第10話「結合」
「ぶっ。前も言ったけどさ、それ完全に安晴の自業自得だよね。いや部活中はちゃんと部活やりなよ」
「だから俺も前言ったよな! 三年引退してからは台も足りてたから球拾いなんていなかったんだよ。全員普通に台で打ってた。それをあのゴミが嫌がらせで俺だけ球拾いやってろと」
「じゃあ」
「じゃあ何でそんな嫌がらせされてたかって? それも前言ったぞ? 入部早々の四月にあのクズと揉めたからだよ。あのクズ共が『台足りてないから三年引退まで一年は球拾いで』とか抜かしておきながら、使ってなかったからだよ! あいつらがまともに打ってたのなんて、精々部活開始直後の三十分だけ。あとはラケットだけ台の上に置いて床でくっちゃべってるだけ。それなら俺達が台を使おうが構わんだろ? それをあのゴミが先輩に失礼だの何だの難癖つけてきて。その日からずっと俺に粘着して陰湿な嫌がらせまでするようになって」
「それで不貞腐れて、部活中なのに勉強してたと?」
「不貞腐れてたら勉強なんてしてねえよ。俺はなあ、限られた資源を無駄にすること、無駄にしてる奴が許せねえんだよ。俺はあのクズが俺の限られた時間を奪ってゴミに変えるのが許せなかった。だから勉強することで、俺は俺の意味がある時間を守った。台の件だってそうだ。別に奴等が使うからどいてくれって言うならどいてやるよ。でも使わねえなら譲りゃいいだろうよ。ほら最近栂野が借りてきた経済学の本であったろ? ええと……」
「パレート最適化」
「それだよ、それ!」
「確かに言ってることは一理あるけどねえ。正論が通じない馬鹿なんて世の中腐るほどいるわけよ。ま、部に残りたかったなら、適当に調子合わせとくべきだったと思うよ?」
「じゃあその……俺が間違ってたと?」
こいつにここまでごく常識的に諭されると、不安になる。俺の行動の是非より、こいつがこんなまともなことを喋り続けるなんて、頭でも打ったのかと。
「そりゃあもちろん。そんな糞野郎に鬱憤募らせながら部活続けるなんて馬鹿っしょ。私なら最初の衝突で即胸倉掴み上げてる、うん!」
良かった。こいつの頭は今日も平常運転だ。
ちなみに当のこいつはと言えば、上学年の五人をまとめて竹刀でしばき倒し、暴力事件扱いで部を追放となった。
初対面の時点からして、こいつは上学年の反感を一身に集めていた。
赤みがかった長髪が部員皆をぎょっとさせ、更に安定の仰木節を遺憾無く発揮し続けたとあっては、疎まれて除け者にされるのに数日と要さなかった。
髪色に関しては、赤毛のアメリカ人だった祖父譲りの地毛で本人には全く非が無いのだが、日頃の言動が祟ってその真実を信じる者は皆無だった。
そして事件は起きるべくして起きる。上学年の一人が武道場に零したジュースを仰木に拭くよう命令したが、仰木はそれを拒否。
大義名分得たりとばかりに仰木を剣道部専用の更衣室に呼び出し、好戦的な上学年五人で徒党を組んで詰め寄った。
構図としてはむしろ上級生集団による下級生いじめだったこと、仰木がずば抜けて成績優秀だったこと等が幸いして退部処分のみにとどまった。
だが、事と次第じゃ退学なんてことになっていてもおかしくなかった。
それ程までに盛大に暴れ倒した。
そんな話がこいつの口から自慢気に語られ、ドン引きしたのはいつだったか。
「だがそのおかげでこの部ができた。なら、結果オーライ塞翁が馬だろ?」
「部を作れたのは私らよりむしろ兼嘉のおかげだけどねー。仮に兼嘉の代わりに私らみたいな異常者があともう一人いたとしても、この部はたぶんできてない」
「我々コミュ障ぼっちには政治も外交も至難だからな。確かにこの部は、あいつが作ってくれたようなもんだ。ああでも俺をお前と同レべ扱いすんな。俺はお前よりはかなりまともだから」
全生徒に強制される入部。それは無論、入学直後の入部届提出期間に限った話じゃない。強制といったら強制で、俺達のように何らかの事情で部を辞めた奴等も例外にはならない。
だが、半端な時期で見ず知らずの部に突然入るのは、相当ハードルが高い。
人脈など皆無な俺達には絶望的だ。
そこで、八面六臂の活躍で部の設立に貢献したのが栂野だ。
仰木が剣道部を追放されたことを知ったこいつの動きは速かった。
待ってましたとばかりに、自分が所属するバスケ部マネージャーに勧誘した。
しかし「兼嘉以外のどうでもいい奴等に媚び諂うとか無理」と即答される。
それなら女バスはどうかと、提案した。
しかし、「兼嘉さあ、私が団体競技とかできると本気で思ってるわけ?」と訊かれ、即座に断念する。
二人してうーんうーんと唸り込んでいたところで、仰木が部活を一から作ることを思いついた。
新部設立のための最低必要部員数は三人。
二人の共通の知り合いは一人しかいなかった(というより、仰木の知り合いが一人しかいなかった)が、なんとその一人が仰木同様に部を追放されてはぐれているという情報を、栂野の広大にして綿密な情報網は本人に訊くまでもなく捕捉していた。
となれば、奴等が俺を三人目として引き込むのは必然の流れだった。
何だかんだと渋る俺を焼肉食べ放題の奢りであっさり篭絡すると、顧問までも難無く調達してみせた。
週に一度の家庭科の授業でしか接点が無かった教師をあっさり落としたのだから、奴の人誑しの 素質は本当に恐ろしい。
これが、彼女が管理するこの和室の使用までを見越してのことならば尚更だ。
「安晴さ、この部好き?」
「何だよ唐突に。いや、お前の発言に脈絡を期待する方が無茶ってもんか。ああ好きだよ、少なくとも俺がこれまでの人生で所属してきた中じゃぶっちぎりでな」
この部がある、ただそれだけのことで、現在の生活を史上最も充実したものと感じていた。
不本意にこの高校に入学した当初は、想像だにしなかった。
入学早々自業自得でまた孤立した時点で、ここでの三年間はただただ自分を追い込んで苦しむだけの生活になるし、それでいいと覚悟したはずだった。
「じゃあさ、もしこの部が無くなったらどうする?」
「そんときは新総合人間部をお前らと新しく作るまでだ。ああ、それとも総合人間部改とかの方がいいか?」
「だろうね。無くなったならまた作り直すまでのこと。理に適ってて実にお前らしい。じゃあ質問を変えよう。もし私と兼嘉が死んだらどうする?」
「そんなもん決まってんだろ。お前らを死なせないようにする。それで万事解決だ」
「私達が死なないなら代わりに安晴が死ぬしかないとしたら?」
「んなもん誰が決めんだよ。お前らは死なないが俺も死なない。それで終わりだ」
「その選択を許さない奴がいたら?」
「そいつをぶっ殺す」
「いやいや、殺しはいかんでしょ。部活どころじゃなくなるよ? 私らもう高校生だし、たぶん豚箱行きだよ?」
「俺達を殺そうとする奴が相手なら正当防衛だろ? その理屈が通じないならそれは世界の方が間違ってる。よって世界のルールを変える」
「変えるってどうやって?」
「そりゃまずは議論だろ。人間は話し合いで合理的に意思決定できる生き物だからな。逆に言えばそれができない人間未満のヒトは猿と変わらない。猿が相手なら俺は躊躇なく皆殺しにするまでだよ」
仰木が問うては俺が答える。俺の答えに更に仰木が問いを投げ、俺はそれにまた答える。延々続くかと思われた問答は、仰木の馬鹿笑いに打ち切られた。
「あははははははは。いいね、やっぱりお前最高に痛いわ。真顔で『俺は躊躇なく皆殺しにするまでだよ』って」
「お前なぁ! 何か知らんがお前がやたら迫真だったからこっちも糞真面目に答えてやったのに」
「ああ、すまんこすまんこ。いや、馬鹿にしてるわけじゃないんだよ。安晴はやっぱり安晴なんだってことが確認できてつい……ね?」
「そんな目に涙溜める程馬鹿笑いしながら言われてもな」
「別に笑い過ぎて涙出てたわけじゃないんだけどね……」
「じゃあ他に何があんだよ?」
「いや――さっきから鼻糞がいい感じに鼻腔をくすぐっててね……ふべちっ!」
「うわ汚えっ!お前俺に向かって諸々飛ばすなよ!」
ああ、なんてくだらない。なんて不毛で非生産的な会話なことか。
だがこいつらと出会えて、こうして語らえることが、俺は幸福でたまらない。
願わくば、この素晴らしき混沌が一日も長く続いてほしいと切に思う。




