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第33話「三者三様」

 空間が静止する。

 こいつは今一体何と言った? 俺の頭じゃいまいち理解が追い付かない。

 それなら二人はどうか? 二人も同様に言葉を失っていた。

 ならばこれはどういうことだ?

 こいつらも言葉に窮する事態とは?


「私がここに来たのも、今宵の戦場を特殊な仕様にしたのも、そのためでな。

 現在勝ち残っている君達は三人という勝者の枠に向かい、皆三人ずつに分かれて戦っていた。

 ならばその枠が一人に減ったならばどうなるか?

 共に勝利を目指すはずだった仲間を蹴落とさねばならなくなってどうするか? 

 せめてそれを考える時間くらいは与えてやろう。これ以上無駄な血を流す前に棄権する自由も与えよう。これは私なりの気遣いだ。ありがたく賜ると良い」


「ざけんじゃねえぞ糞野郎!」

 仰木が我を忘れて旭日へ剣を抜く。

 だがその(きっさき)が届くことは無い。

 奴は既に上空に舞い戻っていた。


「時間はまだまだある。じっくり考えて結論を出すといい。もっとも、勝者が一人のみという結末は些かも揺るがぬがな。そして、この空間の勝者が一人であるという途中経過も」

 そう言い残すと、奴はゆっくりと消滅していった。


 天井の無い体育館の上空に、「2」の数字と制限時間が浮かび上がる。

 時間は既に秒刻みで刻々と減少していた。

 気が付くと体育館の中の人影が一つ増えていた。

 旭日が用意したホムンクルスのうちの一体、朱雀だ。

 鮮やかな赤髪は、仰木のくすんだ赤とは異なり、燃え盛る炎の如き激しさで輝いていた。


「で、どうするよ?」

 まともな返答など期待するべくもない。

 だがこのまま何もしなければ、三人揃って犬死確定だ。


「私らが取れる手は大きく分けて三つ。その一、棄権する。その二、一人が生き残って他二人が死ぬ。その三、旭日に三人とも皆殺しにされる。うん、どれもろくな選択肢じゃないね」

「そんな……違う。きっと……きっと他に何か手が」

「無いよ、そんなの」

 取り乱す栂野に、仰木が絶望を突き付ける。


「なあ、あれってやっぱそういうことなんだよな?」

「そりゃね。殺し合いは今日含めてあと二日。昨日の終わりの時点で生き残ってたのは私ら含めて十二人。どう考えてもこの空間の中、つまり私ら三人の中で二人殺せってこと。てか前回もそうだったじゃん」


「いや、前回の記憶が未だ朧げなもんでな。開始直後に異常に少ないノルマを見たとこまでは覚えてるんだが、終盤の流れがてんで思い出せなかったから。しかしうーん、他の連中との通算ができないとなるとなあ。この空間だけのノルマとして課されたんじゃなあ」

「下りよう、三人で」


 栂野が震える声で提案した。

 未だ全身をプルプルと震わせてはいたが、その言葉には決意が滲んでいた。


「僕には二人と殺し合うことなんてできない。

 どうせ自分が逃げたところで、誰かが代わりに殺して、誰かが代わりに殺される。それならば、仕方無い。今までずっと自分にそう言い聞かせてきた。

 でも、今はそうじゃない。奴が言ったことが本当なら、棄権すれば三人ともこれから三年くらいは生きられる。

 三人で殺し合った末に誰か一人が生き延びるよりは絶対ましなはずだろ?」


「ま、兼嘉ならやっぱりそういう結論になるよねぇ」

 肩を竦めながら、仰木が意味深にそう言った。

「僕なら……そう、僕はそう思うとも。流瑠香は違うの?」

「いや、無責任なようで悪いけど、私は二人がそれでいいってんならそれでいいよ。でも逆にそれじゃ駄目ってんなら駄目。私は二人の方針に従うだけ」


「なーにが『二人の方針に従うだけ』だよ。お前らしくもねえ。お前はもっとこう、しおらしさの欠片も無い豪快で能動的な奴だろ」

「それだけ私の中での二人のウェイトがでかいってことだよ。ってより、安晴の存在がでかくなったと言うべきかな? 唯一無二だった兼嘉に匹敵するレベルにまでね。ともかく、安晴。お前がどうしたいかで私のポジションも変わる。って訳で、お前はどうしたいの?」


 おいおいお前がそう出るのかよ。

 それじゃあまるで俺が――いや、考えるまい。

「俺はな、俺は――下りない」

「は?」

 栂野の眼が驚愕で見開かれる。

 まるで俺が今言ったことを信じられないとでもいうかのように。


「安晴さ、話聞いてた? 生存者の枠は一人に減ったんだよ? 下りなかったら、僕達殺し合わなきゃいけないんだよ?」

 驚愕から一転、栂野の声音は徐々に非難の色を帯び出した。

 だがそこに敵意は感じない。

 むしろ叱るような、俺の間違いを正そうとするような、仲間と信じるからこその悲痛な訴え。だが、俺はそれを突っ撥ねる。


「分かった上でのことだよ、栂野。俺は下りない。俺はここで降伏して自分の人生をあいつに売ることを是とはしない。戦い抜いた末に自分の人生を勝ち取る」

「それはつまり――お前は、僕達を殺すと? そう言ってるのか?」

「ああ、そういうことになるな」

 この期に及んで「そうだよ」と断言できない自分の卑劣さに、俺は顔を顰めずにはいられなかった。


 俺はこいつらを殺したい訳じゃない。そんなもの当然だ。

 だって、こんな俺みたいなクズを、ありのままクズのまま受け容れてくれた奴等なんて、俺の生涯でこいつら二人だけだ。

 だが、俺にはそれ以上に裏切れない奴がいる。


 言うまでも無い。俺自身だ。

 俺は自分の行く手を阻む理不尽には決して屈しない。

 如何な艱難辛苦もこの手で穿ち、砕き、前へ突き進む。

 それこそが俺の人生であり、そこが揺らげば俺は二度と立ち上がれなくなる。

 故に――


「ふーん、なるほどねー。ま、安晴らしいっちゃ、らしいかな。それで――お前幸せになれるの?」

 いつも通りの軽薄な仰木の語り口は途中まで。

 最後の詰問は、俺を突き刺す鋭い視線と相俟って俺を幾何か静止させる。


「っ……んなもん……そうに決まってんだろ? 人生の何たるかも思索したことが無い温室育ちの幸せな馬鹿は知らんが、人間は幸せになるために生きる生き物だ。幸せになれないなら、人生なんてさっさと終わらせちまえばいい。俺の幸せは、俺が我を貫き通し、理想を勝ち取る先にある」

「嘘つけッ!」


 体育館を突き抜ける仰木の一喝に、無意識に足が半歩後退りしていた。

「嘘じゃねえよ!」

「ああそっか、自分自身分かってないのかな? それはね、理想なんていうプラスのものじゃない。呪いっていうマイナスのものだよ。お前は幸せになるためにそうしてるんじゃない。幸せになりたくてかつて自分にかけた呪いに、今も縛られ続けてるだけだ。お前、自分の手で私達を殺して本当に幸せになれると⁉ 本当にそう思ってるワケ⁉」

「あぁ? てめぇ何を知った口を」


「もういい喋るな。なに、どのみちお前は私と殺し合いたいんでしょ?

いいよ、その喧嘩買ってやる。こっちも望むところだ。

何せ私は今――殺すことでお前を救ってやりたいと思ってるんだからねッ!」

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