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第36話「同盟」

「無理だよ」


「ん? いや世の中やってみないと分から」

「だから無理なもんは無理なんだって」

 一度ならず二度、仰木は俺の言葉を遮って決然と言い放つ。


 遊びも酔狂も無いその言葉に驚きながら仰木の方を振り向くと、闇に染まった双眸がこちらを向いていた。

 ネジは飛んでるが快活な、俺がよく知るあいつとは似ても似つかない、生気無き無機質な虚ろの具現と呼ぶに相応しい屍のようだった。


「世の中にはできることとできないことが存在する。そして抗えない絶対の力というものがある。あいつはそれ。逆らうなんて発想自体が間違ってる。だってそんなものは不可能なんだから。期待なんてしちゃいけない」

 譫言のような、それでいて滔々と紡がれる言葉は、まるで仰木の血肉に刻み込まれた呪詛のようだった。だが、生憎と俺もそんなものに屈するつもりは無い。


「いいや、俺は不可能を可能にする男だ。俺の道を阻むものは、それが何であれぶち破る。それが俺の方針、いや人生そのものだ。第一、お前自身、三人生き残れるはずだった時点でも旭日を殺すって方針に一番乗り気だったじゃねえか」


「無知は罪なり。いや、知らぬが仏とも言うか。ま、何でもいい。お前は現実を理解できてないんだよ。現実世界の私は奴をこの目で見てないからこそあんなことが言えただけ。私の直感が言ってる。あれは勝つとか勝たないとか、そんな次元は逸脱した規格外の化物だって」


「分かってねえのはお前だろ馬鹿が。まあ俺も言えた立場じゃねえが。

 俺自身ここを勘違いしたままだと自覚していなかったが故に、こんな単純なことに気付かなかった訳だから。

 いいか? 物事合理的に考えろ。そもそも俺達に残された選択肢は戦うか、死ぬか、死んだように生きるかの三択。そして戦った結果負けたとしても、どうせただ死ぬだけだ。

 勝てば文句無し、負けても他二つと同等の結果。期待値は戦うって選択肢が最も高いんだよ。なら戦えばいいだろうがよ!

 差し詰め、この徹底した合理性こそがある種の英知であり、その英知を持つ俺は英雄という訳だ。そして英雄ができる、勝てると言えばそれはそのとおりになるのが道理であるからして、俺が勝つこともまた確定事項だ」


「お前さ……言ってて恥ずかしくならない?」

「お前にだけは言われたかねえ! 拗らせてんのはお互い様だろうが!」

「ふっ、それもそうだ。はぁ……まあ言ってることは確かに一理あるかねえ……。いいよ、乗った。お前が私らを殺して十字架と絶望背負って生きてくってんなら、私もお前を殺すとこだった。けど、そうならずに生き残れるってんなら、私も止めない。それに――」

 白い右手が、すっと差し出された。


「単に死ににくいだけのゾンビが単騎であんな化け物に勝てる訳が無い。だから手を貸す」

「ああ、よろしく頼むぞ」

 その手を握り、これ見よがしに脇に視線を移した。

「で、お前はどうする訳?」


「どうするって……」

「ああちなみに、分かってるとは思うが、持ち時間は実質あと五分だけな? この前お前ん家でウダウダしてたときみたいに長考してる猶予は無いぞ?」

 煮え切らない栂野に、無慈悲に選択を迫る。

 上空に浮かぶ数字は、既に制限時間が残り三十五分にまで減ったことを示していた。このまま更に五分が経過すれば、棄権も不可能となる。

 そうなれば、いずれにせよ死ぬか誰かを殺すかの選択しか取れない。


「くそっ……! ああもう分かったよ! 乗ればいいんだろ⁉ 乗れば! 僕にとって何より大事なのは、流瑠香の幸せを守ること。そしてそのためには、まず流瑠香を死なせないことが大前提だ。なのに君ときたら……」


「流石兼嘉、物分かりいいじゃん。そうだよ、私を死なせたくないなら、お前はもう私達と一緒に戦うしかない。私達は突き進むだけからね。お前が棄権しようがしまいが私達はあの怪物に喧嘩売るし、お前ができることは私が死なないように私達と一緒に戦うことくらい」

「つまり君は――僕じゃなく、安晴を選ぶんだね――?」

 栂野は肩を落とし、悔しそうに唇を震わせていた。


「ああもうどうして君はそうなんだ! 僕はこんなにも君を愛しているのに! こんなにも君第一で考えているのに! こんなにも君に尽くして来たのに! 何で! 何で僕よりそんな頭おかしい社会不適合者の人でなしに!」

 いや、否定はしないがそういう問題じゃないだろう。

 とは思ったが、絶賛発狂中で俺が何か言ったところで聞く耳を持たないだろうと口を(つぐ)む。


「それは少し違うかな。私にとっては二人共大事だよ。世の凡百より大事な自分自身。それ以上に大事に思えるのはお前ら二人くらい。そこに優劣なんて無いし、どちらも絶対に失いたくない。両方守るには、今回はたまたま安晴の方に付いた方が良かった。それだけさ」


「そうだぞ。別にお前が心配しているようなことは無いから安心しろ」

「いや? そこは実際微妙なんだけどね? 今回の意思決定には影響しなかったってだけで、そういう意味じゃそうだし」

「は?」


 この宇宙人はこの状況で一体何を言い出すのやら……。

 ただでさえ混沌なのに、この上更に話を抉れさせるつもりか?

 いや待て、それより今のはどういう――?


「何ていうかさ、兼嘉は存在が身近過ぎて、最早家族としか思えなくて。兄貴みたいな弟みたいな」

「いやそこはせめて兄貴として断言してやれよ……。明らかに兄」

「いや、僕は弟の方がいい!たとえ僕が流瑠香に一人の男として見てもらえないとしても! それならそれで、僕は弟として流瑠香お姉ちゃんに甘えたいっ!」

「訳が分からないよ……」


 そうだ、こいつもただ一つの条件――すなわち仰木が絡んだ場合に限り、脳味噌が湯豆腐になるんだった。

 これもう分かんねえな。

 両手を後頭部で組んで天を仰いでいると、唐突に俺に言葉がぶつけられた。

「ああ、そんな訳で、私は――安晴が好き」


「へ?」

 だからお前は一体何を言っている?

 いや確かについ今しがたもそんな趣旨の発言を聞いた気はするが、理解が追い付いてねえっつってんだろ。


「いやだから、私は安晴が男として世界一好きだという宣言。ああもちろんライクじゃなくラブの意味で」

「お、おう……。それはまた、何とも済し崩しというか、ぐだぐだな告白なことで……」

 我ながらなんて最低な回答なんだろう。

 こいつの訳の分からないタイミングでの脈絡無い告白も大概だが、今の俺の反応はそれ以下なんじゃないか?

 ええと、何と言葉を継げばいいのやら――


「その……大胆な告白、痛み入る。俺もまあ、とりあえずお前のことは好きだ。そこはまず間違いない。だが、その何というか……」

 分からない。こいつのことが好き――その言葉に偽りは無いはずだ。

 これほどまでに互いに理解し合えた、尊敬し合えた女がかつていただろうか、いやいるまい。


 それに、国土全体が多少平野(プレーン)気味だろうと、全体的に清らかで美しいのも事実。

 特に首都は区画がよく整備されていて、主だった施設はどれも一級品の業物。

 なのに、それでもどういう訳かこいつに対して、そういう感情が湧かない。

 俺の中の何かがそれを妨げる。何かが引っ掛かっている。それは一体――


「いいよ別に。安晴に同じ反応期待してた訳じゃないし。念のため伝えときたかっただけだから、あの化け物と戦う前にね。単なるオナニーだから気にしなくていいよ。死亡フラグ立てたくないからこれ以上は自重するし」

「仰木……いや、そうだな。とりあえずあいつをぶっ殺そうか」


 言いたいこと、言わねばならないことはたくさんあるだろう。

 だが、それは今言うべきことじゃない。今はまず奴に集中すべきだ。


 俺達はそれで話を終えた。

 何とも釈然としない帰結だったが、それでいい。むしろそれがいい。

 なぜなら、俺達の人生は今後も続くのだから。

 こんなところで終わらせる必要も無い。

 ふと視線を上げると、残りの制限時間は、既に二十五分を表示していた。


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