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70、再びラッチェ広場に戻ってくると

 ハティ屋を後にして、夕方、ウエストタムズライン川の監視塔へのお使いという名のもう一つの雑用が終わり、再びラッチェ広場に戻ってきた頃のことである。


 広場中央の女神の石像前でにわかに人が群がっていることに興味を惹かれた瑞穂は、周囲の野次馬と同様に事件の臭いがする方向へ身体を向けた。


 どうやら、女神の石像前で柄の悪い男三人と男女含めた子供五人が言い争いをしているようだ。少年達の内の一人は首もとを捕まれており、力差は歴然だった。大人が子供をいじめているような構図なのにどうして誰も助けないのか瑞穂は不思議でならない。


「これは頂いておくぜ?俺たちに怪我を負わせた迷惑料だ」

「俺は何もやってない!そっちから当たってきたんだろ!?」

「口の減らない奴め」

「うっ」


 見るからにゴロツキ風情といった男の一人が、捕まえているフードを被った少年に蹴りを入れた。男の手元には硬貨が入った革袋が握られていた。

 瑞穂の脳裏に日本で昨今よく耳にする児童虐待という文字が頭に浮かぶ。

(いや、児童虐待というより、最早ストレートな暴行じゃない!)


 感性が日本基準よりの今、瑞穂は繰り広げられる光景に眉間をしかめた。


「ちょっとすみません」

「なんだい?」

「どうして皆誰も彼らを助けないんですか?何があったにせよ、子供でしょう?」


 野次馬の輪を作っている隣の中年男性に質問してみたが帰ってきた言葉は辛辣なものだった。


「いやぁ、ね。俺達も普通の子供なら助けを呼ぶなり数であいつらを押してしまったりするんだが……」


 ――あの子達、魔族だからなぁ。



 微妙な心持ちで答えた中年男性の声が瑞穂の心に無機質に響いた。

 昼に聞いたウエイトレスの言葉が頭で木霊する。



 ――彼らは先住民だったけど、それを人間が追い出したの。



 バーダフェーダを追われた魔族がなぜまだこの地にいるのか?それはのっぴきならない理由があるからだろう。そして、人間と魔族双方に良くない感情が横たわっていることも、目の前の光景と状況を放置する人間達からして容易に想像できた。


 ただ、第三者である瑞穂には大人が子供を力でねじ伏せている景色は非常に気分の悪いものだった。それ故か、知らずと身体が輪の中心へと進み出てしまっていた。そのまま、瑞穂は柄の悪い男性達と少年達の間に割って入る。



「何だ、てめぇは!?」

「えー、お取り込み中、申し訳ありません。ですが、私も騎士団に所属する身。この状況を看過する訳にもいかないと思いまして」


 毅然として、というよりは少し腰を低めにして話す。相手の警戒心を煽ってはいけない。 証拠として、おもむろに騎士団証を取り出し見せる。


「ほう、マジモンの騎士団か。……だが、それがどうしたってんだ?見たことろお前さんは文官だろうが!?痛い目みたくなけりゃ、口出しするな!」

「おお、制服のバリエーションをよくご存知で。確かに私は前線の人間ではありませんので事務職員の制服組です。ですが、騎士団の人間に変わりありません。バーダフェーダ市憲章としては一般市民に対する一方的暴力は許されておりませんので、やめていただけると私も上層部へ取り次がなくて済むので助かるのですが」


「姉ちゃん、俺、何もしてない!いきなり身体がぶつかったってこいつらが因縁をつけてきたんだ!」

「――本当ですか?」

「違うぞ!嘘をつくな!このガキは真っ当な市民である俺から大事な財布をくすね取ったんだよ!これだから"市民でも無い"手癖の悪い魔族のガキは嫌なんだ!!」

「ざけんな!俺たちだって"市民"だっ」


「なぁるほど」

(さて、どちらが真実を言っているのか)


 本来なら、いたいけな子供に無茶をする大人の構図だが、少年達は魔族であるらしい。そこが引っ掛かる。少年達の身なりから推察するに、とても裕福な生活をしているようには見えない。魔族というだけで白い目で見られるこのバーダフェーダで、それでも生活しているのには余程の理由があるのだろう。


「財布を盗んだのは君でしょう?」

「……!」

「ほうれ見ろ!」

「けれど、難癖を付けたあなた方善良な市民にも非はある」

「コイツは魔族だぞ!?悪いに決まっている!」


 何を持って悪なのか小一時間聞いてみたいところではある。何しろ瑞穂はバーダフェーダにおける人と魔族の確執の原因と現状を間接的な情報程度でしか知らない。だが、この男に聞いても駄目だろう。


「あなた方は少し黙っていて下さい」

「何ィ?」


 気色ばんだ顔で男の一人が拳を振りかざして殴りかかってきた。彼の後ろで腕を組む残り二名の男達はニヤニヤと静観の構えだ。


 ――女性騎士団員が殴り飛ばされるのがそんなに見物だろうか。


 彼らは文官なら手強くないとの思いこみもあってやたらと強気だ。


(悪趣味も甚だしい)


「フリーズ!」

 瑞穂は瞬時に向かい来る男の足を払い、魔術を放った。術の種類は氷魔術の中でも初級レベルだが、出現させてから形を思うように変形させるのが容易で応用が利く。野球ボール程度の大きさの氷塊を二つ出現させた後、こけて前のめりに膝をついた男の両足首に氷の塊の枷を嵌めた。何をされたのか気付いた男は屈辱に顔を歪めた。


「黙っていて下さい」

「~~~~~!!!」


「ワタクシ、確かに前線の人間ではないと申し上げました。しかし、部署外といえども多少は実戦経験を積んでいるのも事実です。腐っても騎士団の一員ですので。できれば温和な調停をお勧めしたいんですが」


 侮らないで下さいね、とニコニコと笑いながら手には二発目の術符を掲げ、放つポーズをする。すると、男達全員が先程とは打って変わって青ざめた表情になった。瑞穂はそのままの姿勢を保ったまま、少年から奪った迷惑料なる布袋を返還するよう要求すると苦々しくも素直に応じてくれた。


 一方、当事者たる少年達も瑞穂を一目置くべき人間と認識したのか、静かに状況を見守っている。


「君」


 瑞穂は一番前に出て男達と揉めていた少年に振り向いた。少年は肩をびくりと振るわせるも、瑞穂に向き直る。しかし、瞳の強さは変わっていない。まだ年端もいかない子であるのに、この意志の強い目を持つに至るのには理由があったのだろう。


「はい、彼らが奪った迷惑料は貴方に返還します」

 そう言って瑞穂は少年に布袋を手渡した。続けて、

「男性から盗み取った財布を返して下さい」

 と言って手を出した。

「……!……っ」


 一瞬思案したが、すぐに少年は背後の子分らしき少年達から三つの革袋を受け取り、それを瑞穂に渡した。なるほど、リーダーたるこの少年が盗んだ物を持たないようにしていたので、いくら彼を男達が探ったところで何も出てこなかったというわけだ。きっと、盗んですぐに子分達に分散して持たせたのだろう。機転が利く賢い子だ。


「これだけですか?」

「それだけだ。大した金も入ってねーし、もういいよ」

『おまえらっ!!!』


 背後で男達が貧乏人扱いされて喚いているが、まぁ放っておくことにする。確かに革袋の重みは軽かった。


「演技をやめて素直に応じていただけたことには感謝します」

 ぺこりと頭を下げて、今度は男達に向き直る。


「さて、盗んだお金は取り戻せました。後の彼らの処罰は騎士団の方で預かります。よろしいですね?」


 有無を言わさない笑顔で男達に迫る。


 気の強い姉ちゃんじゃぁ。あれは当分彼氏なんてできんぞ……などという外野の声が聞こえてきたが、無視しておくことにした。みんな瑞穂のことを言いたい放題である。


「私はか弱い十六歳の乙女ですが何か?」

「「(一同苦笑)」」

(きらめく乙女に向かってなんてこと言うのっ)

 わざとよよよっ、と役者めいた動きもするもその点はこの場にいる全員がスルーしてくれる素敵仕様。こんなところだけ、一致団結せんでもよいのにと瑞穂は心の中でいじけたのだった。


 荒事を起こしていた男達はその後も難癖つけながらも、瑞穂の力を目の当たりにしたことで恐れたのか、渋々その場を後にしていった。観衆は様々な反応を示していたが、血なまぐさいことが結果として避けられたことにはホッとした様子ではある。善良な一般市民であるという自負がある手前、どんなに差別的感情があったとしても、ましてや子供がいたぶられる姿を見るのは気が引けたのかもしれない。その割には野次馬しにきているわけだが。まあ、矛盾を抱えてこそ人間である。


「さあ、次は貴方達ね。ここは……ちょっと五月蠅いから場所を移しても良いかしら?」


 少年達はもう反抗する気はないのか素直に頷いてくれた。


(それと、どこかしら熱い目で見ている子供達もいるようだけど、気のせい……かな?)


 本日の術符使用数は一枚。公務で使用したのだから経費請求出来るだろう。いや、しなければならない。仕事で自腹などしていては借金はいつまで経っても減らない。



 瑞穂は頭で金勘定をしながら、少年達を引き連れてその場を離れたのであった。



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