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平安陰陽騒龍記 第三章  作者: 宗谷 圭
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 どれほど、歩いた事だろう。気付けば葵達は、大きく開けた道に出ていた。暗くて辺りがよく見えないが、道幅から考えて二条大路だろう。女木の邸が錦小路沿いの右京で、朱雀大路を横断した覚えは無いから、大内裏の西側であると考えられる。少し東へ向かって歩けば、皇嘉門の前に出るだろう。

 だが、目当ての相手は東の方面にはいないらしい。西の方角から、また馬の嘶きが聞こえてきた。

 葵が西の方角へ足を向けた事で、荒刀海彦達が新たに考えを述べ始める。

『大内裏から離れたのか……心配の種が一つ消えたな』

『そうだねぇ。危ない奴が帝を狙ってる、なんて事になったら、葵一人で片付けられる問題じゃなくなるし。……けどさ、大内裏から離れたら離れたで、問題はあるんじゃないのか?』

「……葵、一旦引き返した方が良いんじゃにゃーか? 大内裏が目的地にゃら、宿直の陰陽師も武官もいる。女木の邸でも、手助けしてくれそうにゃ下人はいたにゃ。けど、今の状況は丸っきり逆……。何かが起こっても、葵を助けてくれる奴が一人もいにゃいのは、危険過ぎるにゃ」

 ただでさえ、右京は左京と比べると治安が良くないと言われているのに。そう言われて、葵はしばし戸惑った。

 たしかに、先日も夜盗と一戦交えている。その時、夜盗達に投げ付けられた心無い言葉で傷付いた想いをした事も覚えているし、荒刀海彦達の力を借りる事に、一時的に抵抗を覚えた事も覚えている。その結果、現れた鬼との戦いで窮地に追い込まれた事も。

 そう考えると、一人で深入りするのはやはり得策ではないように思える。だが、いなくなってしまった子どもの事も気がかりだ。

「やっぱり……今はとにかく先へ進んで、いなくなった子の安否を確かめないと……」

「それでまた無茶をして、弓弦や紫苑に心配をかけるにゃ?」

 虎目の言葉に、葵はうっ、と声を詰まらせた。今までに何度も無茶をして、死にかけて。弓弦や紫苑、隆善に惟幸に……何人の人間に心配をかけたかわからない。

 先日などは、普段温厚な惟幸に、平手などされてしまった。それほどまでに……怒らせるほどに、心配させてしまったという事だ。

 それを思い出し、葵は悔しそうな顔で「わかった」と頷く。そして、一旦女木の邸へ戻ろうと踵を返した時だ。

 また、馬の嘶きが聞こえた。悲しそうな鳴き声だ。まるで、誰かを呼んでいるかのような。

 その鳴き声が、葵の耳の中で何度も木霊する。何度も何度も、葵に向かって呼びかけてくる。

 早く来なさい、と。

 ふらり、と。葵は再び踵を返した。

「葵?」

 虎目の呼び掛けには答えず、葵はふらふらと、西へ向かって歩いて行く。その目に、意思は見えない。

「葵! どうしたにゃ!? 葵!」

 虎目が何度呼んでも、葵は歩を止める事無くふらふらと歩いて行く。

「どうにゃってるにゃ……? おい、荒刀海彦! 勢輔! 聞こえるにゃ!? 葵を止めるにゃ! 無理矢理にでも体の主導権奪って、とにかく行けにゃいように……」

 その声は、荒刀海彦達の元へ届いていた。だが、荒刀海彦達もそれどころではなかった事は、体の主導権を握ったままの葵が意思の疎通ができなくなったために虎目に伝わらずにいる。

 末広比売と、勢輔の様子がおかしい。ぼうっとしたまま、動かない。荒刀海彦達の呼びかけにも答えない。歩いていない以外は、葵と同じだ。歩いていないのも、単に目的地が葵と同じだから歩く必要が無いからなのだろう。

『すえ、勢輔! 葵も! どうしちゃったんだよ!』

『返事をしろ! 急にどうしたというのだ!』

 二人が必死に叫んでも、葵も、末広比売も勢輔も反応が無い。ただ、葵がどこかへ向かって、西へ西へと歩を進めるばかりである。

『……致し方あるまい。穂跳彦、体の主導権を握れ! お前なら、葵の体に悪変が起きていないか気付けるし、傷なら治せるだろう!』

『無茶言うなぁ……けど、そうするしかないか……』

 ぼやき気味に、穂跳彦は体の主導権を握ろうとする。だが。

『駄目だ……替われない!』

『何……?』

『何が起こってるのかわかんねぇけどさ、葵がどこかへ行こうとする意思がかなり強いみたいなんだ。まだここに棲み始めて日が浅いオイラじゃ、体への馴染みも薄いから主導権を無理に握る力も弱いみたいだ』

 そう言って、荒刀海彦に替わるよう促す。だが、結果は荒刀海彦でも同様で。

『一体何がどうなっている!?』

『わかんねぇ! 何が何だか、さっぱりわかんねぇよ!』

 二人揃って頭を抱える間にも、葵はどんどん西へと歩を進めていく。そして、いつの間にか、歩いているのは葵だけではなくなっている。

 ぞろぞろと、片手では数え切れない数の子ども達が、どこからか現れ、葵と共に歩き出した。皆、一様に意思が見えない。

「おっ、おみゃーら! みんにゃして、どこに行くにゃ!? 葵! 周りを見るにゃ! 様子のおかしい子どもが、こんにゃにいるにゃ! これをにゃんとかするのが、今回の葵の仕事じゃにゃーか!」

 虎目がどれほど叫んでも、葵も、子ども達も、誰一人として反応しない。やがて一行は京の西端へと辿り着き、そのまま京の外へと足を踏み出した。皆、足を止める事無くそのまま西へと歩いて行く。

 運悪く誰にも目撃されなかったのか、止めに来る者は誰一人としていない。そもそも、止めに来る者がいたとして、止まるかどうかも怪しいところだが。

 そうして、どれほど歩いただろうか。いつしか足下から、がしゃりがしゃりという音が聞こえ始めた。

 その音の正体をいち早く悟った虎目は、険しく顔を歪めると、視線を下にやった。

 骨だ。

 足の骨、腕の骨、胸の骨に、しゃれこうべ。人の骨が、そこかしこに転がっている。

 その骨の量と、京から西へ歩いてきたという経路から、虎目は現在地――もしくは葵達が向かっている場所がどこなのかを察する。

「にゃんでよりにもよって、こんにゃ時間に化野にゃんて行かにゃきゃにゃらにゃいんにゃ……」

 葬送地である化野だ。しかも、夜。徒人であれば当然怖いだろうし、怪事に慣れている者であっても緊張する場だろう。供養されずに転がっている骨も多いし、成仏できずにいる霊が多そうだ。勿論、それに引き寄せられる鬼も多い事だろう。

 おまけに、何か起きた時に対処できるであろう唯一の存在である葵は現在、意思も何もあったものではない状態である。

 何か……何か見えないか。この状況を脱するための、何かが。必死の想いで、虎目は目を見開き、少し先に起こる事を見ようと千里眼を巡らせる。

 だが、何も見えない。やはり神か、それに準ずる者が関わっているのか。

 そうこうしているうちに、目の前に人影が現れる。……いや、人ではない。何故なら、こんなにも暗いというのに、相手の顔がよく見える。

 相手が光っているわけではない。光源を持っているわけでもない。だが、そのっ顔が、姿形が、よく見える。これを人ではないと言わずして、何と言おう。

 そして、その顔に虎目はぎょっとした。見覚えのある顔だ。それも、ごく最近。

 夕暮時に、女木の邸で見た、あの端女……。

「おみゃー……あの時の……」

 虎目の声には答えず、女はにこりと笑った。途端に、子ども達が皆、わっと女の元へと駆け寄っていく。だが。

「……葵?」

 葵だけは、駆け寄ろうとしない。躊躇うような顔をして、その場から動かない。

 すると、女は困ったように葵に近寄り、その頭を優しく撫でた。

 葵は、しばらくの間撫でられるがままに撫でられていた。だが。

 がしゃり、と音がした。骨の山が蹴られ、崩れる音だ。

 蹴ったのは、葵。故意に蹴ったのではなく、一歩下がった事で骨の山に足が当たってしまったという様子である。

 そう……一歩下がったのだ。女にこれ以上撫でられるのを、拒むように。

「……葵?」

「虎目? ……えぇっと……ここって? 俺、どうやってここまで来たんだっけ……?」

 目をぱちぱちと見開きする葵に、虎目はホッと息を吐いた。葵の内の、荒刀海彦と穂跳彦もだ。だが、末広比売と勢輔はまだ気付かないらしく、周りの様子が変わったというのに反応しない。その事に、葵も気付いたらしい。

「すえ? 勢輔? どうしたの、ねぇ!?」

「葵、話も末広比売達の事も、全部後にゃ! 一連の事件の犯人らしき奴が、目の前にいる!」

「えっ……?」

 言われて、葵はようやく目の前の女に気付いた。しばらくの間考えたかと思うと、呆然としているような顔をして。そして、半信半疑といった声を発した。

「さっきの……何で……?」

 京から化野まで歩いて、相当な時が過ぎている。だが、歩いていた間の意思が無かったからか、葵の中ではまだ夜になったばかりの刻限のつもりであるらしい。実際には、そろそろ日が変わろうかという頃だ。

 混乱する葵の前で、女はただ、にこりと笑った。悪意も、殺気も、含まれない。ただただ温かいその笑みに、葵はどきりとした。

「あらあら。どうしたのです? まるで怖い夢でも見たような顔をして……」

 そう言うと、女は再び葵との距離を詰め、頭を優しく撫で始める。

「……っ!」

『葵!?』

『されるがままじゃんか! 何やってんだよ!』

「何、って言われても……」

 葵自身にも、何が起きているのかわからない。ただ、この女の声や手に、逆らえない何かがある。

「こんな刻限にあんなに歩いて……疲れたし、お腹が空いたでしょう? みなに、何か食べさせてあげる物があれば良いのだけれど……」

 言いながら、女は辺りを見渡し始めた。そして、しゃれこうべの中に営巣して眠りについている鳥を見付けたところで、にぃ、と嗤う。ここへきて、初めて見せた凶悪な笑みだ。

 女の体に、変化が起こる。手が節くれだち、爪が鋭く尖っていく。黒々としていた髪は雪のように白くなり、口元には獣のような牙が生え、目が血のように赤く染まる。そして、額の肉を突き破り、黒い角が二本、突き出した。

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