73、監察
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とある青年は早足ながら、しかし通り過ぎる人々に不快感を与えることなく目的の場所へと歩を進めていく。
目的地はルバニア王国騎士団バーダフェーダ支部の支部長室である。
アディズール・オズケットは本日非常に機嫌が良かった。それもこれも昨日まで這いずり回っていた案件が一区切りし、ようやく長期休暇を貰えることになったからである。支部長に持参した報告書を提出してしまえば本日はお役御免である。日が暮れるまでまだ時間はあるが、久々に気心の知れた酒場で一杯するのも悪くない。
「支部長、各地の監察報告をお持ちしました」
「入りたまえ」
(娘さんとの喧嘩はもう解決したのかな?頼むぞ~、機嫌良くあってくれ~)
ここ三日ほど、支部長と彼の愛娘が冷戦状態で非常に機嫌が悪く、騎士団員も冷や冷やさせられていたのだ。
家の事情を職場に持ち込むのは止めて欲しいものだとつくづく思わされたものである。
神への祈りが通じたのか、果たしてドアの先にはこれまたご機嫌な支部長の顔があった。
アディズールはほっと胸を撫で下ろして書類を手渡した。
「やあやあ、アディズール君!ご苦労だったね」
「とんでもないです、これも仕事ですから」
「各地の状況はどのような報告を受けているかね?」
「報告書にもまとめましたが、どこもかしこも火種は抱えています。が、主要四都市や西方の隣国は今すぐ暴発するという案件は無いかと。ただ、南方が多少きな臭くはあるというのが俺の雑感です」
「ふむ……。南方ねぇ……。魔族かね?」
「魔族、ですねぇ。ディアス隊長からも報告は上がっていると思いますが、国境付近を何カ所かやられました。どこも守りきっていますが、頻繁に小競り合いを仕掛けられるのは正直好ましくありませんねぇ」
「イレナド砦の人員増強を計る必要があるなぁ。ああ、また予算が……。やはり騎士団もいよいよ観光業を兼任すべきか……」
「ははっ、それは良いですねぇ。俺としてはそちらの方が楽しそうで嬉しいですね。ああ、あと詳しい内容は報告書に記載してありますが、その国境付近で起こった事件に商隊が襲撃された事件がありまして、状況検分した騎士団員がこういった物を見つけまして」
大きな布製のショルダーバッグから瓶を取り出し机の上に差し出した。
瓶の中には日に当てるとキラリと反射して光る透明の球体があった。サイズは小さなボタンぐらいの大きさか。
「これは何だね?」
「商隊が惨殺された現場に落ちていた物だそうです。わずかですが、魔力を帯びているようだと現場の人間が気付き、バーダフェーダで検証して欲しいとのことでした」
「ふうむ、また厄介な物を持ち込んでくれたな」
「いやあ、皆が有能なんですよー。誉めて下さい。ついでに俺も」
「君も、騎士団員皆が頑張っているのは十分承知済だよ。さて、検証は誰に頼むか……。ああ、彼女がいたな」
「ベルナンディー・クライストフ。彼女が街に来ているのさ」
「あの考古学馬鹿……あ、いや、高名な考古学者が!?」
「余程、あの遺跡にご執心と見える」
「ああ、いよいよ来月一日、メリディシア遺跡は一般民衆にも解禁ですからねぇ」
「そういうわけだ。彼女は考古学をメインと現在は謳っているが、もとは立派な魔術学者だ。彼女ほどお誂え向きの人間はいないだろう。というか、彼女が一番頼みやすい」
「というと?うちの市の規模なら、王国所属の魔術学者も多数在籍しているじゃないですか」
「今は駄目なのだ。サミュエル王子が来ていてな。彼が王位継承の命題への挑戦で、市にいる手の空いた学者を軒並み独占してくれた」
「なんてこった!」
アディズールが少しこの市を離れていたうちに、第二王子が厄介事と共にこの市にやって来ていたとは、想定外である。支部長は曰った、あの王子は天然過ぎて行動が全く読めない、と。
アディズールは天然の後に『猪突猛進バカ』を付け加えましょうよと心の中で付け加えた。
「ベルナンディー女史は民間の学者で、それも数日前にやって来たばかり。市の協力学者としても登録はしていない。つまり、完璧フリーの彼女に依頼しても何も問題はない。おまけにこの手の面白そうな分析は彼女も歓迎してくれると見ている」
「マニアですからね」
「ははは、彼女の性格に感謝しようじゃないか」
これで報告は終わりと部屋を辞する挨拶をする。だが、ドアに手をかけて、ふと、アディズールは思いついたことを支部長に問いかけた。
「そう言えば、今日、何か良いことがありましたか?」
(娘さんとの和解とか)
「ははは、気になるかね?」
「多少は」
「今日はな、久々に女性騎士団員が加わったんだよ!いやぁ、やっぱり女の子は良いなぁ。こう、何というか、場が華やぐじゃないか?うちの娘には負けるかもしれんが、彼女もなかなかハツラツとしていて、かわいいもんでね。心が和らぐものだねぇ」
残念ながら予想は外れたようだ。
「支部長……」
「何かね?」
「セクハラとロリコンだけは止めて下さいね。騎士団の名に傷が付きますので。では」
「な、ちょ、違うぞ!誤解だ!私は断じてロリコンでは無いぞ――!!」
(娘さんとの和解はまだのようだな~)
支部長の必死の弁明を背に、アディズールは笑いを堪えながら出ていった。
――これはまた、騎士団で一騒動あるかもしれないと期待して。




