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死人ちゃん!  作者: 月季夜
永久中立都市ホルツミュンデ
3/8

第1章 秘密の幕間


気付くと血沼に踝を付けて立っていた。

足が進まない、動かせない、動く意思さえもない。

酷い死臭に顔を顰めて、瞳に涙を貯め、耐えきれなくなった涙は溢れ、零れていく。

何に泣いて、何に絶望しているのか分からない。

だが、酷く悲しい。悲しくて耐えられない。


血沼から浮き、ただの部品のなっただけの人間の右腕、左腕、右脚、左脚、胴体たちが流れる。

肉が溢れ、骨が剥き出しになり、血がとめどなく流れ、沼のかさが増えていく。


『お願い、助けて欲しいの』


目の前に広がる地獄に全く似合わない声が降り注ぐ。

聴覚は用件を聴く為に脳は全ての情報を消し去る。

自身が何者なのか、それさえも今はどうでもいい程にその声にだけ集中していた。


『すごーく優しい子。ありがとう』


何も無いないのに頬に人の温もりを感じた。

温もりは光の粒子を創り、人の形を築き、地獄に現れた女神として目の前に舞い降りる。

人の形をした何かは強い光を放ち、目が眩む。

遮るのは己の瞼しかなく、仕方なく閉じる。

その存在を視認させてはくれないようだ。


女神は血沼の少女の前で膝を曲げる。



『この風景はいずれ訪れる未来。貴方が転生する先の未来。1人の神が産み落とし、造り上げた7人の神たちが支配する世界は酷くて残酷で悲し過ぎる終焉しか迎えられない。だから、変えて欲しい。この世界を』


「無理だ、そんなの」


『ううん、変えられるの。貴方なら、貴方だから、貴方しかいない』


「なんで、私なの」


『貴方が素敵だったから!誰にでも優しくて、弱くて怖いのに誰かの背中を押せちゃう。…例え、それで自分の足が止まって押してくれる人がいなくっても』


「そんな人間、私以外も沢山いるのに」


『ふふ、やはりそう答えるのね。答えてあげます。答えないとすごーく失礼だもん。うん、貴方はライトノベルの主人公みたいに料理は上手くないしむしろ下手くそだし、特殊な約束もないし、お世辞で可愛いって言えるけどそこまで可愛くもなくて、頭の良さは中の下。戦術は勿論、剣術も体術も習ってなくて、戦闘経験は全くない平凡きまわりない女子高生が貴方!』


「容赦なく言い過ぎじゃない、傷つくんですけど」


『ごめんごめん。でも、強みもちゃんとあるよ?人間を貴方は理解している。若者で平凡だからこそ多種多彩な沢山の人間と関わってる。平凡だからこそ、天才にはない無限の可能性が貴方にはあるの!』


「根拠の無い希望論過ぎて草生えるな、おい」


平凡だから天才にはない可能性?馬鹿馬鹿し過ぎる。

天才だから限界まで辿り着ける。そして乗り越えられる。

でも、平凡な人間は本当の限界どころか自分が決めた限界の手前で挫折する。そして、立ち上がず勝手に絶望。

立ち上がれる天才を妬み、嫉む。平凡の人間とは酷く醜い。


天才の芽でさえ、平凡な人間によって容赦なく潰され、刈られ、平凡という枠の中に引き摺り落とされていく。

それを笑った顔をして平気でするのが平凡な人間。

素直に言おう、反吐が出る。


「嫌いだ、そういう希望論。テレビで見るならいいけど現実リアルなら耐えきれない。授業で自分の価値観を論じ、教養させる教師とかテレビでそれが正しいと言って苦しむ人がいると分かっているのに世論を撹乱させる評論家たち。どれも見るに耐えないぐらい嫌い」


『だから貴方がいいと思うのよ?天才は血が滲む努力を積み重ねて平凡から抜け出してしまう。後ろには誰もいなくて、その努力は『天才』の2語で殺される。天才でもない貴方が何故、天才の痛みを知っているのか分からないけど知ってるなら別。貴方は全ての痛みを理解出来るの。それって、天才でも成し得る事、会得することって出来ないよね?ふふ、だから私は貴方がすごーく適任だと思うの』


目の前にあるモノは何を言っているんだ。

ただ、私は正義感と見せかけて自分の事しか考えられない人間を見ると嫌になるだけだ。


天才なんて周りにいなかった。

勿論、私自身は天才でも何でもない。


フツフツの煮込まれていた怒りと買い被り過ぎた期待が脳に押し寄せ、許容範囲を超えた。


「私は貴方が思うような人間じゃない!ルールや規律を守らない人間に私は手を差し伸べる事はしない!絶望に対して立ち上がる事なんて出来ないし、咄嗟に最善策なんて思いつけない。ヒーローのように命投げ捨てて誰かを守る?私はそんな人間じゃない!きっと、害を成す者が現れたら私はきっと逃げる!真っ先に!人間が見せる本性が私にもある!そんな人間が世界を救う仕事を請け負う?任せる?それなら、私じゃなくて馬鹿な勇気がある奴に頼めばいい!私より性格が良い人なんて沢山いる!」


興奮と息詰まりを感じ、酸素を求めて肩を大きく揺らす。

目の前にいるモノは暴論を全て受け止め、クスッと笑った。


『貴方の本音は凄く綺麗。うん、偽りのない貴方の言葉だった。だから、本当の貴方に会えるまでここでずっーと待ってる』


「なら、いい子ちゃんやめてやるからね?あんた、すっごい馬鹿過ぎ。こんな奴に世界の命運任せるなんて相当イカれてる」


『イカれてるだなんてすごーく酷い。でも、引き受けてくれるところはすごーく大好き』


「誰も引き受けるなんて言ってないけど、こういう転生モノって拒否権ないんでしょ」


『わかってるぅ!だってもう貴方はこの物語にいるんだもの。貴方という存在を転生先から引き剥がす事なんて出来ない。ま、どうせ、ここの記憶も無くなっちゃうんだし気にしないで』


「これ意味無さすぎじゃね。なんの為の時間?」


『ただの女神様と貴方の幕間の物語でしかない。誰が観ることもなく誰も知る良しもない。貴方だって、インターネットがなければ地球の裏の人間が何をしているか分からないでしょ?それどころか親しい友人が何をしているのかも分からない。だから、これは私たちだけの秘密の幕間。これってすごーい事なんだよ?』


唇に女神の人差し指が触れる。

自然と瞼が開き、彼女を見ようとしたがその存在は視認できない。

だが、分かる。女神はそこにいる。


魂が強大な引力によって引き込まれていく。

女神との距離が離れていく度、ここに何があったのか一つ一つの思い出とも呼べないが大切な時間が消えていくのを感じながらも抗えず、意識を失った。



浮かぶ血肉の上に乗り、ここへ導き、消えていった魂の行方を女神はただ見送った。

女神は魂が消えたのを感じると途端に浮かび上がる沢山の同じ顔をした頭部。その中でもまだ傷の少ない女の顔を1つ、手に取り、腕で抱く。

それは、先程まで間違いなくここにいた魂の顔だった。



『これは誰も知らない。私だけが知っていればいい。世界の末端で起きた本編とは関係なく価値の無い幕間』



『ふふ、ごめんね。私は女神なんかじゃないの。女神なんて穢らわしい名前、私につけないで欲しい。すごーく、不満。でも、素敵。本当に素敵。だから、色んな世界の貴方をこうやって集めてるのに。何処の神様があの子を転生させたのかなぁ。でもいいの。元気づけてあげたんだからそれなりにいい顔して、死んでくださいな』



女は血沼に体を投げる。

血沼は飛沫も上げずに受け止め、その体を浮かせた。



『満たされたい。貴方の血肉で私は満たされたいだけ。うん、友達になりましょう。きっと、貴方は私を受け止めるよね』



女の瞳に狂気と羨望が写し出される。

また、その女が抱く少女の瞳は泣いていた。


これもまた誰も知らない、彼女のみ知る物語である。

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