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第22話「屍」

「相変わらずうまいな。てかほんとお前何でもできんのな」

「別に何でもじゃないよ。バイオリンとピアノは、幼稚園児の頃から母さんに無理矢理仕込まれてたってだけさ。管楽器なんかはほぼ素人だから、フルートくらいしか吹けないよ」


 俺自身は一週間ぶりに復帰したばかりだが、殺し合い開始からは既に三週間弱が経過していた。


 今となってはすっかり見慣れたが、それは随分シュールな光景に違いなかった。

 戦場に召集された若人(わこうど)達。そのほとんどが、物騒な暴力兵器を携えていた。

 大剣から(いしゆみ)まで種類は多様ながら、いずれも日常生活には断じて馴染まない。

 彼等の表情は張り詰め、皆殺し合いに身を投じる緊迫感に打ちのめされていた。

 そんな戦場にあって一人、栂野は優雅にバイオリンの調べを奏でていた。


 戦場のピアニストなんて映画があった気がするが、こいつの場合は戦場のバイオリニストだった。

 舞台を闘技場から移したことも、その光景の異様さに拍車をかける。

 殺し合いも後半に差し掛かり、生存者はすっかり減った。

 それにより、旭日の初日の宣言通り、戦場は闘技場以外――今宵は無人の校舎に移していた。


 グラウンドから見ると、その建物には微妙に見覚えがある。

 俺の家から最寄りのスーパーに行く際、前を通過する公立中に酷似している。

 だとすれば、ここはその校舎をそのままコピーしたものなのかもしれない。

 荒んだ心と傷んだ身体を癒すように、戦士達は栂野の奏でる音色に耳を傾ける。

 それはまるで、地獄の一角を白に塗り潰して生み出した聖域のようだった。


 だが幻想的で美しい光景は、この地獄においては生憎とまんまそのとおりまやかしでしかない。

 偽りの聖域は砂漠のオアシスではなく、むしろ得物を捕食する蟻地獄だった。


 栂野の紡ぐ音色は、素人の俺が聴いても十分に美しいと分かるものだった。

 だが戦士達は何も、こいつの演奏に聴き惚れたが故に恍惚とした表情を浮かべている訳ではない。

 戦場に身を置きながらこぞって得物を取り落とすなど、もっての外だ。


 これこそが、栂野の首筋に浮かんだ『(ライヒェ)』の〈烙印(スティグマ)〉が発現させし〈宿業(フェーイヒカイト)〉――『影の支配者(クリーマアンラーゲ)』だった。

 八つの基本感情と八つの応用感情からなる人間の感情。

 栂野の〈宿業(フェーイヒカイト)〉は、それらを八つの楽器により自在に操る。

 バイオリン(ドライ)の音色を聞いた者は皆、『愛』を喚起されて戦意を喪失し、不条理な多幸感に酩酊する。


 音色が届く半径百メートル以内の者は、誰しも屈託の無い笑顔を浮かべていた。

 異なる表情を浮かべるのは、虚ろな目で地面を見下ろしながら歯を食いしばる栂野と、こうして会話す る俺の二人だけだった。


「なあ。今更聞くのも何だが、あれを殺しても数には含まれねえの?」

 俺は、顎で俺の右方向を指しながら尋ねた。

「よしんばノルマの内訳に含められたとしても、僕達が三人になるまで殺し合わなきゃならないことには変わらないよ。なら結局、殺したところで事態の先送りにしかならない」

 栂野は苦笑しながら視線を落とす。

 引き絞られた唇を見る限り、俺の提案自体にはあまり反対ではないようだった。


 俺の現在地から右へ約二百メートル。

 栂野のバイオリンの音色も届かぬ遠方に、ソレの一体がいた。

 白虎――俺達の殺し合いが滞り無く進んでいることを旭日に代わり監視するべく、奴が残していったホムンクルスだ。


 造形はどう見ても虎でもなければ俺達アジア人でもなく、むしろ白人に近い。

 だが純然たる白人という訳でもない。

 真っ白い肌に、腰のあたりまで伸びた長い金髪。

 無駄に凹凸がはっきりした体型は、一見ただの白人の美女だ。

 だが瞳の紅い輝きが、やはり人間ではないことを示していた。


 その他三体のホムンクルス――青龍、朱雀、玄武についても同様だった。

 髪や目の色から体型に至るまで互いに異なってはいるが、いずれもモンゴロイドのそれではない。

 奴があれらをホムンクルスと呼んだ以上、おそらくは錬金術による産物だと考えられる。


 錬金術と言えば、言わずと知れた古い学問だ。

 その研究過程は科学技術の発展に大きく寄与したが、近世以降ではただのオカルト紛いとみなされている。

 だが奴が現に行使しているのは、まさにそのオカルト。

 俺達が(いざな)われたのは、当然の物理法則すら容易に捻じ曲げる異常空間。

 とすれば、あの化け物に限っては、本物の錬金術を行使できたとしても何ら不思議じゃない。

 だからこそ、奴が見せるこの悪夢そのものに一矢報いるという意味で、俺はあの動く人形をぶち殺してやりたかった。


「それに何より、僕等にアレを殺せるのかっていう」

 奴への攻撃を自重するにも妥当過ぎる根拠だった。

 結局のところ、あれを殺せたところで得られるのは安い自己満足だけ。

 蟻を潰すかの如く俺達を一方的に惨殺した旭日の麾下(きか)に喧嘩を売るのは、どう考えても合理的ではなかった。


「クソっ……。分かった、今は引こう」

 今は?

 今引くならば、じゃあ押すときがいつ訪れるというのだろうか?

 あの糞野郎が勝手に決めた三人という定員が憎い。

 俺と栂野と仰木、見事に三人ピッタリじゃねえかよ。

 こいつらと生き残る――最低限俺が満足できてしまう選択肢が俺に残されている以上、どうしても迂闊なことはできない。


 俺は自分の首に爪を立てた。

 千切れてなお死なない、この首に。

 現状も無論憎い。

 だがそれとは別に、俺自身自覚していないもっと憎むべき何かがあるかのように。


 ――自覚できていない、そのこと自体を自責するかのように。


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