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第12話「家庭訪問」

 生徒がどれだけ減ろうとも、学校は通常どおり進行していた。

 だが、ここに来て流石にそれにも待ったが入る。


 終業のHRで今日から無期限の部停止が告げられた。

 原因は欠席生徒が多いためとのことだった。

 確かに間違っちゃいないんだろうが、実情はこの得体の知れない奇病へのせめてもの対策といったところだろう。

 そこまでするならなぜ学校閉鎖措置に踏み切らないのか。

 公務員組織の公立高校ならまだしも、私立なんだからその辺は柔軟に対応するべきとこなんじゃないのか? え?


 明白に差し迫る危機、周囲の学校関係者達の不自然な自然さ、それらが醸し出す不穏の影、そして何より前後不覚の足元が覚束無い錯覚。

 それら全てが綯交ぜとなって俺の胸中で渦巻き、俺は――その非日常がもたらす甘美の快楽に打ち震える。


 全校一斉の部停止が告げられたのだから、当然総合人間部も例外ではない。

 それは俺もを理解しているはずだが、二人の残像に吸い寄せられるように足は和室へ向かった。

 和室は施錠されており、当然二人もいなかった。

 一頻り立ち尽くして踵を返すと、目当ての一人である男と目が合った。


「安晴、知ってると思うけど今日は部活休みだよ」

 うーん、今は厳密には部活の時間じゃないし校内なので、俺憲法的にここでのこいつとの会話は違憲なんだが。

「分かってる。たまたま通りかかったから、仰木の馬鹿が空けた穴を改めて観察してただけ」

 一瞬の逡巡の末、栂野の呼びかけに応じてそう答えた。


「おい安晴、お前今私のこと馬鹿とか言ったか?」

 今度は別の方角から、威圧的な声音が飛んできた。

「言ってない言ってない。お前は馬鹿じゃないもんな、頭がおかしいだけで」

「ほう? それは私への宣戦布告という解釈でよろしいかな?」

「あーはいはいストップストップ。今は部活じゃないんだから平和に、ね?」


 仰木を押さえつける栂野は、慌てた様子で困り顔を浮かべていたが、背後から覗く口角が歪に吊り上がっているのを俺は見逃さなかった。

「おい、どさくさ紛れに抱きついて喜んでんのバレバレだぞ」

「ななな何を人聞きが悪ぐふっ……ちょ、マジ違うから。流瑠香、鳩尾を拳で殴るのはやめようね……」

 栂野はその場で蹲り悶絶しながらも、その鈍痛に恍惚の表情を浮かべていた。

 栂野という盾を失って一瞬焦ったが、仰木は今の腹パンですっきりしたらしく、俺に襲い掛かってくることは無かった。


「ふっ。部停止だつってんのに、もう完全に部活のノリだね。ってことでさ、自主トレってことで今日も普通に部活やんない?」

「いや、それは流石にどうよ? 赤坂さんも流石に和室の鍵貸さないだろ」

「あー違う違う。もちろん会場は移すよ」

「どこに?」

「この辺にぃ、広い兼嘉の豪邸、あるらしいっすよ?」

「あっ、そっかぁ。行きてえなぁ」



「入って、どうぞ……じゃなくてさ! せめて僕の許可を取ろうよ!」

 学校から約徒歩五分。地価は決して安くないであろう区画の中、二階に広いバルコニーが設えられた壮麗な戸建て住宅は、一際大きな存在感を放っていた。

 栂野邸へ直行することが決まると、俺達は栂野を和室前で置き去りにズンズン進んだ。

 栂野は追い付くなり母親云々と言い出したが、栂野の母が日中は働いていることを知る仰木に即論破された。


「別にいいじゃん。私なんて去年までこの家住んでた訳だしさ」

「そうだぞ、堅いこと言うなよ。お前それでも陽キャラリア充かよ」

「別に陽キャとか関係無いだろ!」

「何を世迷言を。精神的にも物理的にも自分の聖域(テリトリー)を鉄条網で封鎖してる我々陰キャラと違って、お前らパリピは公衆便所の如く誰でもござれだろ? 分かるか? 我々陰キャは身持ち固い童貞処女で、お前ら陽キャはヤリまくりのヤリチンヤリマンなんだよ。良かったな、お前の大好きな仰木はふんっ!」

「そろそろ黙ろうか」


 仰木の容赦無い渾身のボディブローが脇腹を(えぐ)った。紙一重で手首を掴んでいたが、勢いを殺し切れずに被弾した。

「へっ。前にも言ったが俺は男女平等主義者だ。女だろうが遠慮無く拳で抵抗するぜ?」

「劣等オスが抜かしおるわ。か弱い女を正面切っての殴り合いで制圧できない雑魚のくせに」

「お前がおかしいんだよ! 男の中でも弱くはない俺と何で互角なんだよ、ゴリラ女!」

「そうだ流瑠香は処女だ。当たり前じゃないか、一体僕は何を心配していたのやら。流瑠香は処女だ。そして流瑠香の処女はやがて僕が――デュフフ」

 俺と仰木がじゃれ合っている傍ら、栂野は幸福に酩酊していた。


 

「とまあそんな訳で、ここが当時の私の部屋。今じゃ名残も何もあったもんじゃ無いねぇ。おばさん、よっぽど私の痕跡消したかったんだろうなあ」

 仰木が苦笑いを浮かべるのを見て、栂野は気まずそうに俯いていた。

 こうなりそうな予感はあったが、今日の部活はすっかり俺の栂野邸観光案内の様相を呈していた。


「お前らが昔同居してたとは聞いたが、やっぱ事情は色々複雑っぽいな」

「複雑? 別にそんなでも無いよ。私は糞野郎な母親にさんざ虐待された挙句、勢い余って殺されかかって孤児院に引き取られた。父親はとっくに蒸発してたし母親は私殺し未遂で豚箱収容だからね。そこからさらに、兼嘉のお父上様がコネやら金やら捏ね繰り回して私をこの家に迎え入れた。ただそれだけ。まあその動機まで掘り下げるのも私は構わないけど、兼嘉が居た堪れなくなりそうだからそこは割愛ってことで」


「いや虐待とか蒸発とかそんなさらっと言われても。俺も母親のヒステリーでぶん殴られることはあったし、本気で死にかけたこともあったが、上には上がいるもんだよな」

「なんだ、やっぱり安晴も死にかけたことあったんだ! だと思ったよ。その頭のイカレっぷりは真っ当な人生歩んできた人のそれじゃないからね!」

「同志よ」

 何とも居心地の悪そうな栂野を尻目に、俺と仰木は固く握手を交わした。


「まあでも、私もこの家では随分恵まれた生活送らせてもらえたと思うよ、マジで。見ての通りかなり良い家だし、おばさんの料理も完全に家庭レベルを逸脱してた。本人の腕に加えて設備と素材にも拘ってるから毎日高級レストランで食べてるようなもんだった」

「でも、母さんは流瑠香を差別するようなことも多かった。そこは本当にすまなかったと思ってる」


「小学生の頃のはそんなんじゃないと思うけどね。私自身別にお受験したいとか、何々やりたいとか言わなかったから。それで何も与えられなかったってだけっしょ。実際、この家でごく普通に生活してるだけで当時の私は大満足だったしね」

「僕だってやりたいなんて言わなかったよ。勉強系は本当にただやらされてただけだし、スポーツ系もガチ過ぎっていうか、殺伐としてる感じが正直嫌だった。僕は皆と楽しくやれればそれで満足だったのに」


「親の心子知らずとな。その辺は、俺も心当たりが無いでもないな。俺がぶっ倒れて入院するまでは、うちも似たような感じだったし。もっとも、うちはプライドだけ無駄に高いコンプの塊みたいな両親だから、ガチエリートなお前ん家には全てにおいて格落ちするが」

「確かに父さんも母さんも凄い人だけど、本質はあまり変わらないと思うけどなあ。人間はどうしてこう、くだらない見栄を張りたがるのかな?」

「ほんとそれだわ。理解できないよね」


 そりゃお前らはそうだろうな――何故ならお前らは、そもそも実が伴ってるわけだから。

 うーん、仰木の価値観は割かし俺と近いんだが、この辺りは相容れないなあ。


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