第16話「旭日」
「あああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」
文字どおり、阿鼻叫喚の地獄絵図。
召集された者達、その全てが全身を押さえてのたうち回っていた。
高密度に押し潰されて立っていることも儘ならず、皆が一様に地面に転がる。
互いの体が重なり合い、猛烈な圧迫感に苛まれる。
まるで漁獲網にかかった魚のようだった。
「ざっと一分少々の辛抱といったところだ。それを超えれば、痛みは治まるだろう。それはな、本来人体に有害なものではないのだ。貴様等は免疫を失っている故、アレルギー反応を起こしているようだが、それはかつてこの星にごく自然に存在していたもの。もっとも、それを地球から根絶させたのは私なのだが」
一分少々だと? この激痛が?
筆舌に尽くしがたい痛みは、絶えず俺を苛み続けた。
だが生憎と俺は、激痛耐性には自信がある。
脳溢血の過酷なリハビリや、虐めでサンドバッグにされた経験は伊達じゃない。俺に耐えられぬ痛みなど存在するはずは無い。
そんなもの断じて認めないし、俺が耐え続ける限り、その真理は不変だ。
しかし、どこの馬鹿だか知らないが、余計なことを言ってくれたものだ。
『我が〈聖核〉をその身に宿した人間は、望む望まないにかかわらず何らかの特異な超常の能力――〈宿業〉を発現する』
紅の空に浮遊する奴はそう言った。それに対し、
「異能だぁ? んなもんどうやりゃ出せんだよ。身体がゴムみたく伸びたりしねえし、邪王炎殺黒龍波が打てそうな感覚もねえぞ!」
オーディエンスの一人が、馬鹿にするように問いを投げた。
なるほど、お前は飛翔派か。俺も何だかんだ割と好きだぞ。
そんなことを思いながら会話を聞いていると、奴は笑いながら言った。
「これは失礼。準備は完了していたが、肝心の起動ボタンを押していなかったな」
こいつが最初から笑っていたなら、何の違和感も感じなかったことだろう。
外見の年齢相応の振舞いで、ごく自然に映ったはずだ。
だが、これまでの無機質一辺倒な語り口からの豹変となれば話は別。
不穏な何かを確かに感じ取るが、気付いたところでどうしようもなかった。
「目覚めよ」
空中の奴が叫んだ。
その刹那、地上の俺達のおそらく全員に激痛が走った。
永遠とも思えた全身の痛み。
皮膚が神経が関節が、その全てが原型などとうにとどめず木端微塵に粉砕されていると確信した。
だが、やがて痛みが体幹に収束する中で改めて全身を見渡すと、どこにも欠損は見当たらなかった。
痛みの範囲はさらに狭まり、下腹部のみがジンと痺れる。
痛痒は既にかなり引き、鞭を叩き付けられる程度になっていた。
つまり、割と気持ち良かった。
シャツをチラと捲ると、何かの文字のような奇怪な紋様を模り、ミミズ腫れのような傷痕ができていた。
「さて諸君、(烙印)は無事発現したようだね。おっと、これはだらしない。まさかこの〈神の庭〉に辿り着いておきながら、(烙印)の痛みに耐えかねて開幕前に降壇してしまうとは」
「な! おい! 起きろ! まさか……」
周囲が再び騒々しくなる。
あれほどの激痛、やはり皆が皆乗り越えられたわけではなかったらしい。
俺の足元にも一つ、男の巨体が転がっている。
身長が一九〇を超えようかという逞しい肉体だった。
俺が気付いた時には既に、周囲の人々が集まり、息を呑んでいた。
一応腕や首筋に触れてみるが、果たして脈はピクリとも動かなかった。
「情けない限りだが、とはいえこれはこれで悪くない。この痛み程度に屈する脆弱な精神では、どのみち今後の壮絶な生存競争は勝ち抜けまい」
「ガタガタ訳分かんねえこと抜かしてんじゃねえぞ! サキに何てことしやがる。てめぇがやったんだろうが! てめぇがさっさと助けろよ!」
奴は最初、この場にいるのは皆蒲森区の中高生だと言った。
ということは、俺の周囲は偶々赤の他人しかいなかったというだけで、付近に知り合い同士がいてもおかしくないということだ。
今叫んでいる彼は、おそらくそのパターンだろう。
愛する恋人が激痛に絶命する。その瞬間を目撃してしまったといったところか。
「何を馬鹿な。逆だ、まだ足りぬのだよ」
「はぁ? だから訳分かんねえつってんだろ! いいからさっさと助けろや!」
件の彼は既に、倒れ伏した彼女のことしか眼中に無い。
だが周囲はそうではなく、その意味するところがおおよそ理解できてしまった。
「てめぇいいから一遍下りて来いや! てめぇをぶっ殺せば、そんでこの糞みてぇな夢は終わるんだろ⁉ なら俺がぶっ殺してやんよ!」
「いいや、俺がやるぜ! どうせ夢なんだ。死のうが殺そうが好き勝手だ。それにこんだけ最低な悪夢なんだから、キモいガキ一人ぶっ殺しても罰は当たんねえだろ!」
「罰か。それは果たして、誰が下すものだったかな? それを思い出せば、自分がいかに間抜けなことを申しているか気付きそうなものだが」
「ああもううっせぇ! いいからさっさと下りて来いや、童貞カマホモ野郎!」
中性的外見を揶揄した煽りを受けて、奴の双眸に昏い闇が差す。
「はい童ー貞! 童ー貞! どっ――」
「口を慎め」
奴が呟くと根拠も何も無い童貞煽りをしていた男の声が、ピタと止んだ。
しかし、変化はそれだけではなかった。
今しがたまで上空で尊大にふんぞりかえっていた奴の姿が、忽然と消えていた。
移動を目視することもなければ、奴が霧散するところを確認した訳でもない。
だが、相手はそもそもが自在に宙を舞うような化物だ。
それを思えば、その結果は想像に難くなかった。
「て……め……」
「口を慎めと言ったはずだが、聞こえなかったか? まあ良い。貴様はこれで死ぬのだからな」
奴は、地上に降り立っていた。
右手には眩い黄金に輝く聖剣が握られ、それは既に童貞煽りの男の心臓部を貫いていた。
なぜ俺がそこまで子細に奴を視認できたかと言えば、遮蔽物が無かったからだ。
奴の周囲半径十メートル程の人々は、皆等しく放射線状に弾き飛ばされていた。
この鮨詰めでその有様なのだから、エネルギーがいかに巨大であったかは推して知るところだ。
奴が剣を引き抜くと、童貞煽りの男はドサリと音を立てながら突っ伏した。
「て……ててめぇえええええ!!!」
吹き飛ばされた人々のうちの一人が、それを見てすぐさま奴に駆け寄る。
声の震えは奴への恐怖心を如実に示していた。
だが、あの化け物を目前にしてなお即座に立ち上がり、牙を剥いたのだ。
それだけでも十分に勇敢だったと言えよう。
しかし、勇敢なだけで事を成せるほど世の中甘くはないし、何より奴には容赦というものがなかった。
「ぁ……」
まともに悲鳴を上げることすら許されなかった。
瞬いたほんの一瞬のうちに、男の全身は黒く変色していた。
男だった固形物からは白煙が上り、周囲には煤が漂っていた。
「今の二人の犠牲で理解できたかな? 私に歯向かうなどという愚行は、そもそもの選択肢から外すことだ。そして紛れも無くこれは現実だ。ここで死ねば、貴様等の精神は死ぬ。生き残りたくば貴様らはまず、私の話を黙って拝聴すべきだ」
二人もの人間が、目前で立て続けに殺された。
二人合わせても、一秒とかかっていないだろう。
あまりに荒唐無稽な惨状に、距離を取って息を呑むことしかできなかった。
女の啜り泣く声は未だ残っていたが、私語や奴への挑発は一切無くなった。
それを確認すると、奴は呆れたように肩を竦めながら徐に口を開いた。
「ここまでで既に三分を要した。まったく、手間を取らせる煩わしい連中だ。さて、準備は良ろしいかな?」
人々は既に恐怖で思考を支配されている。
皆が脂汗を滲ませながら、首を赤べこのようにぶんぶんと縦に振っていた。
「我が名は――ここでは旭日とでも名乗っておこう。この世界――大まかな理解としてはこの惑星そのものと考えて構わぬ――の所有者にして統治者だ。これから吾輩が貴様等に告げることは全て、嘘も誇張も無い純粋な確定事項だ。貴様等に口を挟む余地は無いし、こちらが心変わりをすることも無い。では、単刀直入に言おう。君達にはこの世界で最後の三人となるまで殺し合ってもらう」




