第23話「荊と無」
「しかし味方だからいいけど、君がもし敵だったらと思うとぞっとするよ。この楽器が効かない相手となると、僕はもう普通に殴り合うしかないからね。かといって演奏を止めれば、今度は他の誰かに襲われるかもしれない」
「あ? 普通に殴り合うしかない? それをわざわざ俺に言うのは嫌味か。てかよくよく考えりゃお前そういうの多いな。あれか? 所謂マウンティングか?」
「君は確かに他の皆みたく武器を持たないし、僕のように楽器すら持ってない。でも、その不変不死身の肉体こそが最強の武器だろ?」
「別に最強の肉体なんかじゃねえよ。明らかに現実世界より強いのは確かだが、それはお前らだって同じだろ。現実世界の腕っぷしと比例しないとは聞いてるが、下手したら殴り合いですらお前より弱いぞ、俺」
俺の下腹部に浮かび上がった〈烙印〉は『荊』。
発現した〈宿業〉は『妄執の狂信者』だった。
要はあらゆるデバフを無効化し、かつ絶対に死なないというだけでしかない。しかも、前者はともかく後者は眉唾物だ。
『矛盾』の逸話は、高校で漢文を履修すれば誰もが習う。
絶対に貫く矛と、絶対に貫かれない盾。その両者が激突したなら果たして何が起きるか?
言うまでもない。貫けば盾が嘘だったということになるし、貫けなければ矛が嘘だったということだ。
ならば――もし対象を絶対に殺すなんて極限に物騒な〈宿業〉を持つ奴がいて、不死身の俺がそいつと出会ったら――。
灯台下暗し。
俺の天敵は、かなり近い距離にいた。
やがて、栂野が演奏を中断する。
「準備は整ったぞ。――来い、仰木」
栂野が演奏していた間に、俺は一人の少女を後ろ手に拘束していた。
従来の取り決めどおりに選出した標的――栂野の演奏で最も早く得物を取り落とした奴だった。
俺は彼女を俯せに横たえ、肘をキメてから引っ張り上げていた。
犠牲者となる少女は、拘束されてなお、演奏の余韻で口元を綻ばせていた。
程なくして、栂野のバイオリンの巻き添えを食わぬよう射程圏外で待機していた仰木が、俺のもとへ駆けつける。
「女子かー。正直気は進まないけど、まあ彼女が一番早く武器を捨てた――つまり戦意が薄弱だった可能性が高いってなら仕方無い」
そう言うと、仰木は脇に差した刀を抜いた。
刀身が鮮やかな朱色に輝く。
その輝きは美しくも不気味で、世に言う妖刀の類であることは明らかだった。
そのとき、はたと少女の眼が見開かれる。
双眸からは恍惚の輝きが消え失せ、逆に絶望で焦点が乱れていた。
同時に全身も強い抵抗を始める。
ろくに身動きも取れない体勢で彼女を拘束していたにもかかわらず、その膂力は凄まじい。
俺も一心不乱に全力で彼女を押さえつけた。
「悪く思ってね」
「あ――」
仰木が口を開いた次の瞬間、パカッと音がした。
地面には、真っ赤な球形が打ち付けられていた。
それが驚きの声を上げたのは、果たして首から離れる前だったか?
「本当に……どっちが残酷なんだか」
仰木が自嘲の笑みを浮かべながら、紅い空を仰ぐ。
「それは僕にも分からない。このやり方が一番ましである可能性が高い、それだけだよ」
「大丈夫だ、これで合ってる。
あらゆるパターンの虐めを経験した俺を信じろ。
精神的苦痛と肉体的苦痛、どっちにしろ辛いことに変わりはない。
だがな、悪意を持って人が人を傷付けるのに、純粋な肉体的苦痛しかないなんてこたぁありえねえんだよ。精神と肉体のダブルパンチだ。
それならまだ、絶望に苛まれながらもお前の一太刀で即死できる方がましだ。俺はそう断言する」
「ま、その辺は同意かな。私の場合相手は虐めっ子じゃなくて産みの親だったけど、言わんとすることは分かる。安晴が他人からパクった扱い慣れてない武器で嬲り殺すよりは、多少ましかもね」
「俺だって別にそうしたいわけじゃないんだがな。
旭日の野郎は〈神の庭〉での俺達が現実離れした身体能力を発揮すると言ってたが、特に耐久力が異常だ。鈍器で後頭部殴ってんのに痛みでのたうち回ったり、斧で首刎ねてんのに数センチしか刺さらなかったり。
一発攻撃すれば栂野の夢から醒めるし、俺が殺ろうとしたらどうしても拷問みたくなっちまう」
「拷問よりかは断頭刑の方がましとね。それもそうだ」
仰木は妖刀を握っていた右手を離し、掌を見つめた。
そこに刻まれている〈烙印〉は『無』。
発現した〈宿業〉は『清算の救済者』だった。
「確かに、こんな〈宿業〉を持つに至った心当たりはあるけどさ。結局私はあの頃から何も変わってないのかなーなんて虚しくなるよ。そこそこ便利な能力だし、最悪普通にただの剣として扱っても戦えるから相性もいいけどさ」
仰木の剣は慈悲に満ちていた。
その切れ味は、斬る対象の精神に依存する。
相手が生を全力で志向し、死を望まない場合にはただの剣でしかない。
だが相手が希死想念を抱いている場合は、強さに応じて威力が飛躍的に増す。
すっかり生存者が減った今となってはあまり見かけなくなったが、この殺し合いが始まった当初、あの溝から飛び込む勇気がどうしても振り絞れず極めて消極的にこの殺し合いに参加した者達がいた。
この場で生き続けること自体が死よりも辛い。
かといって今更自害する覚悟も持てない。
そんな生き地獄を彷徨う者達を、仰木は次々に殺していった。
どうやら不死身に限りなく近いらしいと判明した俺の肉体も、もし絶望した状態でこいつの一太刀を浴びたならばどうなるか分からない。
――もっとも、そんな状況はそもそも発生する訳ないが。




