第20話「選択」
「ど、どっちだよ! 逃げて良いなら、お、俺は逃げるぞ……たりめぇだろ、んなもん!」
「そうだ! 俺も棄権する! 冗談じゃねえよマジで」
棄権する自由を認める。その言葉を聞くや、皆は徐々に生気を取り戻した。
「話は最後まで聞きたまえ。言うまでもないが、棄権した場合には生存の可能性はゼロになる。最初に伝えたとおりだ。この中で私が生存を認めるのは、淘汰の末に生き残った三人のみ。棄権した者達は、召集されることすらなかった者達同様、やがて死に絶える。それでも良いというのならば、私も止めはしまい」
「あ、あの……棄権した場合も、ここでの記憶は残らないんですよね……? 普通に元の生活に戻れるんですよね?」
男子の声ばかりが響いていた闘技場内に、おずおずと掠れた声で女子が尋ねた。
「君の考える元の生活とやらにもよるが、記憶は残らぬし、今すぐに死ぬということもない。三年後以降の人生を続行したければ、ここで勝ち残る以外に道は無い。だが殺し合いに参加することが恐ろしくて仕方無い、一刻も早くこの場から逃れたいと言うならば、私も無理強いはせぬ」
「つまり、こういうことですよ。殺し合いに参加したら九十九パーセント以上の確率で一か月以内に死ぬか、一パーセント以下の確率で生き残れるかの二択。でも棄権すれば三年以上は生きられない代わりに、それまでは普通に生きられると。そんなもの決まってる。期待値的に考えて、どう考えても棄権した方がいい!」
今度は早口でまくしてるように男子が喋った。
何となくタイプ的には俺と近そうなのに、どうしてそんな発想になるかなぁ。
「それで、棄権するためにはどうすればいいんですか?」
早口男子は一人合点すると、そのままの勢いで旭日に尋ねた。
「簡単だ。今から三分間だけ数えよう。その間にその外周の溝から飛び降りろ。それだけで十分だ」
そう言われて、皆が辺りを見渡す。
すると、果たして城壁と地面の境には、黒い溝が走っていた。
「三分だと? あんなとこまでどうやって! 無茶言うんじゃねえよ!」
「話を聞いていなかったのかね? ここでの君達の身体能力は君達の生身の肉体には依存しない。そうだね試しにその場で軽く跳躍でもしてみると良い」
「うわっ! なんじゃこら! やべえ落ちる!」
一部の者達が、即座に実践した。
個人差はあるが、皆が皆、まるでトランポリンで跳ねる体操選手のように宙を舞っていた。そしてアパート二階程の高さから着地しているにも関わらず、彼等の恐怖に反して一切の負傷も無いようだった。
「理解できたかな? ここでの君達ならばあそこまで到達するには一分もあれば十分だろう。さあ、選びたまえ。スタートだ」
旭日がそう言うと、今日の制限時間の数字が一八〇に切り替わる。
そして一秒ずつ数字を減らしていく。
それを見て数人が一目散に駆け出す。
一旦動き出せば後は早い。落ち着き無く周りをキョロキョロ見ていた男子メインの層が、どっと後に続いた。
さらに周囲が一斉に走り出すのを見て、不安と恐怖に泣き出しそうな顔で戸惑いながらも、女子メインの層が遅れて走り出す。
朝の通勤通学ラッシュの如く渋滞になるかと思われたが、目的地が外周であるため放射線状に散り散りになり、スムーズに人が流れて行った。
逃げ出さずにその場にとどまったのは、全体の三割程だった。
「お前、逃げなくていいわけ?」
表情を強張らせつつも、逃げる素振りは一切見せなかった隣の友人に尋ねた。
「そりゃあね。あいつの言うことは明らかにキナ臭い。奴が何者かは分からないけど、あんな理不尽に躊躇無く人を殺すようなクズを僕は信用しない」
「同感だな。あの溝から飛び降りたらそのまま死亡。目先のむしのいい話に釣られて、まんまと嵌められた馬鹿共ざまぁ。私が戦う意思すら見せずに敵前逃亡するゴミ共を許すとでも思ったかフハハハハ――なんてことを奴が言い出しても俺は全く驚かない。まあ、仮に本当に死なないとしても、俺は残る方を選ぶけど」
「流石だな」
空中の数字が一つ、また一つと減り、数字はやがて六〇以下にまで減った。
外周の黒い溝は人の壁ですっかり見えなくなっていた。
大多数が溝まで走っていたが、そのままの勢いで飛び降りたのはそのうちの一割にも満たなかった。
そりゃそうだろう。
最速組を除けば、ほとんどの奴等は未だ選択を迷っているはずだ。
制限時間が残っている以上、出口の目前で時間いっぱい悩むのは必然だった。
それに、確かに奴は溝から飛び降りろと言ったが、それを実行するには相応の覚悟が必要となる。
絶対の安全が保障されているからといって、バンジージャンプやスカイダイビングに恐怖しない奴はごくごく少数だ。ましてこれは、アトラクションじゃない。
胡乱の化物に唆されただけで、ホイホイ飛び降りられようはずもない。
彼等が懊悩するうちにも時は刻一刻と進み、数字はついに一桁になった。
それを見て腹を決めた者達が続々と溝へ飛び降りる。
五、四、三,二、一――そして、数字はついにゼロになり、上空の数字は霧散した。
それと同時、限界まで悩み抜いた末、最後の一団が意を決して溝へ飛び込んだ。




