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第34話「衝突」

 仰木が懐の刀に手をかける。

 それを見て、俺は咄嗟に後方へ全力で跳躍する。

「遅い!」


 初動は明らかに俺の方が早かった。

 奴は俺が間合いを取ろうと下がった後に踏み込んできたはずだ。

 しかし、鋩は僅かに俺の鼻先を掠めた。

 直感で即座に上体を反らせていなかったならば、確実に俺の脳天をぶち抜いていたことだろう。


 なおも俺の頭を()ねんと軌道修正して襲い掛かる刃を、受け身を取りながらの横っ飛びで何とか躱す。

 俺が床から立ち上がり、仰木がたたらを踏む。

 僅かに生じたタイムラグを利用し、仰木と逆方向にあった用具室に駆け出す。


「殺すと宣言しといて逃げんのは無いっしょ!」

 仰木は嬉々として俺を追って来る。

 仰木の言い分ももっともではあるし、俺とて逃げ続ける気は毛頭無い。

 だが〈宿業(フェーイヒカイト)〉の相性上、奴は俺の天敵となり得る。

 ならば手ぶらで迎え撃つなど愚の骨頂だ。


「ろ……! 二人共やめろってば!」

 無音と化していた外部の世界から、音が飛び込んで来る。

 一体いつからそうしていたのか、栂野が俺達を止めようと必死で声を張り上げていた。

「そう思うんならまずその狂犬止めろや!」


「クソっ……やるしかないのか……」

 すっかり聞き慣れた美しい音色が、体育館に反響する。

「兼嘉ッ! てめぇ状況分かってんのか!」

 仰木が食ってかかる。

 耐性を持たぬ仰木にとって、栂野の〈宿業(フェーイヒカイト)〉は致命的だ。

 自身で抵抗する唯一の術は、術中に嵌る前に演奏を止めさせることしかない。


 二人が争っているうちに、俺は倉庫からバレーホール用のポールを得物として手に取る。

「分かってるよ! 君は安晴を殺そうとしている!」

「それは安晴もだろ! 私がやられたら次はお前だぞ! お前あいつと相性最悪だろうが!」


「それも分かってるけど、安晴が死んでもどのみち終わりだよ! 流瑠香! 君、安晴を殺したら僕を殺して最後は自分も死ぬつもりだろ!」

「へっ――? 何でそれを――」

 ドサリという音が聞こえた。

 倉庫から出ると、果たして仰木が(くずお)れていた。


「何でだって? 分かるに決まってるじゃないか、そんなの。僕が君と何年同居して何年君を見つめてきたと思ってるんだ。君の考えてることなんて僕には手に取るように分かる。だって――」

 甲高い摩擦音と激しい火花が、その衝撃を物語る。

 仰木の後頭部に振り下ろした鉄ポールを、バイオリンがいなすように弾く。


「しゃしゃるなよ栂野。別にお前を狙った覚えは無いんだが?」

「させないよ安晴。お前が、まずは無力化した流瑠香を狙うなんて予想は当然ついてた」

「なら何でこいつの動きを止めた? あのまま暴れさせときゃ安全だったろうに」

「それじゃあ今度は君が死ぬ。現状、僕の勝利条件は三人で一緒に棄権することだ。君と流瑠香、そのどちらも失うつもりは無い」


「格好つけながら情けねえこと言ってんじゃねえよ。棄権だァ? あの糞野郎に、この腐った世界の理不尽に屈した時点で、んなもん負けだろうがよォオオオ!」

 最早仰木は狙わない。眼前に立ちはだかる栂野を、標的に絞る。

「来いよ、安晴! 鉄パイプなんて捨ててかかって来い!」

「ハハハハハ、ぶっ殺してやるよ! 仰木なんざ知らねえ。ちょうどこいつも扱いにくいと思ってたところだ!」


 互いに徒手空拳。体育館というフィールドに、傍らには倒れ込む一人の女子。

 傍目には、女を巡って拳を交わす、二人の男子高校生の青春としか映らないことだろう。

 だが生憎と今の俺達の肉体は、ステゴロでも十分な破壊力を持つ。

 文字どおりの殺し合いだった。


 互いが渾身の一撃を繰り出す度に、風切り音と床が削れる音がした。

「安晴っ! お前にはなぜ分からない! さっさと棄権すれば! 僕達はまた、元の生活に戻れるんだぞっ⁉」

 栂野の右ブローが、脇腹を抉る。


「なーにが元の生活だ! 滅亡が確定した世界で、たかだか三年!

あの糞野郎に命乞いをして恵んでもらった僅かな余命を、乞食として無様にみっともなく惨めに生きる。そんな人生に一体何の意味がある!

人生ってのはな、理不尽を自分で突っ撥ね、道無き道を切り拓き、自分で勝ち取っていくものなんだよ!」

 脇腹の激痛に悶絶しながらも、この好機を俺は逃さない。

 ほぼ同時に繰り出していた左ストレートを、栂野の右頬に捻じ込む。


「そんな人生に! 一体何が残る⁉ おまえが進み続けたその先、そこに誰かいるのか⁉ 全てを、何もかも犠牲にしてただ進み続けた最果て! 誰も付いてこない孤独な閉鎖世界、そんなものに一体何の意味がある⁉ そんなものが、捨て去った大切なものの代償になるのか⁉」

 栂野はよろめいたが、それでも決定打には至らない。

 倒れ込みながら俺の右腕を引き込むと、そのまま俺諸共床に転がった。


「誰がいるかだと? んなもん決まってんだろうが! 俺と同じように進み続けた奴等だよ! 足を止めなかった奴等だ。別に万人の理解なんざ得られなくていい。どのみちそんな連中死ぬだろうしな。俺は俺と共に道無き道を突き進める仲間さえいりゃ十分だ」

 腕を極めれらかけたところを何とか離脱し、膝立ちで四つに組み合う。


「自信過剰も大概にしろよ! 糞ぼっち野郎! お前みたいな性根のねじ曲がった頭のおかしいキチ○イに付き合ってくれる奴が僕達二人以外にいると思うな! 

 人生嫌なことや理不尽だって山ほどある! 訳も分からず自分の余命が僅か七年に削られることだってあるかもしれない!

 そういう嫌なことばかりだったとしても! 耐えて生きていればこそ得られる、ささやかな温もりってものがあるんだよ!

 死んでしまったら、それすら失われる。お前はなぜその尊さが理解できない⁉

 大体なあ、皆お前みたいに強くないんだよ!

 誰も彼もお前みたいにドライに我を貫き通せる訳が無いだろ!

 僕達みたいな弱者の気持ちも少しは考えろ!」


 上体が徐々に押される。

 僅差ながら、膂力は栂野に軍配が上がるようだった。

 しかし、その劣勢を逆手に取って一気に全身を引く。

 栂野が動揺したのは、ほんの一瞬。

 だが、それが勝負を分けた。


 俺か渾身の力で巴投げを仕掛けると、果たして栂野の全身は滑らかな放物線を描いて宙を舞う。

 栂野の背中が叩き付けられるのと同時に、俺の両手の拘束も解かれた。

 すかさず馬乗りになり、無心で栂野の顔面に拳の驟雨を叩き込む。


「俺が強いだと⁉ お間が弱者だと⁉ ふざけんじゃねえぞ糞が!

 強かったんじゃねえよ! 進み続けなきゃ、勝ち続けなきゃ生きることすらできなかったんだよ!

 分かるかよ、死ぬ気でもがかないと人間扱いすらされない気分が!

 やっとの思いでまともになれたと思ったのに、こっちの努力なんざ全く無関係に社会に拒絶される気分が! それでも更に死ぬ気で戦って!

 戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦い続けて! 過去の俺自身を裏切らねえように、その犠牲が無駄にならねえように!

 そうすることでしか人権を獲得できねえ気分がよ! 分かる訳ねえわなァ! 

 お前みてぇな当たり前に五体満足で!

 当たり前のようにあらゆる才能に恵まれて!

 当たり前のように家族に愛されて!

 当たり前のようにたくさんの友達に囲まれて!

 生涯温室育ちの恵まれた強者様にはなァ⁉」


「……ろ」

「あぁ? 何て?」

 タコ殴りにされてなお小奇麗な面で、栂野が何かを言ったがいまいち聞き取れなかった。

「――ッ!」


 真意を理解するより先に、背後から研ぎ澄まされた殺気の具現が俺を襲った。



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