第1章 擬似生命体2
「白雪って怖いよね?俺もちょー思うんだ」
「うわ、びびった」
「反応はまあまあだけど面白い顔芸見してもらったよ。こんにちは、新しい世界にようこそ。お嬢ーちゃん」
真横に逆さになって空中に浮き、こちらを見てクツクツと喉を鳴らし、反応を楽しんでいるサフラン色の髪をした少年。
ブーゲンビリア、サフランイエローを交互に置いたマフラーの先は猫の手を表しているらしく、彼のあざとさを引き出しているようにも見えた。
「白雪はあぁいうけどあんま気にしないで?僕達が動くのは殺人者ぐらいだし。気楽に過ごして行ってよね」
マフラーの猫の手で頬を軽く叩いてくる少年から離れるように距離をとれば、また喉を鳴らして笑った。
知らない男が同じ行動をとれば、腹が立つだろうが顔面の良さに圧倒されて、何処か気を許してしまう。
そんな自分の可愛さを理解しているようで分かった上で立ち振る舞いをするタイプなのだろう、目の前にいる少年は。
「貴方も擬似生命体なの?」
「そうだよ。僕は不思議の国のアリスに出てくるチェシャー猫をベースに造られた擬似生命体。名前はにゃんにゃん。よろしくね」
「なんとまぁ素敵なキラキラネームで」
「あはは。お嬢ーちゃんは冗談を受け流すタイプなんだ。見た目に合わず、大人なんだね」
足に地面を付け、真正面に立つ少年は品定めをするかのような目で顎に指を付けて見てくる。
その視線はまるでエロ親父のようで、少し不快感が体に付き纏う。
「将来性がある美少女っぷり。彼氏候補とか今のうちにしとこっかな」
「美少女…やはり、私は美少女か」
「普通ここって照れちゃうとこじゃないのかなぁ」
「ははっ、いい気味だな」
「また個性がある奴が出てきたなおい」
宙に浮いた等身大の大きな分厚い本に足を組んで座り、水平移動をしながら寄ってくる美少年ショタもまた個性が爆発している。
白いブラウスに黒のショルダー、ネクタイと短パンは同色である空色。萌え萌え要素しかない、特に短パン。
スラリと伸びた手足は同じぐらいに細く、顔もまだ幼い為かズボンと短髪がなければ女の子にも見える。
萌えの塊、権化が目の前にいる。
「不愉快な妄想だ、小娘」
「なぜバレたし」
片手で両頬を力強く掴まれた為か、唇は上下で尖り声は篭って聞こえる。
目の前にある美少年は嫌悪を込めた瞳を代理に向けている。
愛らしい顔は鬼の形相に変り果てていた。
「知らん。だがお前の脳内で俺が屈辱な目にあった気がしたからな。その言い草だとその通りらしいな、小娘」
「しゅみませんですた」
「はっ、素直でいい。小娘は素直だけが特権だ」
「見た目は兎も角、歳は貴方より上だと思うんですけど」
手が離され、一層偉そうにするショタは溜息をつく。
右目だけが吊り上がり、嫌々と長い説明をし始めた。
「だから子供は嫌いなんだよ。お前、不思議の国のアリスという童話が作られた年を知っているか?ま、足りない脳みそに入っているわけがないか。不思議の国のアリスは1865年に作られた。まぁ、ベースにされたのは主人公のアリス。見た目は7歳に反映されてこの見た目だが…少なくとも俺はお前よりは___________」
「へぶしっ!!」
にゃんにゃんのしているマフラーが先程から顔全体にかかり、特にマフラーの毛先が鼻に当たりこしょばゆかった。
彼が語り終わるまで我慢しようと粘ったが、やはり無理でショタの話を遮るように大きなくしゃみを発射させた。
そんなくしゃみに笑ったのか、この気まずい雰囲気を笑っているのかにゃんにゃんは何も無い虚空を手で叩きながら爆笑している。
「まじかよ、お嬢ーちゃん。個性的なくしゃみに拍手したいんだけどさ。リデルってば、自分の話を遮られると怒っちゃうんだよね。ほら、手を取りな?リデルは怒ると怖いんだ」
「小娘ェ…」
ショタの名前がリデルと判明した事は良かったがリデル自身はにゃんにゃんの言った通りに話が遮られてかなりお怒りになっていた。
危機感を察知した体が無意識ににゃんにゃんの差し出した手に自分の手を重ねる。
途端、重力に存在を無視されたように体が軽くなり、足裏から地面が離れていく。
どうすれば良いのか分からなくなり、にゃんにゃんの手を掴みながらバランスをとろうと必死になるが無意味で。
その様子を見てまた喉を鳴らし笑っている。
「ちょ、にゃんにゃん!これどうすればいいの!」
「なるようになると思うけど。ま、テンプレみたいなんだけど、背中に羽が生えたと思って飛べばいいよ。リデルと追いかけっこだ!捕まったら説教しか待ってないからマジで逃げるよ~」
「ダイナ!小娘!戻ってこい!礼儀を叩き込んでやる!力を貸せズィーベン!アミュ・レート!!」
網状になり落下の衝撃を受け止めた蔓がまたも光だし、自我があるように不規則に動き出した。
リデルの指示に合わせ沢山の蔓がにゃんにゃん:キティ、代理を捕まえようと伸びてくるがダイナは軽々と避けていく。
「何をしているんですリデル!貴方のような賢い方が魔術を使うなんて!」
急上昇する中で最後に見たのは黒雪が紅いマントを靡かせながら、リデルに近付いていく光景。
先程、管理人に論破され機嫌が悪い黒雪の気迫は怒り心頭のリデルを冷静にさせる程だった。
気を小さくていくリデルに同調して蔓も2人を追うことをやめ、姿を元に戻っていく。
天井から見下ろすキティは小さくなっていく2人のやり取りが聞こえているようで悪い笑みを浮かべて、ズィーベンを後にする。
ズィーベンを取り囲む木々の頭上でゆっくりと旋回して、自画自賛を始めた。
「そうくると思ってたよ黒雪ちゃん~流石ァ~」
「計算だったのか?」
「勿論。機嫌が悪い事も知ってたしね~。こっわ…チャラチャラしてそうなのにずる賢いなんて厄介キャラ確定…って思ったでしょ。分かっちゃうんだなぁ、顔には出てなかったけど目は語るからね」
首を傾げ、唇を歪めて妖艶に嗤うキティ。
全てを見透かしたような紅い瞳に悟られないよう思考を止める。
嫌な視線だ。何も知らない無知な癖に何かを分かったように、そう思わせるかのような視線。
疑心暗鬼に陥らせ、人を惑わせる猫の瞳は心を鎖で締め付け、息苦しくさせる。
視線から逃げたくて、手を払い退けた。
皮膚の接触が完全に無くなると重力の見えない手によって地面へ引き摺り降ろされる。
キティは落下していく代理に救いの手を差し伸べることなく、空中に椅子があるかのように足を組んで横になり、マフラーの先をいじる。
「ニンゲンにとってこれが普通なのかな?前世が怖いくらいに楽しい思い出しかないだなんて。さぞ、いい一般家庭に生まれたのかな?羨ましいね、僕の世界は少し面倒な女王がいたから憧れちゃうなぁ…なんてね」
予告もなく、キティは忽然と消えた。