謝しなくては」




 オーブルクーリにできることは多かった。魔法の縄は頑丈で、自分で確かに結びさえすれば命綱にはもってこいだった。

 魔法の梯子は見たこともない魔術だ。必要以上に長かったり必要以下に短かったりしなければ、どんな高低差も踏破できる。

 魔法の短剣は切れ味が鋭い。木偶人形の指でさえも牛酪(バター)のように切り離した。

 探索をしているのはオーブルクーリで、フォームスはまるで新居を案内されているような気分になった。一々作り主や運命や幸運に感謝しなければ滞りなく進んだろうけれど。


 深く深く海抜下まで潜り、再び古王国によって整備された洞窟へと戻ってくると休憩を取る。この地下迷路の築造者たちも行き来したであろう正式な道の階段の半ばだ。この辺りは人力で掘られたらしく、穹窿(アーチ)状の天井がずっと続いている。


「丁度正午です。休みましょう。お食事をなさっても構いませんよ。丁度いい休憩場所に感謝ですね」


 丁度良くもなければ、休憩場所でもない。


「いや、食事は持ってきていないが。正確な時間が分かるのか?」


 地下深くには時を知る手立ても導もない。


「ええ。私の重要な力の一つです。規則正しい生活こそが己の力を十全に発揮する第一条件ですから」

「それはそうなのかもしれないが、規則正しい地下洞窟探索というのも可笑しな話だな」


 フォームスは濡れた地面に腰を下ろし、オーブルクーリは壁にもたれかかり、一息つく。壁に備え付けられた燭台があったが火は移せなかった。


「ここまで来れたことはあるのか?」


 オーブルクーリが兄や他の魔法使いたちとどこまで挑めたのかフォームスは知りたかったのだ。


「ええ、何度か」

「だが戻ってきた魔法使いはいない。君を除いて」

「そうです。この先はただの冒険家の私には太刀打ちできない。罠や呪いがひしめいています」

「冒険家? そうなのか?」

「ええ、二つの意味において私は冒険家です。一つはそのための魔法を多数有していること、一つは、ありがたいことにドリーブ様に連れられて王国中の未踏領域を調査した実績です。感謝してもしきれません」


 フォームスは全く知らなかったが、不可解な話だ。英雄と称えられる宮廷魔術師がこのような木偶人形を連れて、調査して回っていたならば王国の誰もが知ることになったはずだ。

 少なくとも同僚の魔法使いたちは知っていたはずで、たとえ口止めしていたとしても隠しきれるものではない。仮に隠しきれたのだとしても、そもそもなぜ隠す必要があるのか。

 いくつかの疑問の内の一つを選んで尋ねる。


「そういえば肝心なことを聞いていなかったな。君は兄貴に作られたのか、見つけられたのか」

「兄貴?」オーブルクーリは不可解そうに目を細め、不思議そうに首を傾げて呟く。

「私の兄だよ。ドリーブは」

「え? 兄? 弟なのですか?」


 オーブルクーリは人形のくせに分かりやすい反応をする。驚愕、動揺、誤魔化し。どうやら弟と知らずに接していたらしい。

 フォームスもまた勘違いしていた。てっきりオーブルクーリは弟と知って兄の手紙を渡したのだ、と。確かに内容は不特定の誰かに宛てたものだったが。


「それで質問の答えは?」


 ようやくオーブルクーリの表情は再び端正なものへと戻る。


 澄ました顔で兄の人形は答える。「秘密です」

「なぜ?」

「秘密を守れと命じられたからです」


 フォームスは苦笑する。


「それも話しちゃいけなかったんじゃないか?」

「大丈夫です。心苦しいことではありますが」オーブルクーリは光の縄を取り出して自分自身に結び付け、もう一方の端を燭台に結んだ。そして壁を探り、押し込んだ。「黙っていろ、ではなく、黙らせろ、と命じられたので」


 今になってオーブルクーリの足元で何かが光ったのに気づく。貝殻だ。よくよく見ると魚の骨も散らばっている。

 どこか遠くから鈍く重い音が聞こえてくる。それは水音だ。地上へと続くはずの階段の上の方から地鳴りのような音が降ってくる。


 押し込まれた壁を元に戻す、以外には何も思いつかなかった。フォームスは立ち上がり、オーブルクーリ目掛けて突進する。しかし兄の木偶人形は少しも抵抗せずフォームスの足掻きを見つめている。押し込まれた壁に指を引っかけるが引き戻すことができない。全てを元に戻す方法は別にあるのだ。そしてそれをフォームスが知る術はない。


「なぜ私を殺すんだ? なぜ君は兄に従うんだ?」

「秘密です」


 概して魔法というものはそういうものだ。秘密を隠し、また暴くのが魔法使いというものだ。

 フォームスはオーブルクーリに掴みかかって胸の蓋を開く。すると初めてオーブルクーリは抵抗した。魔法の短剣に肩を引き裂かれ、癒しの蓄えを一行失いながらも人形の胸の中を検めるが、やはり空洞だ。手紙の他には何も入っていなかった、蓋の裏の絵札を除けば。


 フォームスが絵札を剥がすと木偶人形の力が抜けて地面に(くずお)れ、光の縄は消え去った。それだけだ。未だ助かっていない。

 フォームスは思考を巡らせる。オーブルクーリは自分の体を縄で結んで固定した。窒息する心配はないが流されるのは危惧したということだ。

 ならば他に手はない。フォームスは自分の体に鰐の絵札を貼り付ける。体を乗っ取られる可能性は考えたが、他には何も思いつかなかった。

 乗っ取られなかったが、何も変化はない。ただし、自身の心の隣に何者かが現れるのを感じた。


「さあ、このままだと道連れだぞ。それが嫌なら私の体を助けろ」

「分かりました」


 フォームスの体が勝手に動き、呪文に応えて光の縄が空中に現れる。


「体を固定しても私は窒息すると分かっているか?」

「そうでした」

「おい! わざとなのか!? 頼むよ! 助けてくれ!」


 次にフォームスの体は壁の別の個所をまさぐって押し込んだ。すると先に押し込んだ方が元に戻る。

 しかし水音は止まない。当然だ、一度入り込んだのだから。


 フォームスに何か言われる前にオーブルクーリは「そうでした」と呟いた。


 大水が軽々とフォームスの体を押し流す。気休めにもならないが岩肌に叩きつけられて死ぬのを避けるべく、癒しを蓄えた残りの二行を解放する。あるいは窒息死よりはましかもしれないと気づいた時には気を失った。




 生きている。どうやってかは知らないが水を排出する仕掛けもあるらしい。でなければ何度も使えず何人も殺せない。罠が一つのはずもないが。

 水浸しだがいくつかの燭台に火が灯されていて、辺りは明るい。

 フォームスは気を失ったまま歩き回っていたのだと気づく。


「私が死体になっても君は死なないんじゃないか。何で助けてくれたんだ?」


 フォームスは独り言を話すように自分に語り掛ける。


「助けろと命じられたからです」とオーブルクーリは素直に答える。

「命令されれば誰の言うことでも聞く魔法なのか? 君は」

「誰にでもではありません。私の札を何かに貼った者に従うのです」

「それは……気の毒だ」


 オーブルクーリが何も答えないのでフォームスは周囲を眺める。行き止まりの、人の手によって作られた石室だ。この地下洞窟の最奥なのだろうか。入り口の階段を見つけて安心し、反対側の壁のそばに櫃が置かれていることに気づく。


「それで今なら君は質問に答えてくれるのか? つまり命じれば」

「貼りなおされた今、もはやドリーブ様の命令は全て破棄され、特に私個人には秘密を守る義理もありません。命令でなくても大抵のことはお教えしますよ」

「じゃあ教えてくれ。君はどこで兄貴に見つけられたのか」

「作られた可能性はないんですか?」


 兄に限らず、初めから他者にも使える自分だけの魔術を作る者などいない。


「どうやらね」

「まさにこの洞窟です。この部屋ではなく、貴方と出会った辺りよりずっと浅層ですが」

「この洞窟の調査を始める前、いや、兄貴が宮廷魔術師になるより前か」

「その通り。ドリーブ様は私の力を使って次々に王国中を探検したのです。あらゆる山々を、洞窟という洞窟を。自然の要塞も、人造の峡谷も」

「そして数多の手柄を立て、宮廷魔術師になり、自ら掘り起こした王都の地下街を与えられ、だけど君と出会った洞窟だけは封印した、と。何を恐れていたんだ?」

「ある意味では私を、です。私の他にも私に匹敵する魔法がこの洞窟に秘められているのではないか、と。私を使ってこの洞窟を踏破できればそれで良かったのでしょうけれど」

「病いがそれを許さなかった。そして自分以外の誰かがその栄誉を手に入れるのも許せなかったってわけか」


 フォームスは櫃の元へ向かう。しかし蓋は既に開かれていて、中は空だった。


「何もなし、か。兄貴は空の櫃を恐れていたんだな」フォームスは乾いた笑いを零す。

「正確には元々私が入ってました」とオーブルクーリは何でもないことのように話す。

「ええ? それを兄貴には言わなかったのか?」

「言いましたよ。他に大した魔法は見かけませんでしたよ、と。何せ私、信頼されてませんでしたから」

「何もかも茶番じゃないか」


 フォームスもまた今まで人生全体に張り詰めていた緊張感のようなものが失われて脱力する。

 兄に対する劣等感も、早死にによって見返せなかったことも全てが嘘だったかのように感じる。


「そういえば何で君の存在を世間から隠せたんだ? 君の活躍を隠すのは難しいだろう」

「今みたいにドリーブ様自身の体に貼っていたからですよ」

「それじゃあ兄貴自身の魔法の才能は……いや、よしとこう」


 今更どうにもならない話だ。少なくとも自身の才能に満足していなかったのは兄弟共々だったようだ。ただし兄貴は幸運を拾い、不幸から逃れられなかった。


「何度か兄弟の話も聞きましたよ。弟には負けたくないんだとか」


 それで十分だ。フォームスは一つ溜息をつき、少しの笑みを零す。


「さあ、地上に戻ろう」

「私は、これからどうすればいいのでしょう」

「悪いが今後君の冒険に付き合うつもりも、私の人生に関わらせるつもりもない。好きなように生きたまえ。命令は無しだ」

「ありがとうございます!」

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