プロローグ
「うっ……!」
全身が硬直し、身動きが取れなくなる。
その刹那、周囲の轟音めいたざわめきもピタッと止んだ。
張り詰めた沈黙の中でただ一人。幽霊のように上空に浮かぶヤツだけは、顔色一つ変えずに平然と佇んでいた。
「ようこそ、我が〈神の庭〉へ。まずは、諸君がこの世界に到達できたことを祝福しよう」
紅白の縦縞模様のマントをはためかせながら、朗々と告げる。
その容貌は、大まかな括りとしては人間に違いない。
だが、どうにも自分達と同じ生物とは思えない違和感があった。
身長は明らかに一七〇に届かず、全身は蝋人形のように真っ白で華奢。
しかしながら瞳だけは毒々しいまでに強烈な輝きを放つ赤色をしており、まるで趣味の悪いオカルティックな人形のように見える。
発せられる声は男とも女ともつかぬ変声期前の少年のようだった。
一方で、些かの抑揚も見られない平坦な声音からは、溌溂とした少年の声とは真逆の印象を受ける。
一言で言えば、極めて不気味だった。
容姿・声ともにそんな有様なので、俺は奴の性別すら分からない。
そして何より――奴は地上約五十メートルの高さで、浮遊していた。
こんなもの、到底人間業じゃない。
「おい、何だよこりゃ! 夢か何かか? てかおめぇ誰だよ?」
この場に犇めく若者達の一人が堪らず叫ぶ。
その声を聞いて、俺も試しに両手を開閉してみると、果たして十全に動いた。
どうやら全身が硬直したのは、先の一瞬だけのようだった。
「夢か。なるほど、あるいはそれに近い部分もあるやもしれぬな。だが断じてこれは夢ではない。この世界での現象は全て、諸君の現実に反映される。ここは〈神の庭〉。物質の侵入は受け付けぬ、純粋精神のみが存在を許された世界だ。中でも今宵は、この世界への招待状をその身で受容できた者のみが集っている」
周囲にはざっと見積もって少なくとも五千人。
いや、ひょっとすると一万人くらいはいるかもしれない。
夥しい数の人々が、寿司詰め状態になっていた。
見れば、周囲は皆俺とほぼ同年代のようだ。
中高生辺りと思しき連中が、男女の別無く制服からパジャマまで様々な恰好をしている。
皆一様に困惑の表情を浮かべていた。
「招待状だか何だか知らねえが、とりあえず多すぎんだろ! 狭えよ!」
「よりにもよって、貴様等自身が多いと申すか? これは皮肉なものよ。貴様等蒲森区の全人口は約七十二万人。この場に至ったのは、そのうちの僅か一万人強。既にかなり間引いているのだがな? こうもはっきりと中高生相当の年齢ばかりに偏るのは、些か想定外であったが」
奴は、肩を竦めながら苦笑した。
「まあ良い。貴様らが多いと考えるならば、貴様ら自身の手でその数を減らせ。そのための力は既に託してある。すなわち、私が直々に貴様等に送った招待状だ。我が〈聖核〉をその身に宿した人間は、望む望まないにかかわらず何らかの特異な超常の能力――〈宿業〉を発現する。この場に招かれた貴様等一人一人が、既に凡百の人間には行使し得ない神秘の創造者だ。貴様等にはその資格がある」
――さあ、諸君。存分に自らの存在をぶつけ合うがいい。そして生き残れ。さすれば、世界の終焉へと招待して進ぜよう――