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9、異世界初の寝床

 異世界に来て初日の寝床はなんともラッキーなことにベッドの上となった。

(まだツいてる方ね……)

 壁に囲まれた個室で寝ることが出来るのは女性の身ではこの上なく嬉しいことである。ついでにシャワーも浴びたいところだったが、そこまで我が儘は言えないだろう。不審者の疑惑はまだ解けていないのだから。というかすでに罪人扱いである。ここから巻き返すにはどうしたら良いのかと考えて、まだ結論は出ていない。

 あれから瑞穂は猿ぐつわは外されたものの、ディアスの部下らしき男達に両脇をがっちり固められたまま、この部屋に連れて来られた。鍵は念入りに閉められているし、窓も鉄格子付きで天井近くの高さに一つあるだけである。長年使っていない埃まみれのベッドと机とも言い難い質素な台、そして本が本棚に十冊無造作に積まれているという殺風景な部屋であった。どうやら、急ごしらえで使ってない倉庫を牢代わりに改造したようだ。瑞穂が連れて来られた時には、まだ部屋から出されたばかりであろう木箱が、入り口のドアの前に山積みとなっていた。


 瑞穂が他の虜囚とは毛色が違うのは明らかで、それ故に扱いに困り、この部屋へとりあえず投げ込んでおいたというのが正解だろう。


(てっきり野宿になるかもと思っていたから良かった方よね)

 本格的な聴取は明日と見張りから告げられた。本命の尋問すべき相手――捕えた盗賊達――とのやりとりが難航しているらしく、瑞穂は後回しにされた形だ。


 静かになった部屋で埃を払ったベッドに倒れ込む。

「疲れた……」

 昨日の夜から今日の夜に至るまで、本当に大変な目にあった。しばらくベッドの上で寝転んでいると、急に腹の虫が騒ぎ出した。疲労感は半端無いが、眠気よりも空腹が勝った模様である。

 むくりと起き上がり、見張り番が置いていってくれた乾パンと水を手に取る。乾パンなんて中学時代のキャンプ以来だ。思い思いにそれを胃に収めていく。最後に水を飲んで締め括って一心地つく。エネルギー補給したら普通なら眠気に襲われるが、今日は逆に目が冴えてしまった。

「ふうっ。さて、これからどうしますかね」

 静けさに包まれた部屋でしばらくぼうっとしていたが、しばらくして本棚に無造作に積まれた『騎士の心得』という本が目に入り、手を伸ばしてみた。本は情報が詰まっている。読まない手はない。幸いにも時間はたっぷりある。

「ルバニア王国騎士団について……ふうん」

 本の内容はルバニア王国の騎士団の編成と役割、騎士の役目や心得について語られているものであった。


 =騎士団の心得=

  *はじめに*

 

 新入りの騎士団員の諸君!まずは入団おめでとうと言っておこう。しかしながら、我が騎士団の業務は腐るほどある。君たちもすぐに各地にへ派遣されることになるだろう。先輩諸君からの指南もあるだろうが、いきなり業務に当たらざるを得ない可能性も多々ある。そんな君たちへ少しでも知識の補助になればと思い、騎士団としては『騎士団の心得』を用意した。ぜひとも知識を吸収して、活躍に役立てて欲しい。

~ルバニア王国騎士団 副団長 ハーレン・ギミット~ 


(ありがとう副団長ハーレンさん!貴方の優しい配慮のおかげで、異世界転移者が一人救われそうです!)

 どちらの方位に副団長がいるのかは知らないが、気持ちだけ彼に向けて瑞穂は祈っておくことにした。


 騎士団の心得に乗っている情報をかき集めると、瑞穂が降り立った世界は『トライディア』といい、この大陸は『アランガルド大陸』というらしい。

 アランガルド大陸中央には建国五百年を迎える『ルバニア王国』という国があり、周囲には他にも無数の国がひしめいているらしい。ルバニア王国は騎士団を抱えており、これがルバニア王国騎士団である。騎士団には象徴たる紋章旗があり、このイレナド砦にも掲げられていた。というわけで、ディアス達もこの騎士団に所属していると見て間違いないだろう。


 イレナド砦は国境監視用の砦であり、国境の死守と小競り合いの鎮静化、その周辺の治安警護が主な役割となる。砦には騎士団員をまとめる指揮官が一人配置され、ディアスはその任を担っているようだ。ご丁寧にも今年度の配属資料が本に挟み込まれていたから簡単に分かってしまった。これだけ後で配布して差し込まれたのだろう。配属とはいっても外部に漏れても問題ない程度の情報であるが、この辺りも副団長の指示だろうか、とにかく瑞穂にとっては助かる資料である。

 

(情報に関してセキュリティがザルのような気もしなわけでもないけど、この程度ならまぁ、大丈夫な範囲というところかしらね)


 そんなせっかくの配慮で配られた『騎士団の心得』も倉庫に積んで放置されている。過去の経験と照らし合わせて考えると、この本は新入騎士団員に配られるものだろう。だが、読むのが面倒になった騎士達が適当に倉庫に放り込むことが続き、人知れず積み重なることになったのだ。現実は所詮こんなものである。

 だが、おかげで瑞穂は異世界のことをよく知ることが出来た。巡り巡って読むことが出来た事に感謝である。

 

 本を読み終えて、今度こそ、睡魔が襲って来た。

 今後、あのキツイ性格のディアスに締め上げられるのは確実だ。それに備えて寝ておくことに越したことはない。

 魔術符を使用して脱出も考えたが、止めることにした。もう少し、この世界の事を知りたい。人が沢山いる場所であるイレナド砦は情報収集に格好の場だ。さらにはこの場が辺境の砦と言われているならば、余所の街は相当離れているだろう。地球と違い、移動手段が馬が最速と思われるトライディアという世界のことだ、一人で徒歩の移動はさぞ辛いだろう。脱出するとしても準備が整ってからの方が良い。


(それに、魔術符には限りがあるしね。慎重にならなくちゃ)

「奥の手はまだ使う時ではないでしょ。明日も大変そうだしもう寝よう」

 明日のことは明日考える。難しいことを考えたってなるようにしかならない――そんな思いを抱えつつ、瑞穂は目を閉じたのであった。



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