第47話「神殺し」
「かつて、とある高名な錬金術師がいた。
男は若くして当時の錬金術体系の全てを網羅すると、それを元に独自の研鑽を重ね、人類の悲願であった黄金錬成にも到達した。
だが、男はその後さらなる探求には注力せず、己が神域の御業を民草に普及させることにこそ尽力した。彼は自らが更なる高みへ到達できる可能性を多いに秘めながらも、その生涯を人々の暮らしの発展に捧げることを選んだのだ。
男は各地を巡礼し、その奥義の一切を惜しむことなく皆に捧げた。
彼のおかげで救われた命があった。
彼が救った為政者の善政で豊かな暮らしを営んだ町があった。
だが、衆愚は比類無き恩を、搾取と拷問の末の死という最悪の仇で返した。
私は彼を教訓に悟った。
世の低俗な人類達には、偉大なる我が父が極めし秘術は早すぎたのだと。
そして二つの決意をした。
一つは、我が父が到達した錬金術の究極を然るべき形で形にすること。
もう一つが、我が父の偉大さを真に理解して功績を崇められる程度には、愚かな人類達を崇高な存在へ昇華させることだ」
「要するにてめえは、『俺の凄いパパが裏切られたのが許せなかった』、そんで『糞みてえな人間共を、この世界を俺が変えてやるんだ』と、そう考えた訳だ。なんだ、神様だの錬金術師だの言うから、常人には理解不能などんだけサイコな動機をほざき出すかと思えば、至極真っ当じゃねえか。ああそうとも、この世界は腐ってる。なんだ、俺達案外気が合うんじゃねえか?」
「貴様如き矮小な凡夫が知った口を利くな!」
「あんま汚え言葉遣うなよ。どんどん化けの皮が剥がれてっぞ。いや、それはそれで、俺としちゃ良いんだがな?
訳の分かんねえ奴が訳の分かんねえ理屈で訳も分からず俺達を苦しめてたってんなら、許せねえ。だがお前は、その行動原理も目指した理想も、全くもって人間然としてた。少なくとも俺個人は納得できた。
お前は、ただ純粋に能力不足だっただけだ。だから安心しろ。
てめえの理想はてめえ一人が抱え込む必要はねえ。俺が引き継いでやる。ま、俺の場合、父親じゃなく俺自身を蔑ろにしたってのが根源的動機になるがな?」
「貴様のような胡乱の輩に世界を託すだと⁉ 寝言は寝て言え!」
「寝言ほざいてんのはてめえだろうが! 俺が絶対に退かねえ以上、てめえはここで俺に斃される。ならお前の意思にかかわらずお前は神の座から引き摺り下ろされるし、引き摺り下ろした俺がそれを継ぐのが筋ってもんだろうが!
お前は失敗したが、俺は成功する。それがどれだけ困難だろうと、他の神共が邪魔して来ようと、俺は退かねえ」
「そうか……」
旭日は、俺の目をまじまじと見つめる。
「貴様はやはり私に似ている。その目、その言動、父上の研究の粋を天へ昇華させんとしていた私自身と重なる。私には無理だった。だが、貴様ならあるいは」
そう言うと、急に俺の木刀を押し返す聖剣の力が弱まった。
その一瞬の隙を見逃さず、ついに俺の木刀が奴の頭を捉える。
しかし、果たしてダメージを与えるには至っていないようだった。
「ふっ、私の身に傷一つ付けられないその虚弱さで、よくもあれほどの大言壮語ができたものだな。なんだその鈍ら刀は。そんなもので私は殺せぬぞ?」
「いいや。お前を殺す必殺の一撃なら、ちゃんと用意してある」
旭日の首から胴が真っ二つに裂けた。
「最後の大仕事、今度は成功かな?」
「ああ、紆余曲折あったが、プランB成功だ」
後方の空中から旭日を一刀のもとに斬り伏せた仰木と、固く拳をぶつけ合う。
「結局役に立てたんだか立てなかったんだか。まあ、うまくいったなら僕はそれでいいけど」
ステージの幕に隠れていた栂野が、俺達のもとに駆け寄る。
そのとき、足元に転がる旭日の亡骸が僅かに蠢いた。
「待て! こいつまだ」
「いや……案ずるな。この期に及んでなお貴様らと争う意思は無い。最期に少し語らせろ」
全身を両断されてなお、いかな原理か旭日は言葉を発していた。
とはいえ、回復の兆しはない。俺達は傍らで旭日の言葉を待った。
「この〈神の庭〉は私が創造したもの。私が死ねば、徐々に構造を維持できなくなり、やがては消失する。そして、私がこの〈神の庭〉にて預かっていた魂――すなわち初日からの殺し合いで脱落していった者達の魂も皆、元の肉体へと戻る」
「じゃあ、昏睡状態の皆が意識を取り戻すってことですか!」
栂野が興奮に声を上ずらせて尋ねる。
「然様。だがそれは安易に喜ぶべきことではない。確かに私の手で殺されるはずだった者達は一命を取り留める。だが三年後の人口削減計画は変わらない。
生力――貴様等有機生命体の生命を維持するために地球に投入されているエネルギーは、その供給の九十九パーセントが削減されることが既に確定済みだ。
現状を放置しても、三年後のある日、人口の九十九パーセントが謎の突然死を遂げることとなる。故に――」
「故に、俺はその神界の連中にナシつけて供給を継続させればいいと? そういうことだな?」
「ああ、そんなことが貴様に可能ならばな? 貴様に政治能力があるとは到底思えぬが……」
「そ、それはだな……」
「御心配には及びません。安晴はその辺からっきしですが、僕がいますから」
「そうか。いずれにせよ、この星はこれまでの比では無い混沌に陥る。この星の行く末は託したぞ……」
「ああ、託されたとも。だから――逝け」




