第44話「不可解」
気が付くと、(審問の篩)十四日目の制限時間は残り十分を切っていた。
このくらいの時間になる頃には、ノルマはほぼ達成されていることが多い。
だが今日に限っては、総勢約五百人という規模の中、たかだか四十二人の敗者の枠が埋まらず、依然十人以上のノルマが残されていた。
三日目以来一度として発生していなかったノルマ未達によるペナルティ執行が、現実的危機として浮上してくる。
この事態は今宵の戦場の特殊な構造に起因する。
普段行動を共にする仲間との合流が妨げられるため、この日は保守的に逃げ腰に徹する参加者が多かったのだ。
「なあ、もしかして俺、ヤバくね?」
一向に減らないノルマを見て焦った俺は、杉穂に耳打ちする。
「大丈夫だよ、安晴がペナルティで殺されることは無い。私が保証する」
一体何を根拠に?
疑問に思うことはあっても、杉穂の口から出る言葉にはその正しさを直観させる不思議な力があった。
ここに来て、俺は一つの事実に気付く。
この記憶は、俺がずっと思い出せずにいた領域だ。
故にこの先の展開は、通過すれば当たり前の既知として反芻される一方で、通過前はまるで真の未知かのように正体不明。
分かっているのは、この先で俺は何かを見て、その果てにこの〈神の庭〉で意識不明に陥るということだけ。
終了が刻一刻と迫り、ペナルティを食らう可能性がある連中が慌てて動き出す。
ノルマの数字が少しずつ減っていくが、それでもゼロには届かない。
先にゼロを迎えたのは、果たして制限時間の方だった。
最終的に残ったノルマは1人。ペナルティ執行対象はざっと七人ってところか。
これならこれまでに何人もぶっ殺してきた杉穂は言うに及ばず、通算キル数三の俺もまず執行対象になることはないだろう。
紅い空を割る不穏の光が今宵も戦場に降り注ぎ、その主が怪訝そうな表情で姿を現す。
「私の来訪日に限ってわざわざノルマを残すとは。貴様等はそんなにも私に手ずから殺されたいと申すか」
ノルマ未達の原因である特殊な戦場を用意したのは、無論旭日である。
元凶である男の挑発に憤りこそすれ、それに異を唱える者はいない。
ペナルティの執行対象になるリスクがある者は、どうか自分が標的にならないように気配を遮断し、既に多くの参加者を殺して調整と無縁の者達は、不快極まる絶対神を無言で睨むばかりだった。
「手早く済ませるとしよう。七人だ」
旭日が指を鳴らすと、その周囲に何処からともなく杭が現れる。
そして参加者達がそれを視認した頃には既に、その杭は調整の標的の心臓に深々と突き刺さっていた。
一人、また一人。
まるで蟻でも潰すかのように、参加者達が造作も無く殺されていく。
六本の杭が放たれ、六人の亡骸が地に臥した。
そして放たれる最後の一本――のはずだった。
しかし七本目は地面に深々と突き刺さるだけで、参加者の肉を貫くことは無い。
「ほう。ペナルティに抗う者は貴様で二人目だな。そうもあっさり避けられるのは少々癪だ」
旭日が言う一人目とは、無論仰木のことだろう。
参加者ほぼ全員がキル数ぜロで、等しく調整執行対象に含まれていた初日のペナルティ。あいつは絶望的引きの悪さで貧乏くじを手繰り寄せた挙げ句、自らの手でその運の悪さを清算するという離れ業をやってのけた。
そして、仰木に続いてペナルティに逆らったのは、またしても俺の仲間だった。
「杉穂⁉ おいちょっと待て! おかしいだろ! こいつは既に五人は殺してる! 絶対こいつよりキル数少ない奴が他にいんだろ?」
不機嫌に顔を顰めている旭日を睨む。怒鳴らずにはいられなかった。
俺の言葉を聞いて一斉に目を背けた奴等は、杉穂よりキル数が少ない本来のペナルティ対象達だろう。
「五人は殺した? 何を世迷言を。そこな女は今日に至るまでただの一人も殺していない怠け者であるぞ?」
「はぁ⁉ 何訳分かんねえことを! こいつは俺が知ってるだけでもそれだけは殺ってる。少なくとも三人しか殺してない俺よりは」
「そう過少申告することもあるまい? 既に貴様は十人も殺しているではないか? この戦場の中でも貴様はかなり上位故、調整の執行とは無縁と言えよう?」
「だから違うつってんだろ! てめぇの目は節穴か! あのホムンクルス共はただの中身空っぽの木偶か?」
「我々は貴様等が一体どこで誰を何人殺したかなど注視してはおらぬ。殺人数なら、貴様等の〈聖核〉が帯びた血の数で一目瞭然である故な。
ああつまりだ、貴様自身がどう証言しようとも、貴様の〈聖核〉が十人もの参加者を殺したものとして記録しているという事実は揺るがぬし、その女の〈聖核〉が空であることもまた事実という訳だ。
話を聞くも聞かぬも貴様次第。だが、私はもう無用な説明はせぬ」




