第42話「暗君」
「知るかボケ! てめぇが乗った勝負だろうがァ!」
主郭から外壁に至るまで、全てが金と白金で建造された光輝の城塞。
その城門付近から怒号が響くと、一人のみすぼらしい男が外へと叩き出された。
「貴様が必ず勝てると、そう言ったから私は……」
蹴り上げられた腹部を押さえながら、ダリオスは膝立ちで恨めしそうに顔を見上げる。
八重歯は抜け落ち、端正な顔は痣と血で見るに堪えない惨状になっていた。
「必ず勝てるなんざ言ってねえだろうがよ。てめぇが参加する前は好況で楽勝相場だった。だがお前が参入した時期はそう、たまたま間が悪かった。
だからお前は初っ端でいきなり躓いた。そして早々に原資の三割を失ったてめぇは、正気とは思えねえ間違った選択肢を取り続け、負けるべくして負けた。
分かるか? 自業自得。全てはてめぇの自己責任なんだ。ま、最初の段階で運が無かったのは同情するが、あとはてめぇでてめぇの首を絞めただけだ」
クベーラは淡々とダリオスを詰り、心底どうでも良さそうな冷めた目で見下ろす。
「運が悪かっただと……⁉ 全てっ……! 全てお前が仕組んだんだろうが! こんなイカサマ誰が認めるかっ!――ひっ」
「あんまり人聞きが悪ぃことほざくんならよ、てめぇ――ここで死ぬか?」
目を充血させて恨み言をぶつけるダリオス。
そのダリオスのもとまで歩み寄ると、クベーラは胸倉を掴み上げた。
「いいかァ、よーく思い出しても見ろ。第二金星への移民受入枠を賭けたこのセネト。参加を申し込んだのはどこのどいつだ?」
「それはお前がぐっ!」
掴み上げたローブをクベーラが更に引き絞り、ダリオスは呻き声を上げる。
「あーっと、聞こえなかったか? 誰がお前に魅力的な選択肢の一つを示してやったかなんて、俺ァ訊いてねんだわ。誰がこのセネトに自主的に参加したのかって訊いたんだよ」
「そ、それは……わた」
「そうだろうがよ! なら全部てめぇの自業自得だろうが! 勝手に勝負を挑んで、勝手に負けた! それを責任転嫁してんじゃねえよこのドクズがっ!」
既に顔面を腫らしたダリオスを、クベーラが更に痛烈に殴りつける。
無様に地を転がるその様は、とても一つの世界の統治者とは思えない痛々しいものだった。
「ま、そう悲観すんな。負けたっつってもよ、まだ原資の二割は残ってんだろ? なら大きく定数が減ったとはいえ、移民枠自体は残ってる。それにだ、残った原資全額ベットの大博打で勝ちゃあ、まだまだ大逆転の目だってあるぜ?」
かつて富の神として君臨し、やがて賭博の神ともなった男は、この期に及んで更に悪魔のギャンブルを嬉々として持ちかける。
しかしふと顔を見上げたかと思うと、苦虫を潰すかのように舌打ちした。
「その辺にしておけ、クベーラよ」
クベーラが見上げた次の瞬間、どこからともなく二人へ言葉が投げかけられる。
俯せに蹲っていたダリオスが何事かと周囲を見渡す頃には、二人の傍らにアイオーンが姿を現していた。
「口出ししねえんじゃなかったのかよ」
ばつが悪そうにそっぽを向きながら、クベーラが言う。
「流石に見かねてな。余の提案が丸きり無かったことになるのもあまり気分が良いものでは無いしの」
「き、貴殿は……」
困惑しながらも安堵の表情で見上げるダリオスに、アイオーンが向き直る。
「何、別件でクベーラに用があって参ったついでだ。わざわざ貴様なんぞのために来た訳では無いわ」
想定していたよりもかなり辛辣な言葉に、再びダリオスは俯く。
「さて二人共、よろしいかな?」
アイオーンは両者と一度目を合わせると、徐に語り出した。
「第二金星への移民枠を賭けてダリオスが挑戦していた通貨ゲームセネトだが、今現在を持って中止としてもらう。今現在賭けに使用中の原資については、現在のレートで払い戻しとする」
「あーはいはい。ま、そんでいいわ。俺としちゃあ既にそこそこ搾取できたしな」
「貴様今なんと……!」
開き直ったように本音を口にするクベーラをダリオスが睨みつけるが、クベーラは全く意にも介さない。
「ダリオスよ、せっかく余が恩情をかけたのだ。これ以上それを無碍にしてくれるな。して、現在の状況を確認させてもらおうか」
「待ってくれ。今はええ……これをこうして……この通りだ……」
ローブの内ポケットから、ダリオスがセネトで使っていた魔力通信端末を取り出す。アイオーンの指示通り現在のベットを解除し、差し出した。
「うーむ……これはまた酷い状況じゃな。当初のざっと三割弱程度か。現在進めている淘汰施策の殺し合いで言えば、移民枠は三人だったところがただ一人となる計算じゃな。貴様、現在殺し合わせている人間達に、この説明どうつける気じゃ?」
「それはその……うまく言い含めるしか……」
「まったく、無能を極める統治者に振り回される地球の人間達には、同情が尽きんな」
アイオーンは呆れて肩を竦めるが、それ以上彼を糾弾することは無かった。
「まあ良い。此度は見るに見かねて介入したが、貴様等為政者にはその統治領の管理を一任するのが原則だ。具体的な淘汰施策の調整については貴公の裁量に任せるとしよう」
「承知した。これ以上貴殿を裏切ることが無きよう努める」
「相手が違うであろう? それは余ではなく、配下の人間達に誓うことだの」
五色で彩られた、けばけばしい色彩の王宮。
ダリオスはまずは自らの本拠地戻ってきたことに安堵した。
そして玉座に座るなり、項垂れて魔力通信端末をどこへともなく投げつけた。
天井を見上げ、両目を右手で覆う。
「すまない……本当にすまない」
滂沱の涙が止め処なく流れ出す。
それは、更なる苦境に追い込まれた人間達への罪悪感によるものだけではない。
自らの無能への怒りであり、自らを嵌めたクベーラに対する屈辱であり、あらゆる感情が綯交ぜとなって彼から溢れたものだった。
「全て私のせいだ。私のせいで君達をこんな目に遭わせてしまっている。誠、何をどう詫びようとも、この罪償うべくも無い」
玉座から滑り落ちて頽れ、一人きりの部屋で壁に向かって土下座を繰り返す。
「せめて……せめて私を全力で憎んでくれ。私が何を思って神となり、何を願って地球を運営してきたかなど最早何の弁明にもなるまい。私は君達人類を破滅に追い込んだ、人類史上最悪の大罪人。人の世全ての悪の化身。私を全力で憎み、そして――どうか力強く生きてくれ」
血と涙で滲む顔を両手で拭って深呼吸し、ダリオスは意識を切り替える。
殺し合い参加者達の面前に立つ巨悪として自らが作り上げた仮面――旭日としての自己を覚醒させる。
「愚かなりし、人間達よ。今宵も宴を始めようか」




