第43話「回復記憶」
「安晴!」
「お、おう。何だよ、そんな声張り上げなくても聞こえてるぞ」
「なんか今日ノルマさ、やけに少なくない?」
「へ? ああ、確かに言われてみれば。十四日目の今日まで二週間近く、ノルマはずっと一五〇人前後で固定だったのにな。いや殺し合わなくていいならそれに越したこと無いんだが、ろくでもない何かが潜んでそうでぞっとしないな」
自分の口から出た言葉に、ぎょっとする。
ここは確かに〈神の庭〉だし、俺はたった今までそこにいた。
だが、地形も周囲の参加者の面子も、何もかもが違う。
初日の闘技場をそのまま縮小したような戦場に、ざっと五百人程度はいそうな参加者達。
何より、自分の身体に強烈な違和感があった。
自分が自分であって自分じゃない。
過去をなぞる追体験であり、ここ最近何度も見ていた夢と同じ、あるいはその続きとして捉えるべきか?
恐らくそうなのだろう。
なぜならこの夢の必須キャストは二人いる。
俺と――
「杉穂、お前どこ行ってたんだよ。最近ばったり見なくなったと思ったらひょっこり現れやがって」
「そりゃあ初期配置がランダムな以上会えないときだってあるよ。流瑠香達と会えない時があるのと同じ」
「そういえばお前、俺が仰木達と合流すると見計らったかのように行方不明になるよな? 俺自身一流コミュ障だから面識無い友達の友達がいかに鬱陶しくて関わりたくないかは分かるが、あいつらに限っては安心していいぞ? 何せ俺と仲良くできるような奴等なんだからな」
「別にそういうんじゃないってば。もっと単純な話。彼等がいれば安晴を守ってくれるから、私が護衛の任から解かれるってだけ」
「別に俺はお前に守ってくれなんざ頼んだ覚えねえよ」
「でも安晴、糞雑魚じゃん。私が守ってあげないと、サンドバッグにされてリンチされてばっかじゃん」
「るっせえな。俺は不死身なんだからいんだよ」
「それにリンチ云々だけじゃないよ。二人もいない状況で私までいなくなったら、誰が――安晴の心を守るの?」
「はぁ? 何じゃそら」
そうだ。俺はこの十四日目、杉穂と行動を共にしていた。
前日までとは打って変わって、単一の戦場ではなく互いに独立な小さい複数の戦場群。当然俺もそのうちの一つに放り込まれた。
仰木と栂野のいずれとも合流できなかったが、こうして杉穂と久しぶりに一緒になっていた。
この〈神の庭〉で最初に杉穂と遭遇したのは、四日目のことだった。
藤崎達に嬲り殺しにされ、自分の無力さに打ちのめされていた。屈辱に打ち震えていた。
そのときこいつは現れた。
最後に会って以来九年、その間ずっと俺の傍にいたかのような自然さで。
会っていなかった期間も、当然俺と同様に成長していた。身長は俺とほぼ同じくらいで友達の宇宙人(♀)とは違って凹凸も激しく、すっかり大人びていた。
にもかかわらず、俺は一目でこいつをあの杉穂だと直感したし、杉穂の方も同様だった。
「ぅわっ!」
「撤退だ! お前ら引け! こいつは危険だ! 関わんねえ方がいい」
「何だよあの美少女! 何であんな子が穴堀みたいなゴミを庇って」
純粋な悲鳴に杉穂への恐怖、更には俺への理不尽な罵詈雑言等々口々にしながら、俺に襲い掛かって来た連中が散っていく。
「安晴は相変わらず囮として優秀だね。君といるだけで勝負を挑んで来る奴が後を絶たない。背後で待ち構えてれば入れ食い状態」
「お褒めに与り光栄だよハハハ……。しかし不平等なもんだよな? お前のその〈宿業〉何だよ。チート過ぎんだろ」
杉穂の〈宿業〉、それは空間把握と未来予知。
周囲一帯の四次元を時間経過による変化まで含めて完全に認識する、チート扱いに相応しい恐るべきものだった。
「チートはどっちよ。確かに使い勝手はいい能力だけど、絶対的な何かがある訳じゃない。何をされても絶対に死なない不死身の方がよっぽどインチキじゃん」
「いやいや、戦績で見ろよ。言ってて悲しくなる話だが、俺が全部一から十まで自力で相手を殺したことなんてただの一度も無いぞ? 俺のキル数のほとんどは、栂野に御膳立てしてもらって、無抵抗の奴を一方的に殺して得たもの。本当に惨め過ぎて泣きたくなるわ」
一方の杉穂は、この〈宿業〉を駆使してコンスタントに敵を殺していた。
逃げる相手を深追いはせず、あくまで俺を襲ってくる奴だけを狙い、そしてその一部を息の根まで止めていく。
「この〈烙印〉っていうのは、私達が背負ってる業に根差してるらしいからね。常日頃視えないものを視てる私の〈宿業〉って言うなら、納得だよ」
「ていうと、お前」
「あれ? 言ってなかったっけ? そうだよ。今はもう全く視えない。ああでも大丈夫。この世界と一緒で、別に目では視えなくても脳で把握はできるから」
杉穂はどこまでも恰好良かった。
俺があの日、特別支援学校の保健室で初めて会ったときと変わらず。
いや、そのとき以上に。
あの日と同じく、やはり俺は杉穂に憧れた。
逆境すらも逆手に取り、涼しい顔で理想に突き進み続ける。その在り方に。




