第38話「猿芝居」
決して旭日に気取られることがないよう、視線を移すことは無い。
だが俺の視界の端、奴の位置からは完全に死角となる二階のカーテンの隙間から、奇妙な物体が姿を覗かせていた。
それは、以前に栂野に見せられたことがある楽器の一つ。
一見フルートのような形状をした金管楽器だが、その先端部はあまりにも異質。
上から覆い被せるように長い筒状の物体が付属しており、まるで楽器用というより銃火器に取り付けるサイレンサーのようだった。
あるいは機能面から考えても、真実銃火器の一種と捉えるべきかもしれない。
なぜなら、その笛から音色が奏でられることは無い。
サイレンサーで覆われた砲口から放たれるのは、強烈な指向性を持った高周波数の超音波なのだから。
栂野がこれまでの戦いで使用することが多かったバイオリンとの相違点は多いが、特筆すべきはその有効射程範囲だろう。
バイオリンが周囲一帯を制圧したのに対して、フルートは一点集中だった。
特定の個人相手にしか使えない。反面、仲間を攻撃に巻き込むことも無い。
その上相手が知覚できない高周波数でもあるため、感知されることも無い。
今回の俺達の作戦にはまさにうってつけだったと言える。
だがその一方で、デメリットも多い。
遅効性で効果が現れるにはバイオリンの何倍も時間を要し、バイオリンとは異なり対象の無力化などの強力な効果も望めない。
これは栂野自身と楽器が操る感情の相性による部分が大きい。
栂野が専ら使用してきたバイオリンが操りし感情は、『喜び』と『信頼』そしてそれらの応用感情である『愛』だった。
これは栂野の精神と実にマッチし、絶大な効果を発揮した。
一方で今回使用するフルートがもたらすのは、『悲しみ』と『嫌悪』そしてそれらの複合感情である『自責』。
作戦の都合上已む無く使用するが、本来栂野の得意とするところではない。
俺は、栂野がカーテンの隙間からこの毒音波を送り続け、旭日の思考を多少なりとも誘導できるようになるまでは粘ることとなる。
もっとも、何しろ相手はあの化け物だ。
他の参加者相手ならば通用しても、奴にはどれだけ音波を浴びせ続けたところで全く効果が無い可能性もある。
だがそれでも、奴に正面切って喧嘩を売るのに比べれば勝算は遥かに高い。
ならばここは一つ、栂野の活躍に賭けてみるしかない。
「なるほど、ひとまず貴様の言い分を信じるとしよう。
だが、いずれにせよ、貴様が死ぬことには変わりあるまい。
ノルマ未達で生存者は一人。ノルマ未達分のペナルティにより貴様は殺される。
殺された朱雀に代わり、私が手ずから執行する。
その点、理解できているのかね?」
「いやぁ、そこなんだがな? その、何とか情状酌量というか、恩赦をいただければなぁと思いまして」
恭しく手揉みしながら、卑屈に顔色を窺いつつ、言葉を続けた。
全く俺らしくもない猿芝居に、思わず吹き出しそうになるのをぐっと堪える。
「だっておかしいじゃないすか? 俺はあいつら敵前逃亡の負け犬のカス共と違って、ちゃんとあいつら 二人共ぶっ殺して勝ち残ろうとしたんすよ?
で、あいつらは俺に恐れをなして逃げた。なら、これ俺が勝ち残ったようなもんでしょうよ? 俺なんかおかしなこと言ってます? 正論すよね?」
「棄権の成立までには十分に時間があったはずだ。
少なくともその宣言から三十分以内に貴様には奴等を殺すチャンスがあった。
だが貴様はその好機を逸して奴等の棄権を成立させた。
これは貴様の落ち度であり、貴様の負けと断じるに相応しいだろう?」
「そ、それはそもそもルールてか仕組みがおかしいんすよ。
大体ですよ? 棄権した奴等の人数が何でノルマに含まれないんすか?
最後の一人の勝者を決めるのが目的であって、その目的達成のための殺し合いが滞らないようにノルマがあるんすよね? なら棄権だろうが殺されての脱落が淘汰は進むんだから別にノルマにカウントでいいでしょうよ⁉」
半ば時間稼ぎの芝居とはいえ、半ば本心でもあったため、自然に語気も強まる。
このノルマの仕組みについては、実際不可解に感じていた。
こんなふざけた仕組みじゃなければ、そもそも俺達が一時仲間同士で殺し合う羽目になることも無かった。
あるいは二人は棄権して、俺だけが穏便に勝ち上がるという選択肢もあり得た。
まるで別の思惑が絡んでいるような。
勝者の選出というより、どさくさ紛れに皆殺しにしようというような。
そんな悪意を感じていた。
もっとも、この糞仕様のおかげで俺は二人の協力を得ることができたし、諸悪の根源たるこいつに刃を向けることができている。
それを思えば、結果オーライと言えなくもないのだが。
「それでは貴様等参加者同士の談合、ひいては本質的に淘汰の阻害を招くからな。
勘違いしてもらっては困るが、この棄権という選択肢は、私が下賜する慈悲だ。今日までこの殺し合いを生き残ってきた貴様等へのな。
故に、淘汰の進行を阻害しないことがそもそもの前提となる。無論、貴様等が殺し合いを放棄し、本来の敵と馴れ合いうことで勝者を決定することなどあってはならない。よって棄権者はノルマの内訳に含まれることも無い」
そう言われると、一見筋が通っているようにも聞こえる。
だがやはり何かが引っ掛かる。
それを明示的に突き止められないことが歯痒い。
相手に主導権を握られている以上、『よく分かんないけど、なんかおかしい!』なんて主張が通じる訳も無い。
ただの時間稼ぎのつもりが、期せずしてその奥に潜む何か途方も無いものに触れたような実感はある。
それだけに自分のふがいなさが悔しい。
「い、いやまあ、言ってることは分かりますよ? 分かりますけど、そこはホラ、あれですよ。俺達せっかくここまで生き残ったんすよ? 今更棄権する奴なんてそうそういないですし、ならそんな仕様にしなくても良くないっすか?」
「現に貴様の仲間だった二人は、数刻前に棄権したという話ではなかったか?」
「いや、それはそれ、これはこれっていうかですね……」
「つまり、貴様の仲間はやはりこの〈神の庭〉に未だとどまっているという解釈でよろしいかな?」
全身の血の気が引き、眩暈がした。
奴の口から出た問いは、決して不自然じゃない。
俺が墓穴を掘ったことで出るべくして出た当然のもの。
だが、その言葉にはやはり、全てが筒抜けであるという示唆が含まれている気がしてならなかった。
「ああそうでした! あいつら、ついさっき棄権したんでした! こりゃあ失礼! ええ……そうだ! そういえば、あいつらと言えば、その仰木の馬鹿が殺したそのホムンクルスとはどういう関係なんすか?」
脈絡も糞もあったもんじゃない。
だが今はとにかく、無理矢理にでも可能な限りこいつを足止めするしかない。
「ああ、彼等は私がまだ貴様等と同じ人間だった頃、私を神界へと昇華させるべく行った秘術の協力者であり、生贄となった者達だ。
オリジナルの魂は術の成功に伴い散華したが、私の中では彼等という存在は生き続け、また神格を得た私には錬金術で以て彼等の存在を実体として構築することも可能だった。
そこで、五感とその情報全てを私と共有する同志として完成したのが彼等だ」
「えーと、それはつまり……」
足が痙攣し、立っていることも儘ならない。
こいつは今、この朱雀と全ての情報を共有していたと言った。
それはつまり、少なくとも朱雀が息絶えるまでの間、俺達の動きを全て把握していたということだ。
「そろそろよいかな? 残り二人がどこに隠れているかは知らぬが、貴様等を皆殺しにするのにそう時間はかからぬだろう」
空気が一変した。
急速に気圧が高まるかのような錯覚に、全身が総毛立つ。
「――まずは貴様だ」




