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第46話「反撃」

 眼前の世界が切り替わる。

 杉穂を見殺しにした絶望の世界から、旭日を前に為す術無く倒れた別の絶望の世界へと。

「よぉ、いい朝だな。と言いたいところだったが、起きて最初に見るのがお前のいけ好かねえ不快なツラだなんて最低の目覚めだ」


 旭日は、俺が斃れる前と変わらず、聖剣を片手に虚空を仰いでいた。

 だが、その名のとおりに旭日旗を模した意匠のマントは脱ぎ去り、心なしか雰囲気も異なって見えた。


「貴様――なぜ、なぜまだ立ち上がる……?」

「なぜって? おいおい忘れたのかよ? 俺の〈宿業(フェーイヒカイト)〉は不死身だぞ? そんな鈍らドリルぶっ刺されたくらいでイク訳ねえだろ」

「貴様の〈宿業(フェーイヒカイト)〉は、貴様自身の絶望によりその力を」


「絶望なら既にしたよ。ああ、全部思い出したとも。なーにが〈(ドーネン)〉だ、笑わせんなって話だよな? 虚勢張って粋がってみても、何てこたぁねえ。俺は都合が悪いことはそもそも見なかったことにしてきただけ。そんなもんただの現実逃避だ。俺はひたすら勝ってきた訳でもなければひたすら成功してきた訳でもねえ。単に自分自身を騙してそういうことにしてただけだ」


「ほう? ならばどうするというのだ? 現実が見えたというのならば、降伏し、私に抗うことをやめるか? もっとも、貴様が如何な心変わりをしようとも調整の執行には影響しない故、貴様も残りの二人も殺すがな?」

「いや、それはねえ」


「何?」

「いや、偶然なのか必然なのか、結局のところ俺がやるべきこと自体は変わらねえ。てめぇは全力でぶっ殺す、それしかねえんだよ。現実? ああ分かってるさ。俺はお前みたいな化け物にどうあっても敵わないかもしれない。俺を信じてついてきてくれた仰木と栂野、あの二人をむざむざ道連れで死なせることになるかもしれない。それでも、お前の屍の先にしか道が無いなら、全力で押し通るまでだ! そうだろ。杉穂?」


 既に亡き俺の理想の具現へと尋ねる。

 無論、返答など期待していない。だが――


「その言葉を待ってたよ」


「へ?」

 周囲を見渡すも、やはりその姿は見当たらない。

 だが、杉穂がそう言ったのも確かに聞いた気がした。


 じわじわと英気が充足してくる。

 腹を掻っ捌かれようとも全身を焼かれようとも、今まで死ぬことは無かった。

 だが重傷は負ったし、その傷は完治に相応の時間を要していた。


 だからこそ、驚愕した。

 腹部をなぞった指には、血の一滴も付いていない。

 見れば全身を黒炎に焼かれた火傷も、カラドボルクで穿たれた巨大な穴も、その全てが綺麗さっぱり無くなっていた。


 旭日は俺だけを真っすぐに見据え、この身に起きた不可思議な変生を訝しげに睨んでいた。

 杉穂の声は、少なくともこいつには聞こえていないようだった。


「ま、そんな訳だ。最終決戦と行こうや!」

 傍らに落ちていた血まみれの木刀を拾い上げ、旭日に向けて振りかざす。

 旭日は呆れたようにフッと息を吐くと、光弾の如き速度で斬りかかって来た。


「何⁉」

 旭日が聖剣を上段から袈裟斬りに振り下ろした。

 奴の速度に反応が間に合わず、もろに斬り付けられたはずだった。

 しかし、俺の肉体は薄皮一枚剥けることすら無しに、その斬撃を受け止めた。

 まるで鋼鉄が竹刀の一振りなどものともしないように。


「ちっ」

 生じた一瞬の隙を突くべく木刀を奴の頭に振り下ろすが、空を切る風切り音を聴く頃には既に、奴は俺の射程圏を離脱していた。

「貴様、一体何を……?」

「知るかよんなもん。何か知らんが杉穂の声が聞こえた気がして、何か知らんが前にも増して頑丈になった。ただそれだけだ」


「『何か知らんが』か。ふっ。なるほど確かに、人間の成長とはそういうものなのかもしれぬな。本人がいまいちそれとして実感することも無く、だがしかし経験は確実にその地力を上げる。いいだろう。その肉体を貫くまで、吾輩は何度でもこの聖剣を貴様に突き立てよう!」


 旭日は幾度と無く多彩な攻撃を浴びせてくるが、俺はそれでも傷つかない。

 俺が一瞬の隙を突いて木刀を叩き込まんとするが、それが奴に届くことは無い。

 そんな千日手のような膠着状態が優に百合は続いた頃、旭日が口を開いた。

「貴様は、なぜそうも食い下がる……。貴様は私には勝てぬ、そんな単純な事実も理解できぬのか?」


「そういうてめぇも、俺を殺せてねえじゃねえかよ」

「私はこの世界の統治者であり、この世界そのもの。仮に貴様を直接この手で殺せずとも、貴様を葬る方法などいくらでもある」

「そうかもな。だがそれでも、てめぇが俺を殺せねえことには変わりねえ。なら俺は、てめえの首にこの木刀が届くまで、何度でも振り続けるだけだ」


「解せぬな。そうまですることに一体何の価値がある? 仮に貴様等三人が生き残れたところで、この世界の絶望的衰退は既に確定事項だ。貴様等の手でどうこうなる問題ではないのだ。そんな荒廃した廃墟のような死の世界でも、それでもなお貴様等は生き続けるというのか?」


「勝手に死の世界だの何だの決めつけてんじゃねえよ、その元凶の無能糞野郎が。そうだな、てめぇをぶっ殺したらこの世界はその統治者とやらもいなくなるんだろ? ならその空位に俺が新たな統治者として座るってのはどうだ? そしてお前よりよっぽどうまくこの世界を統治して、その死の世界とやらを回避する。どうだ完璧じゃねえか? え?」


「貴様が統治者となれば解決するだと? 笑わせるな! 世界は貴様等人間が住まいし地球だけではないのだ。この私が統治する地球以外にも世界は数多にあり、そのそれぞれを統治する神格がいる。

 貴様は神界の、あの人智を超えた英傑達を知らぬ故、そんな戯言を抜かせるのだ。ただでさえ存亡の危機に瀕するこの星がこの上統治者を失えばどうなるか? 

 そんなもの、適当な大義名分を掲げて侵略してきた他の神に支配されるだけに決まっておろう!」


「話聞いてたかボケナス。統治者がいなくなるなんて言ってねえだろうが。俺がお前の代わりにカミサマとやらになってやろうか? そう言ったんだ。

 第一だ、お前みたいな傲慢な糞野郎が俺達人間のことを考えて世界を統治してたとは思えねえ。じゃなきゃこんな糞みてぇな世界になってねえだろ」

「貴様に何が分かる⁉ 私が一体どのような思いで貴様等人間を導いてきたか! どれだけの心血を貴様等人類の発展のために注いできたか! その結果がこのような惨状を招きどれほど……いや、私のことは良い。世界を統べるということは、貴様如き小童には想像も及ばぬほどの至難の業なのだ」


「いいや、良くねえ。俺が神になるにしろ空位になるにしろ、俺がてめぇをぶっ殺せばてめぇは自動的にお役御免。俺の手でてめぇを終わらせるってんなら、てめぇという神が過去にいたことを保証する生き証人くらいにはなってやる。そもそもお前は何で神とやらになった?」


「貴様に殺されてやるつもりは毛頭無い。だが、いいだろう。死に行く貴様の手向けに教えてやる。私が神となったのは、そう――無知蒙昧たる白痴の人類達を然るべき高みへと導くためだ」


 旭日は目を眇めると、遠い日の起源を語り出した。

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