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第30話「提案」

「どうだ、てめぇにとっても悪くねえ話だろ?」


 法廷を後にしたダリオスとクベーラは、併設された喫茶空間で移住案の概要を話し合っていた。

 もっとも、主導権は完全にクベーラが握っている。それは話し合いというよりは、恐喝や強引なキャッチセールスの類に近かった。

 給仕を務める下級天使達も、二人が放つ物々しい空気に眉を顰めている。


「話は分かった。だがしかし、どうにも吾輩に分が悪い提案のように思えてならない。せめて考える時間をくれ」

 クベーラがダリオスに受諾を迫っている提案。

 それは、移民受け入れに伴いクベーラの第二金星予算から支出することとなる生力、その負担の一部を、ダリオスに自ら稼がせて肩代わりさせようというものだった。

 そして生力を稼ぐための手段としてクベーラは、自身が発行を担い、神界で流通させている独自通貨BRC(ベラク)を用いた通貨ゲーム、セネトを持ちかけていた。


「だからよ、てめぇ自分の立場分かってんのか? あ?

 元はと言やァ、これはてめぇの無能が招いた事態だ。俺はお情けで尻拭いに協力してやってんだよ。至高神様の面子も立ててやんなきゃなんねえしな?

 ならてめぇがどうすべきかなんざ、そのすっからかんの頭でも流石に分かるよなァ? いや、分かんなきゃなんねェ。そりゃてめぇの最低限の義務だ」

 クベーラは金縁の眼鏡の奥から、ダリオスに鋭い視線を浴びせる。


「わ、分かった。セネト参入の提案には従おう。だが……」

「分かってるから心配すんな。賭け(ベット)の原資はゴミ虫受け入れの予算分だけだ。

 万一てめぇがボロ負けしようが、それでてめぇの庭で飼ってるクソ虫まで死ぬこたぁねえ。負けた分だけ第二金星への移民枠が減るってだけだ。

 それもあくまで負ければの話。てめぇがこのセネトで勝ち続けて生力を稼ぎ続けりゃ、その分だけてめぇは多くのクソ虫を延命させられる。

 地球への配当予算に上乗せして地球に生息可能な個体数を増やすも良し、俺に勝ち分を上納して移住枠を拡大するも良し。てめぇの好きにすりゃいい。

 要するにだ、てめぇが勝てば何も問題ねぇんだよ」


「その負けた場合に減る移民枠というのは……」

「だから減耗した原資分に応じた割合って言ってんだろ。この契約書の通りだ。

 だが今の相場なら負けることはまずあり得ねえ。参加しさえすれば、それだけでぼろ儲け。そんなイージー設定だ。ならやりゃいいだろうよ。

第一な? てめぇはそうやって負けることばかり考えるから負けるんだよ。

逆だろうが! 勝つことだ! 勝つことだけを考えろ!

そうすりゃ――自然と活路も開けて来るってもんだ」

 なおも釈然としない表情のダリオスにトドメとばかり、クベーラが畳みかける。


「てめぇは、てめぇが見殺しにしかけてる人間達を救いたいとは思わねえのか?」

「そんなもの……できることなら救いたいに決まっているだろう……!」

 終始俯いたまま気圧される一方だったダリオスが、ここに来て初めて食ってかかるようにクベーラを睨み付ける。


「そうだ。その目だ。てめぇの無能のせいでてめぇのかわいい人間達は皆殺しにされかけてる。

だが、俺は惨めで哀れなお前に挽回のチャンスを与えてやってるんだ。

 一生負け犬のままで終わっていいのか? てめぇはその程度の奴だったのか?

 自分の無能晒して惨敗するために神界まで上がって来たのか? 違うよなァ? 

 この勝負に勝てば、人間達を救うことができる! 失くしたもの全て取り戻せるんだ! ならもうやることははっきりしてるはずだ! 戦え! 勝て!」


 ダリオスは尚も悩んだが、深呼吸をすると、力強く宣言した。

「分かった。私は勝つ! これまでの過ちを清算し、人間達を救ってみせる!」

「そうだ、その意気だ! 健闘を期待してるぜ。坊主!」

 闘志を(みなぎ)らせるダリオスから視線を逸らし、クベーラはほくそ笑む。

「ケッ、想定以上だ。まさかここまで救いようのねえ間抜けだとはな」

 クベーラがぼそっと呟くが、それがダリオスの耳に届くことは無かった。


「じゃあ、個体数調整についてはそれで進めるとしてだ、移民枠で移住してくる個体の選別はこっちで選ばせてもらうぜ。もっとも、俺はてめぇが飼ってるクソ虫共の個体間の優劣なんざ知らねえ。故に、個体を選ぶというよりは、選出方法を指定するってことになるが」


「それは一体、どういう……」

「そうさな、シンプルで分かりやすいやり方で構わねえ。となると、うーん――」

 クベーラは腕組みをして俯き、いかにも悩んでいるという態度を示す。

 そして口元が、グニャリと歪に曲がる。


「――やっぱ、殺し合いだろうなァ」

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