第45話「懺悔」
宣言どおり、旭日は最早聞く耳を持たぬとばかりに、新たな杭を構える。
それも今度は三本同時で。
目視できたと思った瞬間には、やはりそれは射出を終えている。
だからこそ、俺は旭日が杉穂へ攻撃を開始する時点ではなく、殺意を発した時点で動き出していた。
打ち出された三本の杭は、それぞれが俺の首と腹と右足を深々と抉った。
「貴様はペナルティの対象ではないと説明したはずだが?」
流石に煩わしさを感じたらしい。旭日の目が苛立ちの微熱を帯びる。
喋ろうとしたが、喉が潰れて声が出ない。
激痛を堪えて首の杭を抜き、辛うじて声を絞り出す。
「杉穂はもう、てめえのペナルティを耐えただろ? ならこいつはもう、初日の仰木みたく無罪放免だろうがよ。他の奴を狙えよ」
「貴様、その体でなぜ――」
全身に致命傷を負ったまま喋り続ける俺を見て、流石の旭日も同様を見せる。
だが、一呼吸置くと、奴は再び鷹揚な振舞いを取り戻していた。
「他がいないからこそ、あくまで彼女を執行対象に据えているのだが。今日時点で未だただの一人も殺せていない参加者は、たった今吾輩が殺した六人を除けばもう彼女だけだ。同条件の参加者が他にもいた初日とは違うのだよ」
こいつはまだそんなことを。
喉が回復してきたことを確認して声を張り上げようとしたが、杉穂が制する。
「あいつの言ってることは正しいよ。私は確かにたくさん殺したけど、それと同時に私は一人として殺せてない。さっき旭日が言ってたことを思い出せばピンと来てそうだけど、私の戦果は安晴の戦果。だから安晴は私が殺した分も殺したことになるし、私は何人殺そうが戦果ゼロのまま」
「杉穂、今はよく分からん禅問答なんてやってる場合じゃないんだぞ? 分かるように言え」
「私はね、私であって私じゃない。文月杉穂なんて人間は本来この世に存在しないんだよ」
「いや、意味が分かんねえよ! お前は現にこうして生きてるだろうが!」
俺が詰め寄るのも意に介さず、杉穂は言葉を続けた。
「この〈神の庭〉は肉体の枷を取り払って精神だけを抽出し、更にその精神を疑似的に実体化した亜空間。そんな物質界の条理の埒外にある異常世界だからこそ、私は半ば独立した自我を持つ一人の人間として実在できた。
今現在の私は独立しているけど、その根は安晴にあるし、私の種と安晴の種は深く結びついてる。
重要なのは、私は安晴が生み出した存在だということ。本体の安晴が私を庇うなんてのは、立場逆転してて全くもって馬鹿馬鹿しいからやめてね?」
「いや、だから訳分かんねえって言ってんのに、もっと分からなくなったぞ! 俺もとにかく重要なことを言えば、俺はお前を死なせたくはない死なせるつもりも無いってことだ!」
今の俺と歩みを共にする仰木と栂野。
あの二人は俺にとってかけがえの無い親友であり、今の俺の幸福そのものだ。
だが杉穂の存在は、俺にとってある意味それ以上にでかい。
絶望に打ちひしがれ、全てに自暴自棄になっていたあの日。
全方位三六〇度闇しか無く、屍のように虚ろに生きていた。
それをあの杉穂は変えてくれた。
闇に射す一筋の曙光となり、地獄から這い上がる道筋を背中で示してくれた。
今の俺は、こいつ無しには存在し得なかった。
きっと自宅や施設で延々引き籠って不貞腐れるだけ。
そんな鬱屈とした虚無の人生を突き進んでいた。
だから――お前が死んでいい人間な訳が無いだろう!
「安晴が今言った言葉を疑うつもりは無いよ。でもさ――じゃあ流瑠香と兼嘉はどうするつもりだったの?」
「それは……」
とどめとばかりに杉穂が言い放った言葉に、俺は何も言葉を返すことができなかった。
「安晴ずっと苦しんでたよね? 枠は三つ。でも安晴自身に流瑠香と兼嘉で既に三人。私の枠を作るためには誰か一人を押し出さなきゃいけない。
冷静に考えて四人とも生き残る術なんて存在する訳無いのに、それでも何とかするなんて信じ込んで。でも、常に心のどこかで私や二人を騙してるような裏切ってるような罪悪感に駆られて。
それも今日で終わり。私はそもそも架空の存在だし、架空に立脚して見えていた虚像も今日で消滅する。だからね、安晴。もう苦しまなくていいんだよ?」
聞き捨てならない。自分が死ねば万事解決、めでたしめでたし。
そんな言葉を容認することなど、できるはずがない。
なのに――なぜ口が動かない?
杉穂の言葉を否定しない⁉
ああ分かってる。それは、俺自身が理解しているからだ。
杉穂の言葉は全て正しく、俺は杉穂の死によって、八方塞がりの苦しみから救われるのだということを。
「違う……」
そう捻り出すのが精一杯だった。
だが杉穂はまるで聞こえなかったかのようにそれを無視する。
「そろそろ良いかな? 貴様等は私が杭を向けてなお生き永らえた故、惜別の言葉を交わすくらいの猶予は下賜して良いと考えたまで。無論見逃すつもりは無い」
旭日が一方的にそう宣言すると同時、杉穂の周囲一帯を優に千はあろうかという無数の杭が包囲する。 そして、それらは間髪入れず断続的に投擲された。
杉穂の〈宿業〉は、旭日の神速の杭さえも予知能力により躱してみせた。
だが回避速度自体は、至って平凡でしかない。
物量にものを言わせた強引な力技で潰しにかかられれば、避けるべくも無い。
杉穂だったものが無数の杭に貫かれ、どんどん原型を失っていく。
眼前で何が起きているのか?
視覚は依然情報を受信し続けていたが、脳が理解を拒絶する。
体温が急速に下がっていくのを実感する。
と同時、俺の中で何かが失われていくような錯覚がした。
「君は最後まで世話が焼ける人だな。とはいえ、原因が私にもあるならしょうがない。いいよ、安晴が立ち直るまでは、死なないように私が盾になってあげる」
臓腑が飛び出し、腕が消し飛び、徐々にその輪郭すら小さくなっていく。
まともに言葉など紡ぐべくもない今際の際、杉穂は俺にそう言い遺した。
意識が深く沈み込んでいく。
だが、その世界は闇とは対極。
まるで俺を宥め癒すかのような、シミ一つない純白の美しい世界だった。
そうか――俺はこの日、ただ杉穂を殺されたんじゃない。
自身の無力さ故に、自ら積極的に杉穂を見殺しにしたんだった。




