第1章 擬似生命体1
「あぁ、そういえば管理人。先程の発言を撤回して頂けます?凄く不愉快です」
白雪に向いていた怒りが90度曲がり、螺旋の階段を降り終わった青年:管理人に向いた。
管理人は首を傾げることさえせず、涼しい顔をして怒りを受け止めていた。
そんな態度に黒雪は更に腹が立ったらしく、堂々と舌打ちをし口を開く。
「確かにそこのちびっ子よりかは体重は重いです。重いですけど!でも、それは身長が違うからです!私は同年代と思われる女性体重よりかは俄然軽い。訂正、謝罪を求めます」
「最近、太っただろ。前より顔が丸い」
「ばばばばば、馬鹿言わないでくれる!?健康管理は毎日怠ってないわよ、あんぽんたん!」
顔を真っ赤に染まらせた黒雪は図星らしく、涙目で反論するのだがもはやその様子は「なにこれ、可愛い」状態になっている。いや、可愛い。とてつもなく。
抱擁し続けている白雪は二人の会話を気にする様子もなく、代理に頬を擦り寄せていた。
「白雪さん。さっき、黒雪さんのことあの人、黒魔女って呼んでましたよね?なんでっすか」
「ん~?あー黒雪はちょこっとだけ黒魔術が使えるからです~。対照的に私は白魔術がちょこっとだけ得意なので私は白魔女って言われます~。後、肩苦しいのは苦手なんで敬語なしで~黒雪も同じくです~」
「はぁ、薄々感ずいていたけどやっぱり魔術ってあるんだ」
「魔術に感動だなんて無知な所も可愛くて魅力的ですね~。黒雪も私も本当にちょこっとだけですけど管理人さんは凄いですよ~」
白雪は目を少し細めて、管理人と黒雪の言い争いを見ている。
その暖かい視線は現実世界でもよく見たモノでもあった。
「管理人って名前は無いの?」
「あるみたいなんですけどだーれも知らないんですよねぇ~。私たちでさえも知りませんし~だから、『役職』でみんな呼んでますよ~」
「役職?」
「そうですね~この世界の摂理を簡単に教えますね~」
永久に中立する事を誓い、平和を創造し続ける永久中立都市ホルツミュンデだけに適応された『役職』は重大な意味を持つ。
役職は戸籍の代わりに与えられるものであり、都市に駐在してよい証、生を謳歌する間に与えられる職である。
役職は多種多彩であるが1度与えられた役職には真っ当に尽くさなければならない。もし『花屋』と役職を与えられれば花の商売に携わらなければならない。
背く事は許されない、背けばその時点で追放、ホルツミュンデは一生、その者を立ち入る事さえも拒む。
役職を示すものは5cm程の透明なプレート。
このプレートは持つものに加護の力という恩恵を受ける。
魔術や魔法の力を授かるらしいが加護程度なので強大な力はないが自分の身を守れる程度の力はあるらしい。
管理人の役職は『管理』。
実の仕事はホルツミュンデの秩序を守り、敵と見だした者を直ちに排除する防人であるが共にこのズィーベンの書庫管理も任されている。
本人曰く、ホルツミュンデは平和過ぎて1回も働いた事がないらしい。
なんとなく役職の重大さを理解した頃には黒雪と管理人の言い争いは鎮火していた。
管理人に口で勝てる訳もなく黒雪は会った時よりも更に不機嫌になって、何処かへ行ってしまった。
黒雪を見送る管理人は不思議そうな顔をして尋ねてきた。
「黒魔女を怒らせてしまったんだが何故だ?」
「黒雪と何を喋ってたんだよ」
怒らせた張本人は何食わぬした顔で怒らせた原因にも気付かずにすんとしていた。
ここではいつも通りの光景らしく白雪はくすくすと笑う。
「何故、笑う?」
白雪にも首を傾げる管理人は相当鈍感という事が証明された。これでは黒雪が不憫すぎて何も言えない。
管理人という人物像が少し見えた気がした時、耳元に手を当て、顔を近づけた白雪は囁く。
「気を付けた方がいいですよ~?管理人さんはものすごーく鈍感ですから~口喧嘩も負けたことないんですよ~?だって目の前にある事実だけを述べますからね~」
「うわ、怖。敵に回したくないタイプ」
「ふふ~ホントですよね~怖い怖い~」
「あのさ、白雪」
「何でしょう~?」
「白雪と黒雪の役職って何?」
白雪の和やかな表現が少し強ばったように見えた。
興味本位に聞いてしまった事を後悔する。
自分は無神経過ぎたらしい。
「ごめん、嫌ならもう聞かない」
「嫌じゃないですよ~?いやぁあんな説明した後で言うのもアレだなぁって思いまして~」
白雪は愛おしそうに熱を帯びた視線を窓の先にある景色に向けていた。
「私と黒雪は擬似生命体と呼ばれるんです~。分かりやすく言うなら使い魔とか式神っていう分類に入ります~。役職は命あるものにしか与えられないんです~つまり、心臓を持つ者しか役職を持てないんです~。私や黒雪、他にもいるんですけどね~心臓じゃなくて私達は物語の登場人物を軸に魔術回路と核を駆使して動いているんです~。擬似生命体はホルツミュンデの平穏を犯す者を排除し、自らも犯した者として自分を殺さなければならないんです~」
「白雪も死んじゃうの…?なん、で…?」
「だってここは永久中立都市ホルツミュンデですから~秩序を乱す者は消えるのが運命、当然な義務なんです~だから悪い事はしちゃダメですよ~?」
両頬を包み込む白雪の手が顔をゆっくりと正面へ動かす。
管理人や黒雪に向けられていたあの優しい瞳は失せ、冷たい氷で造られたような視線が体を貫く。
孤に歪んだ笑みさえも今は威圧にしか感じない。
「貴方みたいな可愛い人をこの手で殺すのは惜しいですからね~」
怒り以外の言動で肝が冷えたことが無かった。