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第35話「収束」

「惜っしぃー! ええい、一度ならず二度までも!」

「『後ろ』だったか。助言感謝するぞ。俺もこいつに殺されてやるつもりはねえからな」


 眼下に短い縮れ毛がばさりと落ちる。

 さして長くない俺のくせ毛に違いなかった。

 すんでのところで前傾に屈んだことにより、間一髪で仰木の一撃を逃れた。

 栂野の言葉が無ければ、あるいは髪ではなく俺の首が飛んでいても不思議ではない。男に跨って腹上死なんて最期は、俺とて流石に御免だ。


 追撃に備えて全身を低くし、前転をするように体勢を整えて仰木に向き直る。

「ああクソ、やっぱりお前から先にぶっ殺しとくべきだったな」

「助かったよ。さっきの戦意喪失状態で息の根止められてたら、私も打つ手が無かった」

「フェアプレー精神って奴だな。それにアレだ、女尊男卑が昨今のトレンドだ。下賎の男は特権階級たりしまん様に接待プレーをせねばならんだろ?」


「腹の中で考えてることとは真逆の戯言をよくも抜け抜けと……」

 栂野はあれだけぼこぼこに殴られてなお、苦笑してツッコむ余裕があるらしかった。

「いや、女尊男卑なのは事実だろ? 男差別反対! 悪徳フェミ団体はぶっ潰せ! これは人類が淘汰されようが地球が滅ぼうが関係無く、俺が掲げる正義の一つだ」


「ククク、相変わらず素晴らしい下衆さだよ。女相手に面と向かってそこまで言ってのける糞野郎、お前以外に見たこと無い」

「冗談はよしてくれ。お前は女じゃなくてメスゴリラだろ?」

「安晴、お前それは流瑠香だけじゃなく僕にも喧嘩を売ってるという自覚はあるよな? あとついさっき、惨めなことこの上無い怠け者の負け犬の口から言い訳めいた戯言を聞いた気がするな? 僕のように然るべき努力をして相応の勝利を掴み取って来ただけの人に向かって、何をとっても僕にすら及ばない雑魚が、恨みがましくお前に何が分かる! とかさ。典型的な負け犬の遠吠えだよね?」

 俺の方を見下ろしながら、栂野は鼻で嗤って見せた。


「はっ――ハハハハハ」

 込み上げる笑いが止まらなかった。

 見れば二人も同様に満面の笑みを浮かべている。

「「「ぶっ殺してやんよ!」」」

 奇しくも三人の声は同調し、三つ巴の争いは更なる壮絶な殴り合いに転じた。



「ねえ、何か殺し合うのが阿呆らしくなってきたのは私だけ?」

 最早堪え切れぬとばかり、仰木がどこか吹っ切れたように尋ねる。

 その拳は、俺と栂野の血に染まっていた。


「まあ、殺し合いっていうか殴り合いだしね。しかも三人とも互いにほぼ互角っていう」

 栂野も肩で息をしており、やはりボロボロだった。


「へっ……俺が日頃どんだけ辛い戦力で戦ってたか分かったかよ。言っとくが、お前ら見たく武器が無い俺は、毎度こうだからな?」

 無論、俺も既に二人にタコ殴りにされたばかりだ。

 被弾数はどう考えても俺が一番多かった。


「だから、お前は、その肉体自体が武器じゃん? てかよくよく考えれば卑怯なのはお前だし! なーにが『お前だけ妖刀なんて卑怯だ!』だよ」

「でも、それでハイ分かりましたって捨てたのはてめぇの奢りであり、自業自得だろ? なら仕方ねえよなぁ?」

「何だかなぁ……。いや、本当流瑠香の言うとおり、こんな不毛な戦いは無かったよ」


「もっともだ。ぶっちゃけ迫真の殺し合いやってんだか、いつもの部活(悪ふざけ)やってんだかって感じでどうもな……。俺が本気で、それこそ自分を八つ裂きにするような思いでお前らを殺してでも先に進もうと覚悟固めてたってのに、それをてめぇら茶化しやがって……!」


「「お前が言うな!」」

 二人の声が完全に同調した。

 その声は心底呆れたようではあったが、それでいて至上の親しみが込められているように感じられた。


「あーもう、阿呆くさっ!」

 両手を広げて床に転がる。そうせずにはいられなかった。

「ああ、全くだ。お前らみたいな頭ハッピーセットを相手にマジになった私が馬鹿だったよ」

 ゴロンともう一つの身体が床に転がる。


「いや、お前らって僕も含めて⁉ 僕はいつも通り一貫してまともだったよ⁉ まともだったよね……よね……?」

 徐々にトーンダウンしながら、更にもう一つの身体が地に臥す。

えらく不自然かつ偏った軌道で。

「どこがだっ!」

「ゆべしっ!」

 既に転がっていた二つの身体のうちの一つに覆い被さるように倒れた三つ目の身体は、強烈な蹴りを腹に受けて弾き飛ばされた。


 互いに頭を突き合わせる形で、俺達は仰向けに寝転がった。まるで正三角形の内心から各頂点へと延びる内角の垂直二等分線のように。

 すぅと深呼吸をした。

 これまでのここでの戦い、殺してきた奴等、旭日の糞野郎、そして今しがた殺し合いだか痴話喧嘩だか分からない抗争を演じた傍らの二人に思いを馳せる。

「まさかここでこんな風に寝転がる日が来るとはな」


「全くだ。僕等に殺し合いさせるためにこんな空間拵えてる旭日からしたら、お前らふざけんなって話だよ」

「ははは、ざまあないね。神だなんだとふんぞり返っても、こうして私らに意向無視されるわ鼻で嗤われるわなんて体たらく。神ってのも案外大したこと無い存在なんだね」

「そりゃあな。ん? あれ……?」


 そのとき、漸く思い至る。

 ああ、なんて間抜け。

 こんな陥穽に嵌り込んでいたことに、なぜ今まで気付かなかった?


「どうした。安晴?」

「いやさ、まあ結局お前らを殺さなかったというか、殺せないうちにグダグダになったから良かったものの、もっと単純かつベターな解決策あるじゃん? ってことに今更気付いて」

「ふーん? それはどういう?」


「いや、俺達同士で殺し合うんじゃなくて――そもそもの元凶であるところの旭日の野郎をぶっ殺せば良くね?」

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