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第28話「陰中の陽」

 その後俺達は、先の剣呑な会話が嘘のように、三人でいつも通りに遊んだ。

 三人麻雀(サンマ)を半荘打ち、今は円天堂の人気格闘ゲームシリーズ『大戦争スマートドラッガース』――通称『スマドラ』の最新版ソフトで延々殺し合っている。


 なお本ゲームは二十一世紀半ばに起きた第三次世界大戦に円天堂社の人気作品のキャラ達が時空を超えて巻き込まれ、戦時特例で使用を許可された禁止薬物スマートドラッグを使用して戦い、心身の限界を超えて自らを酷使しながら殺し合った末、薬物の後遺症で終戦後も終わらぬ戦争の幻覚に囚われ、妄想の中で永遠に殺し合っている――という非常に過激な設定となっている。


 俺達が生まれる前に発売された第一作では単なる格ゲーとしての側面が強かったが、シリーズを追うにつれてシナリオもがっつり作り込まれるようになり、特にこの最新作は描写の凄まじいエグさから人気タイトルとしては異例の厳しい年齢制限まで課されていた。


 そんなゲームをしていたものだから、思わず雑念が脳裏を過る。

 液晶の中で動くアバター達を見ていると、生身の自分達が実際に凄惨な殺し合いに参加させられていることまでもが、まるでゲームの話のように感じられた。

 あるいは、人生というものは実際そんなモノなのかもしれない。


 俺達より一世代上の連中は、所謂ゆとり世代だ。

 俺が物心ついた頃から徐々に社会人として働き出して、色々問題を起こしているらしい。

 彼等の特徴は多種多様だが、そのうちの一つとして、何事もゲーム感覚で総じて舐めた態度だと話を聞いたことがある。


 だが、ゲームと人生に一体何の違いがあるというのだろう?

 人生にはリセマラはおろか、コンティニューすら無い。

 つまりやり直しができない。最初の人生(ゲーム)開始(スタート)時点の家族(ガチャ)で大外れを引こうが、選択肢を誤ってデッドエンド一直線のルートに分岐しようが。


 だが、例えばそんなやり直し不可の糞仕様ゲームがあったとして、俺はそんな糞ゲーを続行するだろうか、いやしないカッコ反語。

 勝てないことが確定している糞ゲーなら、やはり俺は即投げると思う。

 そんなものに時間と体力を割くだけ無駄だ。即刻電源を落とす。

 そしてアンインストールするか、形あるものなら『ヤホク』や『ブコフ』等の中古買取サービスに二束三文で売っ払う。


 逆にやると決めたなら、必ず勝つのだという意識を持ってプレイするだろう。

 負けが確定した消化試合を惰性で続けるなんてのは、糞ゲーだと見極める判断力、自分は糞ゲーをプレイしていたということを受け入れる度量、糞ゲーに自らの手で幕を下ろす度胸、そのいずれかを欠く者が消極的に選択する甘えだ。


「しゃあ!」

「あっ、てめぇ!」

 意識が明後日の方向に旅立っていたことが災いした。


 五つあった残機も残り一つで首の皮一枚だった俺のネスレが、ついにお亡くなりになった。

 場外に吹っ飛ばされかけて戦場に戻ろうとしたところだったが、悪辣な仰木に復帰技のタイミングを読まれ、追撃をもろに食らって為す術無く退場した。


「安晴相変わらず弱いねえ! そろそろ麻雀の勝ち分も飛ぶんじゃない?」

 仰木がほぼ直角まで顎をふんぞり返らせ、勝ち誇った目で見下ろしてくる。

 ちなみに勝ち分だの負け分だのというのは、昼の宅配ピザ代自腹を巡る賭けのことだ。

 麻雀とスマドラの総合点でドベになった奴が支払う。二枚目無料サービスで定価の半額とはいえ、二三〇〇円の自腹は平凡な高校生にはかなり痛い。


「るっせえな! 仕方ねえだろ! 俺Shift(シフト)持ってねえから初めてなんだよ。クソっ! Xならおめぇらなんてイーグルで二人まとめてぶちのめしてんのに!」

「別に持ちゲーじゃなくてもスマドラ程の人気作なら誰でも友達の家で――あっ、察し」

「お前だけには言われたくねえ! お前だってクラスじゃ俺と同じぼっちだろうが!」


「分かってないなぁ、世の中結果が全てなんだよ。有能ぼっちの私は勝ち、無能ぼっちの安晴は負ける。その背景や過程を詰られるのは、常に負け犬だけが背負う哀れな宿命なのだよ」

 心底馬鹿にした目で、仰木が嘲笑してくる。殴りてぇ……。

 いや殴ろうにも一対一(サシ)ですら普通に返り討ち、しかも今は栂野の野郎が俺を止めに入るだろうから、手を出したが最後たぶん一方的に殴られる訳だけども。


「お、お前だってたまたま栂野がいたからやったことあるだけじゃねえか! ええそうなんだろ、栂野?」

「へ?」

 俺達の自虐を孕んだ言葉の応酬に、栂野は乾いた笑いを浮かべていた。

 通常ならば立場が逆であるはずなのだが、いかんせん俺達三人は社会不適合者が過半数だ。真っ当な人間関係を安定的に構築してきた栂野こそが、逆に反応に窮するという状況もまた見慣れた光景だった。

 その栂野に何とか活路を求める。


「いやまあ、確かに流瑠香とはスマドラもやったけど、そうやり込んだ訳じゃないし……。その、流瑠香はスマドラのセンスにも満ち溢れてるんだよ。プレイ時間五時間足らずで立ちキャンまで使いこなした人なんて、流瑠香以外に見たこと無い」

 ああまた始まったか。そうだよな、お前はそうやっていつも仰木の味方だ。

 仰木万歳。お前に何かを期待した俺が馬鹿だったよバーカバーカ。


「クソっ……! お前ら卑怯だぞ! 自分達が勝てる土俵だからって粋がりやがって!」

「よりによってお前がそれを言うのか……。あのさ、安晴。『バレなきゃイカサマじゃねえんだよ!』とか言って、さっきあからさまな大三元爆弾で僕を爆殺したの誰だっけ?」


「クソっ……! そ、そういう過ぎたことをいちいち蒸し返してネチネチ言う奴は、嫌われるらしいぞっ……? お前友達」

「百人位はいるね。誇張抜きに。ちなみにSNS全部の相互フォローしてる人はダブり抜きで全部で三百人くらいいる。ついでに言えば、ゲームでイカサマして平然と開き直るなんて、普通の人にはなかなかできることじゃない。ところで安晴、お前って僕等以外に友達いたっけ?」


 こいつは、自分から喧嘩を吹っかけたりはしない。一方で、売られた喧嘩は自分の面子に瑕が付かない範囲内できっちり買う奴でもある。

 面子云々というのが肝で、勝てる喧嘩でもあえて乗らず、被害者感を演出して相手を一層深刻な窮地に陥れるのはこいつの十八番だ。

 だが生憎とこの場には、その手の政治戦術が効果的な相手はいない。

 そうなるとこいつは、平然とこうして弱者を嬲ってくる訳だ。卑劣な奴め。


「い……いるしっ? ホラあの、あいつだよ。白愛中時代の中本とはアレだ、あけおめラインを送り合った仲だ! そそれに、あのほら、あいつ、卓球部で一緒だったえーと、名前は忘れたが……あいつだよ! ホラ……」

 仰木が俺を見つめる眼差しには、慈しみと同情と悲しみが渦巻いていた。

 クソッ……見るな。そんな目で俺を見るな!


「隙ありっ!」

「おっと。……えっ⁉ 嘘っ!」

 仰木の声がひっくり返る。

 その直後、効果音ともにゲームセットの宣言が聞こえてきた。

 俺を精神攻撃で嬲って悦に浸る傍ら、栂野はゲームでも大逆転を収めていた。


 少し前の時点じゃ、仰木の勝ちが濃厚だったはずだ。

 栂野のマリクが残機ゼロな上に満身創痍、いつ死んでもおかしくないのに対して、仰木のベネットは残機を一機残した上に無傷に近い状態。

 しかしながら、戦況はものの三十秒足らずで鮮やかに覆されていた。


『今回は僕の勝――』

 栂野の使用キャラのマリクが気障で鬱陶しいことこの上無い勝ち口上を述べきる前に、液晶はブラックアウトした。

「ちょっ、流瑠香! コード抜くのはマジでやめてってば!」

「うっせぇ! 汚えぞ兼嘉! 最後の最後でハマったら回避不可の即死コンボってお前……!」


「いや、即死コンボは流瑠香のベネットの方が有名じゃん……。てかさっき安晴に使ってたし」

「あぁ? 私ぁいいんだよ! ベネット使う時点で読まれて警戒されるから。けどお前、マリクのハメ技なんていつの間に」

「いや、ついこの前バスケ部の奴等とやったときに、僕の方がやられたからさ。悔しくてヨウツベ見て一時間も練習したんだよ」


 己の欲せざる所は人に施す勿れ。

 そんな『論語』のあまりにも有名な(おしえ)を、こいつは無残に両断して見せた。

 あとついでに言えば、一時間もじゃなくて一時間だけな?

 普通の奴は、そんな要領よくホイホイ何でもマスターできたりしねえから。

「まあ許してよ。今日は僕がドベなのは変わんないだろうしさ。敗者の悪足掻きってことで」



 この歪で奇妙だが実に居心地が良い、こいつらと吸う空気が俺は本当に好きでならない。

 だからこそこれを俺は絶対に失いたくない。そのためならば、何だってやる。俺達三人しか生き残れないってんなら、その他全てをこの手でぶち殺す。


 今までの俺の人生と同じだ。

 立ちはだかる壁は、それがどんなに高く分厚くとも、押し通るまで。

 俺が折れない限り、それは必ずや達成される。

 だからこのひとときだって、余計なことは考えずに『今』を楽しめばいい。

 これからも連続関数で続いていく今を。


「ねぇ、二人とも」

 栂野が不意に口を開いた。

 その声音は平時の栂野らしい、自然な自信に満ちたものだった。

「僕も決めたよ。必要とあらば、もう躊躇しない。僕と二人が生き残るためなら、他の全員を殺してみせる」

「それは重畳。待ってたぞ、その言葉をな」


「毒を食らわば皿まで。闇に交われば黒ってところかね? 泥に塗れた私達にゃ、今更引き返す退路なんて残されていない。それに、私等みたいに真っ当な倫理観が破綻した連中とつるむなら、一緒になって頭の螺子ふっ飛ばさないとね」

「いや、俺達は何もお前程の異常者になるつもりはねえぞ? ああただ、闇に交われば云々はなかなか厨二ポイント高かった。評価する」


「安心しなよ安晴。まともな奴からしたらお前も十分キチってる。学校の皆はそれをひたすら悪く言うけど、僕はそこにこそ憧れる。だから――」

「ああ、そうだな」

 ここに来てついに、思いは一つに重なった。


「「「残ってる奴等全員ぶっ殺す!」」」


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