第13話「名簿」
「ここが僕の部屋だよ。散らかってるから今はあんまり見られたくなかったんだけどね」
「どこがだよ。間違い無く、俺や仰木の部屋より綺麗に片付いてるぞ」
「流瑠香の部屋だって⁉ 安晴、お前いつ流瑠香の部屋に侵入した⁉ え? 言ってみろ!」
「いや普通に考えてそうだろってだけで行ったことなんてねえよ。てか侵入って表現やめろ」
血走った目で問い詰めて来る栂野を引き離し、仰木に預ける。
室内は、これ以上無いくらいに整然としていた。
小綺麗過ぎてムカつくので、何とか粗探しをしてやろうとしたが、それも全て失敗に終わる。
窓レールやら床の隅やら、片っ端から指でなぞったものの、指に埃が溜まることは無かった。
「あんまり変わり映えしないねー。まあ私が出てってから一年も経ってないしこんなもんか」
「ライフスタイルはあまり変化してないからね。もっとも、見かけじゃそう見えるけど、中身は寂しいもんさ。流瑠香がいた頃を思うと、今は家庭の全てがセピア色に見える。この部活が無かったら、僕は流瑠香欠乏症で今頃発狂してるよ」
「お前もよくこの変態と中学まで同居してたな」
仰木への同情を禁じ得なかった。
家庭環境的にはかなり恵まれてただろうが、こいつにこうもがっつかれては、仰木も苦労したことだろう。
「まあ、出会った頃は本当にガキだったからね、お互い。兼嘉も今みたいな小賢しい優男の皮被った八方美人の変態じゃなかったし。あ、皮被ってるのは昔からか」
「今は被ってないよ! 今はずるむk」
「黙れ小僧!」
仰木による小僧への過剰制裁に、小僧はおとなしく沈黙したが、小僧は反骨精神を露にムクリと立ち上がっていた。
「ともかく小二で出会った頃のこいつは、それはもう純朴で暑苦しい奴だったよ」
「て言うと?」
「いやさ、こいつ本当にしつこかったんだよ。私は誰とも話したくないつってんのにさ。毎日ゲームだのおもちゃだの持って、部屋に押しかけてきて。私がいくらどっか行ってって言っても聞かなくて……」
「それで流瑠香が泣き出しちゃって、僕もいい加減やり過ぎちゃったなって反省して。でもめげずにまた翌日勝負してって繰り返しだったな、最初は」
「おいおい、殴られたじゃなくて泣かれたかよ。当時はガキとはいえ、こいつが泣くってよっぽどだぞ?」
「おい、そこはあんまり触れてくれるな」
「いいじゃん。安晴は流瑠香の可愛さをいまいち理解できてない節があるし。僕等が出会った頃の流瑠香はね、今ほど強くはなかったんだよ。だから」
「兼嘉――少し黙れ」
「は……はい」
仰木にクビを両手でぐいぐい締め上げられ、栂野は嗄れた声で辛うじて答えた。
なかなか興味深い話ではあったが、栂野が本気で死にそうだったのでそれ以上の追及は自重した。
「――ん? この名簿は何ぞ?」
栂野と仰木が揉み合う隙間の奥に見えたそれは、その形状から最初は卓上カレンダーに見えた。
しかし遠目にも明らかに内容は異なり、どことなくこの部屋で浮いている。
わざわざ台座まで用意して机の真ん中に置かれており、限界まで小規模化した祭壇という印象を受けた。
近付いてよくよく見れば、十三人の名前が書かれていた。
そのほとんどは俺に見覚えの無いものだったが、うち一人は栂野率いる五組リア充軍団の下っ端、うち一人は確か俺のクラスメイトのものだった。
うーん、間も無く十二月だというのに、下の名前が怪しくてクラスメイトと確信できないのは流石俺といったところか。
「この十三人は、どういう集まりだっけ?」
「それに触るな!」
その瞬間、空気が一変する。
栂野から鋭い怒声が飛んだ。
俺が問いを投げながら名簿を手に取った瞬間のことだった。
栂野のあまりの豹変ぶりに思わず、絶句した。
「ああ、ごめん……違うんだ。その……それは凄い大切なものだからさ。悪いけどそこにそのまま置いといてくれるかな?」
取り乱したのは一瞬で、すぐに平静を取り戻すと、栂野は申し訳なさそうに釈明した。
「お、おう。分かった、とりあえずもう触んねえよ。で、そこまでご執心のこれは結局何なんだよ?」
「安晴? 逆に訊くけど、お前はまだこれが何か思い出せないわけ?」
口を開いたのは、栂野ではなく仰木だった。
「思い出す? ああいや、うち何人かは知ってるぞ? うちのクラスの奴とかな。ただその口ぶりだと、こいつら皆俺が知ってる連中なのか?」
「ああそうだよ。だってそいつら――」
「やめろ流瑠香! そういう約束だろ……!」
何かを語ろうとした仰木を、今度は栂野が制する。
それを聞くと、仰木は暫し栂野と睨み合い、やがて口をへの字に曲げてそっぽを向いた。
「おい、何だよ。何かよく分からんが、そこまで口にしといて隠すってのはねえだろ。そういうのは、俺だけじゃなくお前も大嫌いだろ、仰木? 俺達は思ったことは歯に衣着せず、剥き出しの刃で斬り付け合うってのが信条じゃねえのかよ?」
仰木が明らかにムッとした表情をする。
そうだ、お前もそんなの好かねえだろ? なら言え。
「悪いけど、今の安晴には言う気になんないわ。私は兼嘉との約束の方を取らせてもらうよ」
しかし、基本短気なはずのこいつは、挑発されてなお口を割らなかった。
「そうだね、一つ言えるとすれば。今、お前がこの名簿を見て何のことか見当も付かないというその事実。私はそれこそが一番気に入らない。だからさ、とりあえず思い出せ。話はそれからだ」
思い出せと言われても、今の俺がそうできるのは二人のみ。
しかも、名前以上に多少なりとも個人情報を思い出せるのは、クラスメイトの大松修一くらいだ。となればこの大松から手がかりを掴むしかない。
こいつは、入学直後の出席番号順座席配置のとき、俺の列の最後尾だった。だから、答案回収時なんかに顔を見る機会も多く、比較的強く印象に残っている。
かなり大柄でがっしりした体つきの奴で、その見かけ通り野球部員らしかった。確かクラスの中じゃ第一党グループに所属してたはずだが、割と口数は少なかった気がする。自分自身が騒ぐというより、馬鹿やってる奴を見て笑う側に回ってることが多いタイプだ。だが、確か夏に大怪我やったとかで暫く野球やれなくなって、気付いたら微妙に孤立してる感じがしてたような。
それで確か、最近は空気が読めないとか何とか陰口叩かれてるっぽいところにも、遭遇したっけか。
それより何より、そうだ――奴は今日の学校に来ていなかった!
いや、それだけじゃない。
一旦そのことに気付けば、芋づる式に情報が繋がる。
よくよく思い出せば、この栂野グループの小金井もじゃねえか。
この前食堂で栂野グループと遭遇したとき、こいつはいなかったはずだ。
こいつは図体が突出してデカいから、いれば嫌でも目に付く。
それに栂野の腰巾着のようにいつも随行してたから、いないことは珍しい。
となれば――あの日、奴は欠席していたと考えるのが自然。
「もしかしてあれか……?」
「この名簿ってその……今学校休んでる奴等の名前か……?」
「間違いじゃないね。でも正解でもない。私も学校の連中の名前なんていちいち覚えてないから、こいつらがうちの学校にいたかなんて覚えちゃいない。でも、そうだとしたら足りないでしょ。今休んでる生徒は、一年だけで三十人近くいたはずだよ?」
確かにそこは引っかかっていた。だが、その三十人の中には本当に単なる風邪やインフルエンザで休んでる生徒もいるはずだ。なら――
「なら、もっと直球で言うぞ……? こいつらは、例の『世界の終わりの始まり』――その犠牲者じゃないのか?」
仰木の眉がピクリと動く。どうやら、件の騒動が関与しているのは確定的だ。
「それにしたって一緒だよ。三十人ぐらい休んでるうちの半分以上が普通の病気? んな訳ないっしょ。今年インフルエンザが早くも流行ってるなんて聞いた?」
「それは……」
確かにそれもそうだ。
だが、昏睡症状は関与してるのに、この名簿イコール被害者ではないという。それならつまり、名簿は昏睡症状犠牲者の部分集合ということか?
ならば、この名簿は一体どういう条件だというのか――?
「そこまでかな。じゃあ駄目。安晴は赤点! 落第! 追試決定! 地獄……地獄行きッ……!」
「おいおい、語呂がいい言葉が思いつかなかったのは分かるが、何も地獄」
「地獄って表現がおかしい? 何を寝惚けたことを。そのままじゃ」
「流瑠香?」
「よく分からねえが、やっぱり例の昏睡事件は関与してるんだよな?なあ、そいつらもそうだし、お前らも何で逃げないんだよ。理屈もルールもてんで分からねえが、ともあれこの蒲森区が標的になってんのは確かだろ? なら」
「ああ、それは無駄だよ。この世界で物理的に逃げるのは残念ながら全くの無駄。現に、区外に逃亡したけど意識失った奴とか普通にいるしね。そりゃそうだ。だって――」
「流瑠香?」
「あーハイハイ。わったから。これ以上余計なことは言わないよ」
仰木は確かに、核心に迫る何かを言おうとした。
だが、栂野が鬼気迫る表情で三度それを妨げた。
「おい栂野、お前一体何をそんな頑なに隠してんだよ。それはそんな……俺には言えないことなのかよ?」
「今の君にはね。ただくれぐれも誤解しないで欲しい。僕等は何も、意地悪でお前を除け者にしようって訳じゃないんだ。この件がどうあれ、お前は僕と流瑠香にとってかけがえのない大切な友達――いやもう親友と言ってもいい。だからこそ――僕等の口からこの件を語ることはできない。そこは理解してくれ」




