第41話「敗北」
「いい反応だ。だが、カラドボルクにはこの独特な形状以上に有名な機能があることを、よもや知らぬ訳ではあるまい?」
カラドボルクの有名な機能?
そりゃ――
旭日の言葉から次の動作を予測し、横っ飛びでがむしゃらに避難した。
その刹那、刀身が急激に伸びる。
雷の如く迸る剣光は、そのまま向かいの壁を一直線に突き穿った。
奴が握る柄と壁にめり込んだ鋩とを繋ぐ直線は、奴が放つ殺意の具現として俺を威圧する。
「ただ伸びるだけの剣なんざ何も怖かねえよ。聖剣だってんならビームの一つでも出してみろ」
自らを鼓舞するように、旭日を挑発する。
素の反応速度や膂力からして桁違いなのに、得物までが雲泥の差。
戦況が絶望的であることはやはり否定の余地も無い。
「ほう、ビームを所望するか。生憎とこの聖剣からビームが放たれることは無い。だが、ご期待には応えるとしよう――焦がせ!」
旭日は、右手に握ったカラドボルクの刀身を元の長さに戻す一方、左手の指で虚空に紋様を描く。
旭日が発動の詠唱と思しき何かを叫んだその瞬間、虹色の光弾が俺の肩を掠めて壁に風穴を開けた。
焼け焦げた黒い円と陽炎のように歪む大気が、その威力を物語っていた。
この身は不死身。俺が戦い続ける限り、負けることは無い。
だが勝機が全く見えない。奴を殺す筋道が想起できない。
それほどまでに、奴はあまりにも圧倒的だった。
半ば運任せの緊急回避で直撃は防ぎながらも、無尽蔵に繰り出される多彩な攻撃に一方的に翻弄されるばかり。
間合いを詰めて斬り結ぶだけでも一苦労。
そんなジリ貧の戦況下で、必死に活路を探る。
「貴様は、なぜそうまでして抗う?」
唐突に尋ねる奴の声音に嘲りは無く、心底疑問に思っている様子だった。
「なぜ? んなもん俺の人生を続けるために決まってんだろ。立ち塞がる障害物は、それが自称神の糞野郎だろうと全て壊す。それだけだ」
「貴様の人生にそんな価値があるとでも?」
「当然だ。俺が価値あるものにするんだから当たり前だろう」
「だがお前の価値ある人生とやらは、私という壁を前に終焉を迎える。その先に進むこと自体あり得ぬのだから、考えるだけ無」
「なーに勘違いしてやがる。そもそもお前如きが俺の人生を左右できるなんて発想からしておこがましい。思い上がるな」
「自覚が無いならば教えてやろう。貴様のそれは単なる現実逃避だ。真にできると信じている訳ではない。真に勝てると信じている訳ではない。できないこともある、勝てない相手もいる、その事実を目の当たりにした絶望に耐えられぬ故、貴様はそうして自分自身を騙しているだけに過ぎん」
「ほう? 知ったような口を利くじゃねえか」
「無論だ。吾輩自身、この目で貴様の脆弱さを見た故な。あの十四日目に」
「十四日目だと……」
奴の言葉からその言葉が出た事実に戦慄する。
俺はこの『妄執の狂信者』により、いかなる攻撃にも耐える不死性を発揮し、今日まで戦い抜いてきた。
旭日を前にしてもなお、こうして生き続けている。
だが、その俺が、死こそ回避したものの意識不明に陥ったのがその十四日目。
未だ俺が思い出せないその真相を、こいつは知っている――?
「よもや貴様、あの日のことを覚えていないわけではあるまいな?」
「あ? んなもん覚」
「そうか、やはりな。あるいは、文月杉穂にまつわる記憶、その一部が抜け落ちているか?」
俺の虚勢を遮って旭日が継いだ言葉に、俺はいよいよ狼狽を隠せなかった。
「杉穂だと……? お前が何であいつを……」
「なぜだと? 私とて当事者なのだから知っていて当然であろう? 十四日目のあの日、文月杉穂はノルマ未達によるペナルティのため吾輩に殺された。無力な貴様はそれを見届けることしかできなかった。いや、違うな。あれはむしろこう言うべきだろう――貴様は我が身可愛さに自ら文月杉穂を生贄に差し出した」
「お前は……お前は何を言っている……」
「十四日目の結末、貴様が封じ込めていた不都合な現実のその一端だよ」
俺の中で、何かが音を立てて崩れる。
まずい――そう直感した。
「あのときの貴様は、彼女を能動的に見殺しにした絶望により昏倒した。おそらくその不死性も失っていたのではないだろうか。果たして此度はどうかな?」
振るわれる聖剣の輝きが、今までと全く違って見える。
その輝きが、明確な死という恐怖を俺に突き付ける。
「俺が、杉穂を……生贄にした……?」
思考がまとまらない。
意識を取り戻した後も決して戻らなかった、十四日目の記憶。
薄々予想はしていた。杉穂を殺されたという事実だけにとどまらず、俺はその日にそれ以上の致命的な何かを味わったのだろうと。
はっきりとした記憶は蘇らない。
だがこの身に刻み込まれた感覚だけが呼び起こされる。
比類無き絶望。今までの俺を支えてきたハリボテの鉄芯が折れる感覚。
「そうだ。文月杉穂は貴様のために死に、貴様はそれを止めることもできず――いややはり語弊があるな。止めようともせずに自らの意思で見殺しにした」
「違う……」
「まるであの日と変わらぬな。よもや発する言葉も全く同じだとは。だが生憎と此度は貴様しかおらぬし、私が狙いを定めているのも貴様だ」
体が動かない。何も思い出せないのに、無意識下で魂が受け入れてしまう。
俺はここで死ねばいいのだと。
「うっ……」
旭日の握った聖剣が、臓腑を抉り抜く。
俺でも目視できる速度、奴からすればのんびり歩く程度の緩慢さだった。
防ぐことだったできただろう。
だが、既に核を砕かれた魂がその身を動かせるはずも無かった。
今日だけで何度目か分からない大量出血と激痛。
だが、これは今までとはっきり違う――俺は――死ぬ。
紅白のストライプ模様のローブが、俺の目の前に打ち捨てられる。
「私は一体……何がしたかったのだろうな……」
薄れゆく意識の中。
哀愁の込もった声で、旭日がそんなことを独りごちたような気がした。




