第29話「通告」
「待ってくれ至高神! それは話が性急に過ぎる!」
極彩色のサイケデリックなローブに身を包んだ男が懇願する。
周囲に居並ぶ十余名の者達は何の反応も示さず、ただ黙って男を見下ろしていた。彼の派手な外見に反して、その光景は何とも惨めなものだった。
そこは神聖にして荘厳な法廷。
およそこの世のものとは思えない。
事実、人間達が生を営む現象界とは隔絶した、神々が暮らす神界だった。
室内中央には証言台が設けられ、その正面上方に裁判官が座り、補佐役がその両脇を固める。
上段に鎮座する裁判官と、彼へ訴えを述べる被告人。
法廷とは言っても、検察官もいなければ弁護人もいない。
この法廷の当事者は、この裁判官と被告人のみである。
法廷と言いながら、これより執り行われるはそもそも裁判ですらなく、単なる確定事項の一方的通告に等しかった。
法廷には傍聴席も設けられていた。
傍聴席は、補佐役から二間程の距離を開け、被告人を取り囲むように弧を描いて広がる。席は余裕を持って両弧十席ずつの計に十席があり、今宵はうちの十二の席が埋まっていた。
被告人席を一階、裁判官席を二階とするならば、傍聴席は中二階に相当する。
言うまでもなく、高度差はこの空間における発言力の序列と比例していた。
「性急なことがあろうか。猶予ならば十分に与えているであろう?
我々とて、貴様が愛してやまぬ人間共を絶滅させよと命じている訳ではない。
種の存続のため、貴様が治世を開始した当時の個体数と同等、すなわち現在の総数の一%が生命活動を維持できる程度の予算は今後も配当してやろう。それに、三年分もの移行期間も与えよう。我々はそう言ったのだ。
よもや、ここまでの寛大なる譲歩を賜ってなお、強欲にもそれ以上を求めんと申すわけではあるまい?」
最上段から裁判官が告げる。
「だから待ってくれと言っている! 確かに、私が地球において運営する人間の飼育はここまで成功には程遠い。生まれてくる個体は悉くが欠陥品であるし、諸君が求める域に人間を改良することは未だ困難だ。だが、たとえ今は至らずともあと五百年――いや、三百年のうちに必ずや諸君が生存を認めるに値する生命体へと進化させて見せる」
「くどい」
被告人の答弁を見かねて、ギャラリーの一人が口を挟む。
頭髪や外套はおろか、肌や装飾品に至るまでそのほとんどが黄金で統一された、華美の権化のような男だった。
紅く輝く双眸が、全身とのコントラストにより一際異彩を放っている。
「今まで俺等はさんざ待ってやったのを忘れたか? てめぇが前任の黄のポストを強奪して早四百年。その間てめぇの統制下での人類は、混沌へと堕ち行く一途じゃねえか。こんなことなら、あの無能だが謙虚な黄の野郎が神やってた時代の方が遥かにましだったぜ」
「な、何を言う! ホァンの時代の人類に比べれば、吾輩が飼育する現在の人類は遥かに完成度が高い。諸君も存じていよう? ホァンの時代にはおよそ考えられなかった飛躍的な人類文明の進歩を」
「そらそうなるように、てめぇが無駄な投資を大量にしたってだけだろ。持ってるものを何でもかんでも、ありったけ注ぎこみゃいいってもんじゃねえ。味気ねえ飯にパンチを利かせたいなら胡椒を挽くが、実のまま一トン皿にぶちまける馬鹿はいねえのと同じだ。てめぇがやったのはつまりその程度ってこった」
「しかし……!」
「ぁん? くどいつったのが聞こえなかったか? 糞ガキ」
被告人を見下ろしていた男の紅い瞳が、急速にその輝きを増す。
「あっ……うぐっ……!」
被告人は苦悶の表情を浮かべながら、その場で頽れる。
「おいクベーラよ。この場は余がダリオスに、一方的に決定を告げるためだけの場だと心得ていよう? 余計な口出し、まして暴力行為は余に対する冒涜に他ならぬと理解しろ」
「あーハイハイ、すいませんでした。ならさっさと終わらせちまってくれや。俺ァさっさと俺の星に帰ってやらなきゃなんねぇことが山積みなんだよ」
「すまぬな、クベーラ。さてダリオスよ、たった今余が告げたとおりだ。神仏大会としての意向は既に確定済みだ。この場は貴様にそれを告げるための場。
今更貴様が何を陳情しようとも、決定は覆らぬ。
貴様が地球で飼う六十億以上の人間、それらが地球で生きられるだけの生力予算を我々はこれまで支給してきた。だが、三年後の同日、その生力供給の九十九パーセントを削減する。
人類を現環境と同等の水準で活動させたくば、個体数を六千万以下に削減せよ。
方法は問わぬ。貴様の裁量で好きにすると良い」
「あっ……あっ……」
ダリオスと呼ばれた男は、言葉にならぬ呻き声を漏らすのが精一杯だった。
涙と洟を汚らしく垂れ流しながら、虚ろな目を裁判官へ向けていたが、最早その瞳には何も映っていない。
「先も言ったが、我々は何も貴様を神の座から追放するわけではない。財源が限られている以上、生力を無駄な投資には使えない、それだけの話だ。
貴様も残った六千万の人間を使って今度は正しい地球を作り直せば良かろう?
なに、ホァンの時代の中期頃まで疑似的に回帰するだけの話だ。貴様はその浅はかさ故に、人間の個体数を過剰に増やしてしまった。此度の措置は、その不始末を我々が貴様の代わりに処理してやるものと心得るが良かろうよ」
「私は失敗したのか……? この私が無能……? この私が……そんな……」
失意に打ちのめされた男は、降りかかる自責の念から逃避したい一心で譫言を繰り返す。
「そうだ、貴様が失敗し、貴様のせいで人間達は死ぬ。だが――人間達に罪があるとは限らない。故に、人間にチャンスを与えてみようと考えている」
「チャンス? それは一体……」
ダリオスの瞳に、再び一筋の光が差し込む。
「クベーラよ。貴公が運営する新創・第二金星にはかなりの余裕があろう?」
「ハァ? おいおい至高神サマよ、確かにうちの星は今んとこかなり順調に生育環境を維持できてるが、だからって糞以下のゴミ虫共を歓迎する気なんざ更々ねえぞ? 俺の庭に害虫は要らねえ」
アイオーンの問いかけだけでその真意を察したクベーラが、先手を打つ。
「そうは言うがな、我々がダリオスの懇願を聞き入れてここまで放置してしまったことにも非はある。故に神仏大会としても、何らかの補償は行って然るべきだ。そして、移民受け入れの余地があり、かつ地球の人間が適応できる環境は貴公の第二金星を於いて他に無い。余に恩を売るつもりで協力してはもらえぬものだろうか?」
アイオーンは物腰柔らかに丁寧な言葉で提案するが、その目には有無を言わせぬ気迫が宿っていた。
「ちっ……。へぇへぇ分かりましたよ。やりゃあいんでしょ、やりゃあ」
クベーラは露骨に顔を顰めて暫し逡巡したが、他に選択肢が無いことを悟り、やがてそう答えた。
「助力感謝する。さて、移民の具体的な人数についてだが、ざっと七〇万人程度を考えている。これならば第二金星の余剰生力の二割程度で受け入れが可能であるし、異存は」
「いや、待った」
クベーラが紅い瞳を眇め、アイオーンの言葉を遮る。
「クソ虫共を受け入れるのは百歩譲って承知した。けどよ、そのやり方と人数は俺とこの糞ガキとの間で調整させてくれ。そこがぎりぎりの妥協点だ」
アイオーンは顎を擦りながら、一頻り思索に耽る。
「いいだろう、こちらばかり無茶を要求する訳にもいくまい。貴公には何の非も無いのだからな。裁量は与える故、決定内容は委細追って報告するように」
「了解。つー訳だからよ、ツラ貸せやガキ」
かくして、ダリオスが統治する地球からクベーラが統治する第二金星へ、一部の人間の移住が決まった。




