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第39話「失敗」

「ふがあああっっっ!」

 何が起きたか? それすらもわからなかった。

 奴の立ち位置は、全く変わっていない。

 だが奴の右手は真紅に染まり、俺の腹部も同じ色に染まっていた。

 悶絶する悲鳴が自分のものだと気付くと同時、今のほんの一瞬で奴が俺の腹を掻っ捌いたのだとようやく理解する。


「ほう、まだ立っているとはな? 心臓を潰したはずなのだがな?」

「おかげさまでな……! お前がくれたくそったれな能力の賜物だ」

 精一杯の虚勢で笑みを浮かべながら、用具室を漁り倒して事前に脇に転がしておいた木刀を手に取る。


 こんな棒切れでこいつを殺せるとは、到底思えない。

 だがこうなってはもう、体を張って一秒でも長く足止めするしかない。

 旭日の様子を見る限り、栂野の超音波による思考操作は明らかに不十分だ。


 俺達の中で奴を屠り得る殺傷力を持つのは、仰木の『清算の救済者(ゲファッター・トード)』だけ。

 仰木が奴に一撃を与えるためには、せめて〇.五秒程度の隙は欲しい。

 加えてその一撃を有効打にするには、奴の希死念慮も引き出す必要もある。

 先程までは栂野の超音波をできるだけ長く浴びせるべく、のらりくらりと穏便に時間稼ぎが第一だったが、それは既に通用しない。

 ならば――


「へっ……神だか何だか知らねえけどよ。お前、よっぽど友達いねえんだな」

 我ながら煽りの幼稚さに辟易する。

 この場面で咄嗟にそんな言葉が出るあたり、どうやら俺も深層心理ではその辺気にしてたらしい。否応無くそう自覚させられた。


「だってそうだろ……? 生きてる奴でお前に協力してくれる奴なんて、ただの一人もいなかったから……だから昔の思い出に(すが)って、昔の友達の人形作ってお友達ごっこ……! 俺が言うのも何だけどよ、お前、相当可哀想な奴だな……!」

「……れっ……」

「ああ? 聞こえねえぞ? ぼっちの声なん」

「黙れと言ったのだ!」


「おぐぁあああああ!!!」

 全身が燃えるように熱い。

 いや燃え盛る焔は、実体を伴って俺の全身を焼き尽くさんとしていた。

「こ、これは差し詰め、自称神様の惨めな嫉妬の焔ってところかッ……? 俺っ……お前と違って二人も友達いるからなッ……?」


「黙れ! 貴様に――貴様如き小僧に我が五百年の苦悩の何が理解できるというのだ!」

「ああああああああ!!!!!!」 

 全身を覆う焔は眩い橙から一転、漆黒の昏き焔に変性していた。

 それに伴い、全身を苛む激痛が一層跳ね上がる。

 

 黒炎が肉体諸共俺の意識を焼き切らんとする。

 もう何もかもどうでもいい。

 今のこの激痛から逃れられるなら何でも……。

 そんな逃避願望を内なる無意識が強引に縛り付ける。


「話聞いてなかったのかよ……! 俺は死なねえ……! てめぇが何をどう必死こいて潰そうとしても……俺は折れねぇ……折れねぇんだよ……!」

「アぐっ――!」

 無限の激痛に悶絶する中で、そんな、常に余裕を崩さない旭日らしからぬ声を聞いた気がした。


 朦朧とする意識の中、辛うじて顔を上げる。

 右肩を抱えて悶え苦しむ旭日と、妖刀を振りかざす仰木の姿が見えた。

 そうか……仰木の奴――いや、違う!

 今の一撃で旭日の頭を真っ二つにかち割って即死させてなきゃまずい――!


「仰木っ!」

 全力で駆け寄る。

 仰木と旭日の間に割って入れ! 今はそれ以外の一切を考えるな!


 その刹那、全身が宙を舞っていた。

 割れるような激痛が後頭部を襲い、口からは大量の血がぶちまけられる。

 周囲には籠から溢れたバスケットボールが散らばっていた。

 旭日に蹴り飛ばされた衝撃で用具室までふっ飛ばされた挙句、まずは頭次いで背中という順で奥の壁に叩き付けられたらしかった。


 隣の壁に立てかけられた体操マットが視界に入り、恨めしげに睨み付ける。

 せめてあと少し方角がずれていれば、ここまでの致命傷は免れたろうに。

 不死身の身体に致命傷というのもおかしな話だが。


 一呼吸して仰木の身代わりとしての役割は果たせたらしいことに安堵したのも束の間、依然絶望的局面のただ中にあることを思い出す。

 仰木は仕損じた。

 千載一遇の奇襲のチャンスで奴を殺し切れなかった。

 旭日は今なお生きており、仰木は部屋の外で奴と交戦中だ。

 

 援護に行かねば。

 幸い炎は鎮火したものの、肉体はとうに満身創痍。

 それでも木刀を突き立てながら外へ出ようとしたそのときだった。

 

 マットが紙風船のようにグシャリと歪む。

 そこから呻き声が聞こえた。

 駆け寄って覗き込むと、腹部から夥しい量の血を流す仰木が顔を歪ませていた。

「ごめん……しくった……」

 旭日を殺し損ねる失態を犯した自身を嘲笑するように、引き攣った笑みを浮かべる。


「しくじったのはお前じゃねえよ! 栂野でもねえ。単にあいつが化物過ぎたんだ……。この事態を招いたのは百パー俺の責任だ。だから、そんな卑屈な笑い方すんなよ……お前らしくもねえ」

「いや、安晴を少しでも安心させようと思ってさ……。お前が泣いてることなんて初めて見たよ……」


 仰木の言葉にハッとして頬をなぞる。

 指は血に塗れていたが、それでも血と混ざり合う透明な液体が零れ落ちていることは分かった。

「悪ぃ。とりあえずお前はもう休め。あとは俺があいつをっ……!」

「そんな棒切れ一本であんな化け物どうすんのさ。相当ヤバいのは確かだけど、大丈夫。まだ動ける。チャンスはまだもう一回作れるはずだよ。だから――」


「ああ、分かってる。そうだな、お前は精々そこで死んでろ(、、、、)

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