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72、都市南部地域の魔障

 茶化し合いも一息ついた頃、エフィアの提案で瑞穂は地下の書庫へと通された。瑞穂が本好きだと明かすと、是非にと案内させてほしいと言われたのである。


「嬉しいですわ。この書庫はあまり利用者がいなくて」


 地下書庫は二十畳程度の小さな部屋であった。ただ、手入れはしているらしく、埃が積もっているなどという状態ではない。部屋のランプも問題無く点灯できる。


 所狭しと並べられた本棚に、これまたぎゅうぎゅう詰めにされた本が立ち並んでいる。絵本から難しそうな学問書まで様々なジャンルがある。


 むしろ、節操ない感じがすると思っていると、エフィアがフォローしてきた。

 かなり昔、街の住民の好意で結構な書籍を寄贈してくれたため、このように統一性が無くなってしまったのだと。


 部屋の中央には、ちょうど二人ほど座れるテーブルと椅子が設えており、エフィアに座るよう勧められた。


「子供達はあまり本に興味が無いみたいで最近の利用者は私一人ですの。教会関係者も忙しくてここまで降りてくることも少ないのです。よろしければ、瑞穂さんには存分に堪能していただければと思いましたの」


「素直に嬉しいです。しかし、私が久々の外部利用者とは不思議ですね。街の方々は利用されないのですか?」


 住民から寄贈された本があるくらいだ。もちろん、街の利用者がいてもおかしくないはずだ。

 すると、エフィアは悲しげな表情で答えた。


「ここ数年、街の利用者はおりません。いえ、南教会自体、ほぼ参る者もおりませんの。今や、バーダフェーダ南教会は孤児院と教会事務所としてしか機能しておりません」

「それは……」


 昼間に見た魔族差別の影響だろうか?


 瑞穂が口を開くよりも早く意図を察したエフィアはかぶりを振った。


「魔族差別のせいではありません。もちろんゼロとは申しませんが。問題は『魔障』故に旧市街が棄てられた状況にあるということです。市民達に言わせれば、旧市街にしがみついている私達の方が変わり者、異端らしいです。ですから、一般市民の方々は教会を利用するなら新市街にある北・西・東教会のどれかへと向かいます」


 なるほど、それなら教会に来る道すがら見たスラムのような光景に納得がいく。

 人が棄てた街の光景だった。


 エフィアの言う『魔障』が何かは分からないが、それが原因でバーダフェーダの市民は旧市街を棄て、新市街を築かざるを得なくなったということだろう。


 だが、皆が皆すぐに転居できるわけではない。


 住んでいる土地から離れられない事情がある者も少なからずいるのだ。それは得てして、金に余裕の無い者である場合が多い。


 また、新市街で身持ちを崩した者達も旧市街に流れてスラムを形成する。するとスラム地域は膨れあがるわけだ。元から住んでいて、新市街へ行けない者にとっては良い迷惑ともいえる。


「昔はバーダフェーダの南側、この地も普通の街並みが見えていたんですけどね」


 南教会が新市街へ移動する余裕は残念ながらない。他の北・西・東教会も孤児院を運営している。そして財政はどこも厳しく、南教会の孤児院を受け入れる余裕は無い。場所も食糧もどちらも確保しにくい。だが、南教会にとどまれば、場所は今のまま確保出来るし、食糧も敷地を農地化すれば最低限の食材は手に入れることが出来た。


「教会利用者が減るのは残念ですが、気にしていないのです。あの子達が健やかに暮らせれば……、多少治安が悪くてもしのげるだけの術はなんとか用意できますから。ただ、旧市街であるこの場所は旧市街となった所以があります。それが、私たちの生活に驚異を与えているのも事実で悩みの種なんです」


「先ほどおっしゃってた『魔障』ですね」

「はい。瑞穂さんはお知りですか?」

「いえ、すみません。魔障があるから旧市街には近づくなとは騎士団でも言い含められておりましたが、肝心なレクチャーはまだなんです。何せ、日々下っ端の雑務をこなすので精一杯でしたので」


 騎士団側もまさか、新人の騎士団員が旧市街にこんなに早くに行くとは思ってもみなかっただろう。それだけ、別段用事もなければ行くこと無い場所ということだった。


(事前学習しておけとケイから渡されたバーダフェーダ騎士団生活入門書、あれに魔障のこと載ってたよね。気になったけど面倒だから無視してたけど、ちゃんと読み込んおくべきだったかも、とほほ)


 ついこの前、騎士団生活入門書をベッドの横へ投げ捨てたことを思い出す。


 それに魔障といえば、この都市の人々は分かっているほど当たり前の知識なのだろう。


 余程の田舎者・別の地域から来た者はピンと来ないかもしれないが、街である程度暮らしてる者はどこかで知識を得る機会がある程度には。


 魔障がある、といえば普通は皆、警戒するというわけだ。


 残念ながら、瑞穂はこの世界の住人ではなかったので、魔障と聞けばすぐに警戒すべきという思考には至らなかったわけだが。これは仕方のない話だ。ケイのいつされるかわからない魔障の解説を待っていたら、話してくれる人が先に現れてしまった。


「ミズホさんは騎士団員と聞きましたので、"お強い"でしょうから、恐らく大丈夫なんでしょうが……。知るに越したことはないです。ご説明させて頂きましょう」


「いえいえ、私は事務方の騎士団員なので、そこまでは強くないですよー」

 苦笑いしながら瑞穂は謙遜しておく。強いと認識されて、面倒な仕事をお願いでもされたらたまらない。


「十年前のある日、当時の市長ノーザンと連れの一行は、バーダフェーダ南部ミユガーデン地区で、ある魔力溜まりを掘り当てました」


 元々、バーダフェーダは魔素に恵まれた土地らしく、掘れば高い確率で魔素が溶け込んで魔力となり、それが濃く溜まっている『魔力溜まり』を見つけることが出来たそうだ。


 魔力溜まりの現出の仕方は様々で、温泉だったり、魔力の風が延々と吹き上がっていたり様々だそうだ。利用価値は多義に渡り、市を豊かにすることは間違いない。


(化石燃料のようなものかな?)


 とにかく、それを市長が見逃すはずはなく、掘削に尽力したのは自然な成り行きだった。

 

 ただ、少し力を入れすぎたのかもしれない。


 ミユガーデン地区某所で掘り当てたのは温泉だった。


 最初のうち、バーダフェーダは歓喜に沸いた。魔素が溶け込んだ温泉は効能が高く、もっとも市民に還元されやすい恩恵だ。全市民が利用でき、皆も満足出来ると喜んでいたのだ。


 しかし、異変はすぐに現れた。


 温泉を掘り当てて十日後、まだ工事中であり安全柵で囲われている温泉周辺で次々の不可解な死者が現れ始めたのである。


 最初に亡くなったのは工事関係者の男性だった。夜間に温泉に浮かび上がる死体を同僚に発見され、工事中の事故と見なされた。


 当然工事は継続される。そして、第二の犠牲者は二日後の明朝発見された。今度は温泉周辺の警備に当たっていた者がその場で倒れているのを街の人に発見されたのである。連続殺人事件でも起きたのかと、調査にあたった騎士団は答えを簡単に発見してしまった。


 同行していた調査員が魔術師だったからだというのも短期に解明出来た所以だった。


 結論を言えば、温泉から漏れ出る汚れた魔力の奔流が人体に害をもたらすものであったのだ。魔素にも種類がある。滅多にないが、『良くない』とされる魔素もある。


 特に魔力耐性の弱い人間がこれに触れたり、当たったりすると下手をすると死んでしまうというのだ。 


 普通の魔力溜まりではこんなことは起こらない。先述した通り、『良くない』とされる魔素、汚れた魔力であったことが災いしたのである。


 王家の聖地が近いバーダフェーダで汚れている魔力が蔓延るなどありえてはならない事態だったが、現実は酷でその害はすぐに拡大して行った。


 掘り当てた魔力溜まりは蓋をはずされた状態となり、次第に勢いを増して温泉として吹き出していったのだ。

 勢いは一向に衰える様を見せず、加速していく有様だ。日に日に濃くなる汚れた魔力の奔流は周囲に害を一層より濃くまき散らす。


 魔力の奔流はさらなる二次被害をももたらした。


 なんと、汚れた魔力の流れの中でもより濃い場所――魔障という―が魔物を生み出し始めたのだ。街中で魔物が溢れかえればどうなるか?簡単だ。パニックになる。動揺する市民を宥め、リーダーシップだけは一人前の当時の市長はすぐに一般市民を避難させた。魔物討伐の采配も上手かった方だろう。しかし肝心のミユガーデン地区の魔力溜まり温泉については結界で覆い、食い止めるのが精一杯だった。


 不幸な時に不幸は重なるもので、ミユガーデン地区で蓋をしたと思ったら、今度はバーダフェーダ南部の別の地区で魔力溜まりが噴出したという。穴が塞がれたから、別の場所で噴出する場所へと流れを変えたのだろうというのが専門家の見解だった。


 一度勢いづくと、全てを出し切るまでどこかへ流れ続けるのだろう。


 魔術師達は総出で穴を結界で囲い、蓋をし、そうすればまた別の箇所で出現した穴に蓋をするという日々に身をやつした。わずかな時間差で生まれ出でてしまった魔物討伐は騎士団や傭兵が全力で担った。


 このままでは魔術師達が疲弊する一方だと見越した騎士団支部長は王都へ増援を頼んだ。しばらくして、当時常駐していた騎士団地方魔術師とは格段にレベルの違う高度魔術師が数名派遣されきたのだった。


 結局、王都の高度魔術師が下した決断はバーダフェーダ南部の放棄だった。南部は旧市街とし、発展途上であった北部を新市街としてほぼ遷都に近い形での移民を行うしかないと判断したのである。それほどまでに南部の状況は悪化していた。もはや汚染が格段に進行していたのだ。


 紆余曲折を経て、市はその案を受け入れた。放棄された南部には地下深層部まで食い入る大規模で、一つに纏められた結界を張ることとなった。これで南部以外で別の箇所から魔力が吹き出ることはなくなるというわけだ。言い換えれば、南部全体の何処かではいつ噴出するか分からないという大味な対処でもあると言えよう。


 そうして、事情を抱えた者以外の人間は今では新市街で落ち着いて暮らしているわけだった。


 ただ、問題は解決していない。小さな蓋から大きな蓋に変えただけで、事件は解決していない。


 その後もルバニア王国としては看過出来ないと見越してか、解決策を話し合うべく使者が来訪しているというが、一体いつ解決することやら……という状況のようだ。


「王都の使者は何度も……この十年間、何度もきておりますから。……解決策は一向に示せてはいません。ですが、先週からまた使者の方が来られているようですわね。でも、それよりも市も王国も近々遺跡発掘解禁となることと、観光業の方にご執心でしょう」


 と、皮肉気にけれども悲しそうに顔を歪めたエフィアは美人故か、それでも絵になった。


 そういえば、騎士団支部長がディアスは当面王都の使者の応対があるから、街の仕事には関わることが出来ないと言っていた。恐らくこのことだったのかもしれない。


「ですから、結界の外は平穏ですが、中は安全ではありません。我々のいるこの地域も然りです」

「げ」


 そうなのだ。結界の中にあるこの南教会はいつ魔力の奔流が吹き出してもおかしくない地帯に入っている。遠くの出来事のように聞いていたのに、急に現実感が帯びてきた。


「大丈夫です。この教会周辺と『境界の橋』に続く道は教会術師の善意で結界が張られています。結界の中に結界というのも変な感じですが、小規模で一部安全地帯を作り上げるだけなら我々教会の術師でも事足りるのです」


(マトリョーシカみたいだな)


「魔物も現れないと?」

「はい、現れても結界の外に出なければ大丈夫です」


 ふと、この間作った瑞穂の隠れ家を思い出した。瑞穂は知らずとあの隠れ家を教会と同じように、マトリョーシカ形式に改造していたわけだ。


 隠れ家がある地域も例に漏れずバーダフェーダ南部だった。だが、偶然にも空間結界という極上の結界を張ったのである。施した結界は極上のものを用意した。だから、ありとあらゆる魔力に関する侵入を拒む。完璧とは言えないが、まず及第点ではなかろうかという出来だった。だから、まず家屋に置いている物が荒らされたり、干渉されたりすることは無いだろう。


(家のカモフラージュ代を差っ引いて、DIYしてでも結界術に投資して正解だった!やはり、最初が肝心なのよ!)


 初期投資は惜しみなく、である。


「それは安心しました」

 様々な思いを込めて瑞穂は台詞を吐いた。


「あら、ミズホさんなら魔物に遭遇しても大丈夫でしょう?騎士団の方ですもの」

「いえいえ、買いかぶり過ぎですよ。先ほども言いましたが、私は事務方なので。そもそも成り行きで入団したようなもので、雑用ばかりの下っ端ですから」


「ご謙遜を。騎士団に入団するには――特に実行部隊に配属されるには大変な試験があると聞きます。例え試験免除の特異枠でも何らかの能力が買われてでのはずです。見たところミズホさんは現場で動く方でしょう?服装は事務方のものみたいですが、それも故あってのことでは?そうでなければ、イアン達の騒ぎも上手く収めらたはずがありません」


 事務方の服装をしているのは男性用しか実行部隊の制服の余りがなかったから。もともと女性の実行部隊員は少ないのだ。いきなり女性隊員が現れても、制服を用意は出来ない。そこで女性でも多数いる事務方の制服を拝借している現状だった。


(な、何という洞察力!)


 そして、絶妙に瑞穂のことを誤解している。ディアスの班にいるから、実行部隊なのは確かだが、それは瑞穂の力の評価故ではない。


(ディアスに恋浮かれていても、伊達に聖女だシスターだのやってないわね!本当はスパイ容疑が掛かってて、監視も兼ねてその間無理矢理入団させられていると言ったら何という顔をするんだろ……。い、言えない……!)


 おまけにやっていることは、事務方の小間使いだ。


 しかし面倒なので、瑞穂はエフィアに説明することをすんなり諦めたのだった。


 仕事があるからと言って結局二時間程度でお暇したが、帰宅道中の瑞穂の胸中は複雑だった。

「魔族の動き、魔障、遺跡解禁……社会情勢が複雑過ぎて、ついていけないんだけど……」


 どう考えても日本の十六歳女子高生には荷が重すぎる。


「はぁっ、私、本当に『帰れる』のかなぁ~?いや、帰るんだ!帰ろう自分!」


 別に全ての問題に関わる必要は無い。


(利用出来るものは利用して、私は地球に帰ればいいんだから!)


 なんとなく嫌な予感がするのを振り切るように頭を振って、天を見上げた。

 もう日はほぼ沈んでいた。


 空に輝く星々は、地球で見える配置とは全く異なっていた。



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