第1章 転生者
魂と体の接続を追え、意識の水底から目を醒ます。
頭を酷く打ち付けたように、いや、高熱を出した時のような倦怠感が身体中を渦巻き、身の苦しさを感じる。
(今まで私は何を…)
酷い夢を見た事だけはうっすらと覚えている。
夢を見た。いきなり膨れ上がり、異物の出来物が触れただけで破裂しそれが体全体にも移り、死んだ。
その夢の疲れなのだろうか、酷く四肢も痛む。
魂が入れ違ったぐらいの脳からの伝達と体の動きは合わず、呻きながらも数十秒かけて上半身だけ起き上がる。
「起きたか、転生者」
フワリと窓から風が入り込むと同時に澄み切った声が鼓膜に届いた。
読みかけの本に栞を挟み込んで、閉じる青年は前方は腰辺りまで、後方は地面スレスレに付かないの濃紅色のローブを着用している。
同じく濃紅色の長ズボンは途中で焦げ茶の編み上げブーツの中へ雑に押し込まれている。
漆のような艶のある髪、それを際立たせる肌色、長い睫毛の中に閉じ込められた紫紺の瞳。
触れてしまえば風に吹かれて何処かへ行ってしまうような儚い存在、それが青年の第一印象。
そして青年の存在はもっとも異質過ぎる。
どんなに格好良いと言われているアイドルといえど彼の前なら嫉妬どころかその美し過ぎる存在に魅了されてしまうのではないだろうか。
「…」
「転生者、聞いているのか」
「え、あ……転生者?」
美貌に流石の乙女心も何かを感じ取って、呆然としていたが青年の呼び声によって意識が戻る。
そして、青年の存在より歪でおかしな呼び名である事にも気付いた。
「あぁ、転生者とはお前の事を指す仮の名だ」
「夢じゃなかったんだ…」
額を抑えて、酷い夢の続きを思い出す。
いや、分かってる。私は1度、死んだ。それだけは何故か、心の中では分かってる。理解している。気持ちが追いついていないだけだ。
だが、やはり雲がかかったように全てを思い出す事は出来ない。なのに、体は覚えているのか冷や汗が太ももの上に組まれた手の甲に落ちる。気付けば体が震えていた。
青年はそんな様子を横目で見て、口を開いた。
「転生者の死因は普通の人間なら自我を崩壊しかねない。だから、少し記憶を弄らせて貰った。 脳内が記憶の免疫を持ち次第、転生者の記憶は全て戻る」
「ど、どうもありがと」
「気にするな、転生者」
流されるようにお礼を言ったが1つ気にかかることがある。
普通、ライトノベルだったらバレないように過ごしたりバレるとしてもなんかどどーんと凄い場面でバラすとかライトノベルの見過ぎなのだろうか。
いや、まだ期待出来るものはある。
まずは種族だ。
人間にはもう飽き飽きしているので他の種がいい。
魔法使いは結構複雑な世界を持ってるし、なんか忌み嫌われてるし魔法が撃てるならゲーム定番、精霊種のエルフとかサラマンダーとかがいい。というか人じゃない種になりたい。
精霊種なら美の暴力という、無条件についてくる特典もあるだろう。…ハッ、と頭の中に微弱の電流が走る。
1番大事なものであり、見落としやすい最大の問題。
問題は前世で1番、恨んだものだった。
どうして、本当に何故。意味が分からない。
世の中、神様、地球の全てを呪った。
それがあるものは皆、勝ち組だった。負け組はそれに関して対抗されれば何もいえない。言いたくとも他のモノをあげるしかない。性格の悪さとか手癖の悪さとか。
心の口に関しては無敵だったがそれは中身だけ。
外見に関しては何も言えない。
ーーーそう、そうだ!顔の良さだ!!
ブスでもなければ美人でも可愛くもない。かっこよくもない。化粧すれば多少はマシになる。本当に多少。
どれほどこの平凡な顔で苦しんだことか。
女優やモデル、アイドルの地位や世界に興味は無くても可愛らしい顔に憧れた。
そう、女子にとって顔面は武器だ!
可愛いは正義というパワーワードがあるぐらいなのだ。
人型をしているぐらいなのだ。これでお世辞にも可愛いと言えないような酷女だったら困る。
「種族は人間だ、転生者」
妄想の中に青年の声が混じると一瞬で全てが脳裏の彼方へ飛んでいく。
また同じ人間になった事は雷が落ちるほど衝撃的過ぎた。
「私の精霊種ライフがぁぁああああああ!」
脳裏に浮かぶ妖艶で美しい、想像するエルフ達が消えていく。
ベッドの上で枕を何度も軽く殴り、自分の運のなさを呪った。
ガチャでもそうだった。ゲーム内において高ランクのキャラクターは全く来ない。全て、最初の出会いは課金からだ。課金して、それらを手に入れる。
課金してないのに1発で欲しかったキャラクターを当てた友人に申し訳ないがその時はゲームデータを滅ぼそうかとも思った事がある。
それが今、リアルのガチャで爆死してしまった。
よりによって、人間!ヒューマン!これはもう爆死だ!
「大丈夫か」
「これが大丈夫じゃないように見えますか」
「あまり見えないがな」
「空気読んでください」
「? 落ち込む事でもないだろう」
青年が指を鳴らす。
すると音に反響して虚空に波紋が広がり、等身大の鏡が出てくる。
華美な装飾はなく、格安インテリアショップに売っていそうなシンプルな鏡だ。
人力もなく、トリックもなく、鏡は自ら私の前に居座り、役割を果たす。
そこに写る人影を見た瞬間、息が詰まった。
「び、美少女ロリ!」
目の前には青年同様、前世では見たことないような10才前後の美少女が顔に似合わない変顔をして鏡に写っていた。
まずは、肌。ニキビや肌の痛みがない為、ゆで卵の殻を破って剥き出しになった白身の部分のようにツルツルしており、化粧もしてないこの肌はまさに理想形。
髪は以前と全く違う艶があり、絹のような滑らかな髪質。綺麗に色付けされた栗色はおしとやかな雰囲気を醸し出していた。異質な髪色だがそれが自然と受け止められる。
受け止められるようにしているのは顔のバランスが黄金比のように綺麗に整っているからだ。
遠くからでも見える長く縁取られた睫毛はカールがかかり、そこから覗く秘められた翡翠の目は本当に宝石がはめこまれているように見えた。
儚げで透明感があって、文句無しの可愛いロリ系美少女。
容姿に関しては本当に文句無し。SSR並に凄い引きだ。
顔を手で優しく変形してもその端麗な顔は簡単には崩れない。
「こんな美少女見た事ない」
「前世の顔は宜しくないのか」
「こんな美少女の前だったら足元にいるだけでも失礼レベルです」
「そうか。顔面の良さを堪能させてやりたい所だが下の連中が騒がしい。お前を呼べと言っている。来い、転生者。あと、敬語はいらない。似合ってな」
ゴン、と鈍い音が部屋に響き渡る。
言動や見た目からしてクールな印象を持っていた彼が思いっきり、閉まっていたドアに激突した。
激突した本人は何事も無かったようにドアを開ける。
過剰に痛がらないしツーンという効果音が付きそうなぐらいに無表情だ。
「なんだ」
「いや、なんでも」
紫紺の瞳が潤んでいるのに触れていいのか分からない。
だが、彼のプライド傷付けないようにそっと視線を逸らした。