第40話「抗戦」
この肉体は本当に恐ろしいもので、この僅か数秒のうちにも飛躍的な回復を見せていた。
未だ全身は痛むものの、既に支えが無くともまともに二足歩行ができた。
「へっ、なるほどな。こりゃあ確かに俺の〈宿業〉だわ」
自らの宿命に思いを馳せながら、紅い空に照らされた死地へ舞い戻った。
「よぉ、随分辛そうじゃねえか。痛いの痛いの飛んでけーとかやってやろうか?」
体育館のちょうど中央付近に佇む旭日を挑発する。
「よくもかような不敬を……。貴様等は一体どこまで私を裏切れば」
仰木に深々と斬られた右肩を押さえ、旭日は俺に憎悪の目を向けてきた。
奴があれほどまでに不快感を露にするのを見るのは初めてだ。
予想だにしなかった俺達の反撃は、肩の傷以上に強烈な心理的ダメージを奴に与えたようだった。
結果として奴が呆然自失で静止していたことは、僥倖だったと言える。
栂野を探し出して殺しにかかられていたら、こちらとしては為す術が無かった。
だが栂野は、依然として潜伏を続けている。
それはすなわち、奴が旭日へ一方的に攻撃を続けられることを意味する。
仰木が叩きのめされても、あいつは決して飛び出さずにグッと堪え続けた。
目先の絶望に動揺せず、その先の勝利を掴むために。
ならば俺も、二人の奮闘に応えねばならない。
「裏切る? そりゃむしろてめぇの方だろうが! 俺達にさんざ人間同士で殺し合いさせた挙句、『生存者はやっぱり一人にしまーす』なんて寝言抜かしやがったのはどこのどいつだ! あ? こっちはやりたくもねえ最低の糞ゲーに付き合ってやって! それなのにてめぇは訳分かんねえルール追加して俺達を裏切った! 裏切者はどっちだよ⁉」
「……っ!」
流石の旭日も、押し黙るしかないようだった。
「貴様等は……貴様等は今までの生活が、誰のおかげで成り立っていたと思っている……?」
「はぁ? んなもん決まってんだろうが。俺達自身だろ。他に誰がいるってんだよ。少なくとも人口調整しくじったから減らしまーすなんて突然抜かして、俺達を皆殺しにしようとする自称神様の糞野郎じゃねえことだけは確かだな」
「私は……いや言うまい。これまでの貴様等人間の幸福な営みは、皆私が与えたものであり、貴様等はそれに至上の感謝を尽くして然るべきだ」
表情に陰翳が見えたのは一瞬。
奴はいつも通りの傲岸不遜な在り方を取り戻していた。
「そもそもお前が与えたものじゃないし、俺の場合ほとんど幸福でもなかったがな。栂野なんかは、さぞ人生薔薇色で毎日がエクセレントだったことだろうが」
「せっかく用意してやった至宝も、貴様の節穴にはガラクタ同然にしか映っていなかったという訳か。もう良い。貴様に用は無い。疾く死ね――」
旭日が襲い掛かって来るのを直感する。
「何っ⁉」
闇雲に構えた木刀が、期せずして旭日の剣と交錯した。
実際のところ、奴の異常な速度に俺は依然対応できていない。
反応はおろか目で追うことすら儘ならない。
だが、驚愕に見開かれた奴の目は、それに気付いていないことを物語っていた。
「何だ、慣れればこんなもんかよ。遅すぎて虫が止まりそうじゃねえか」
「な⁉ 馬鹿な、貴様如きがなぜ私の速度に……」
「そりゃお前が大したことねえからだろ。この程度なら俺一人で十分だな。てか何だよそのドリル剣。お前の股間にぶら下がってる剣のメタファーか何か?」
「貴様! 私と我が祖国の伝説を愚弄するか!」
鍔迫り合いでじりじりと押し込まれる。
用具室に転がっていた単なる木刀が折れずに持ち堪えているだけでも十分奇跡的だったが、それでもこいつに一矢報いるにはこれじゃまずい。
「祖国の伝説? つまりそのドリチンはてめえの故郷所縁の武器ってことか? あー何となくお前の生まれが想像できたわ。お前自身のナリもホムンクルスもどうにもおかしいと思ってたんだよ。なーにが旭日だ。お前、元はアイルランド辺りの人間だろ?」
「なんと、この聖剣を知っていたか。ああ、そうとも。これは我が祖国の神話に聞こえし聖剣カラドボルク。現代に伝わる口伝や書物でこの特異な形状に言及したものは皆無である故、なぜ貴様がそれを知っているのかは大いに疑問だがな?」
「なに、たまたまこの国にはてめぇらが誇るケルト神話の偉大なる伝承者がいたってだけのことだよ。カラドボルクはドリル剣なんて、現代日本じゃ常識だ」
「そうか。だが貴様がこの聖剣の名と私の出自を看破したところで、何も変わることは無い。私はこの星の統治者であり、全ての国々一つ一つの神でもある。故に私が持つ側面の一つであるこの国の長として、旭日の名を冠する。そして、このカラドボルクによって貫かれる貴様は――死ぬっ!」
旭日が力を込めると、ドリル状の刀身が唸りを上げる。
交錯する木刀が弾き飛ばされることを直感し、堪らず後方へ緊急回避した。




