7、出会いと得たモノ
何もするな、そのまま振り返れと言われてしまってはもはやお手上げ状態の瑞穂は従うしかなかった。そうして、背後の人物と向き合い、またしても声を無くしてしまう。
年齢は二十歳は過ぎているだろうか。
中肉でやや長身、どこぞの隊服のような物を身に纏い、傍らには長剣の鞘が一つ下げられている。深緑のマントでほぼ全身を覆っていて、旅する者ならよく見られる格好の一つだろうと瑞穂の前世世界と今生の地球の知識から推測される。
暗く深い青の目は、品の良い知性を感じさせた。黒と青緑色と境目の色を持つ髪が首もとで無造作にまとめられている。はっきり言おう。目鼻立ちは良い。アイドルとはまた別の優男一歩手前という感じが女性ファンを生み出しそうだ。ただ、その冷たい鋭い目つきが難点かもしれない。まるで他者を威嚇しているようにも見える雰囲気が、人を怯えさせる可能性がなきにしもあらず。
そして、この男の厳しい目は現在、瑞穂一点に集中している。
異世界へ飛ばされて出会った第一異世界人が、こんな物騒な男性とは今日はほとほとツいていない。
抜き身の剣の切っ先が、瑞穂のうなじへとスッと向けられた。
「おまえは何者だ?あいつらの仲間か?ここがルバニア王国直轄領侵入禁止地区だと知っての行いか?」
男の言う『あいつら』とは戦っていた盗賊風の者達のことだろう。それと一緒にされてはたまらない。
「ち、違います」
男の発言は一つ一つ貴重な情報源である。焦りながらも丁寧に聞き漏らさず、瑞穂は思考を巡らせた。
まず、相手の言語がすんなりと理解出来るのは重畳だろう。瑞穂は前世世界の母国語と異国語、日本語と義務教育レベルの英語を少々話せるが、この世界の言葉を理解できるとは思っていなかった。
そういえば、と思う。異世界少女シレーネが地球に来たときも日本語を彼女はどもることなる喋っていたではないか。何か、世界を渡る時に通訳魔術なるものに身に浴びた可能性はある。シレーネ側の世界が空間に仕掛けた可能性はあるだろう。そういった術の知識は瑞穂自身には無いが、どの世界でも術は日夜、研究され進化しているのものだ。原因不明ではあるが意思疎通に不自由しないのは幸いであった。言語に関する疑問は落ち着いてからまた研究するとしよう。
(ん?ちょっと待てよ……?侵入禁止地区?)
「あの、ここってどこなんですかね?」
半ばヤケクソ気味で逆に問いただしてしまうあたり、どこか前世の気質が残っているのかもしれない。
「おまえ……、自分の立場を理解しているのか?問うてるのは俺の方だ」
友好的な会話をするにはまず誤解を解かねばならないだろう。それくらい瑞穂にだって分かる。ただどうしたら良いのか分からないだけで。剣先を首もとに当てられている体勢をし続けるのも辛くなってきた。凶器を向けられているというのはどうにも落ち着かない。
「私、別に怪しい者じゃありません。ただ、事情があって……」
「品を作っても無駄だぞ。今さら泣き落としなど……」
突き刺すような目を男は向けてくる。子供なら絶対泣いていると断言出来る殺気である。
「さあ、吐くんだ。賊で無いというのなら、なぜ結界を越えて王家直轄領の『王家の杜』区域にいる?フンッ、どうせおまえも盗掘まがいの墓荒らしなのだろう?」
言葉が通じる状況でないことはよく分かった。どうやら入ってはならない場所に足を踏み入れたことは確定だった。しかも管理者は相当頭に来ている。
話合いという平和的手段は通用しそうに無い。
「はははは……っ」
(これは本気でヤバイかもしんない)
どうしようと瑞穂が後ずさった時である。不意に足がズルリと、滑った。いや、後ずさった足が水面に触れて足を取られたと言った方が正しいだろう。
実は瑞穂の後ろには大きな泉が広がっていたのだ。
「……!」
声にならない声を上げて、瑞穂は泉へ身体を崩す。大きな水音と共に身体が沈んだ。幸い浅かったので全身びちゃびちゃの水まみれになっただけですんだのは良かったのか悪かったのか。
男はしまったという表情で(決して善意ではないが)瑞穂を引きずり出そうとする。ただ単に面倒なことになったと思っただけだろう。
だが、瞬間的に発生した泉を取り囲むように現れた"光の円陣"に阻まれてしまった。
「どういうこと!?」
「ちっ!おい!泉から出ろ!」
「出ろって言われてもっ!」
内側から光の壁に触れるも弾かれてしまう。
出ても留まっても地獄。まさに前門の虎に後門の鬼状態だ。
泉の変化はそれだけでは止まらなかった。状況を呑み込めず瑞穂は数分ほど呆然とする。
一方、何か個人的に都合の悪いことが起こっているのか、青ざめた表情で何とか光の壁を解除しようと男は動く。
彼は周囲の祭壇らしき物を物色し始めたが、そうこうする内に泉の中心に奉られていた石版が輝きだした。そして、中に埋め込まれていたビー玉のようなものが抽出され、宙に浮いた。
「いいか、触るなよ!」
男が注意するが、そもそも瑞穂にどうこう出来るものでもない。泉の中心で佇む玉は光り輝いていた。――と、しばらくして、もの凄い勢いでこちらへ飛んできたではないか!
「な、何よコレ……!?」
なんだか嫌な予感がして、男に言われるまでも無く、必死で泉の中を逃げ回ったがビー玉の動きの方が一歩上だった。
驚愕している瑞穂の身体に一直線に突進し、ソレは静かに染みこむように消えていったのである。
同時に光の壁も消失した。
「おまえ!?だから避けろと言っただろう!ああ、何てことだ……!」
ディアスは眉間の皺を手で押さえつけて盛大なため息を吐いた。一番よくない結果になったと言いたげである。
「ちょっ!ディアス!今の何?どういうことだよ!?それに、その子は誰!?」
後方から突然、声と共に現れたのはディアスと呼ばれたこの男の仲間だろうか。
信じられないものを目にしたとばかりに息を荒げながら走ってきた。
それには構わず、ディアスは再び静寂を取り戻した泉の中で立ちすくむ瑞穂を無理矢理陸まで引き上げた。その上、ご丁寧にも縄まで掛けてくれたのだった。
「ちょっと!僕の話聞いてた?今の現象何だよ?それにその子は誰さ!?」
「話は後だ。賊退治は終了、イレナド砦に戻って捕えた奴等の尋問をする。もちろんコイツもだ。――戻るぞ」
あっというまに連れてきた馬に結びつけられ(酷い扱いだ)不快感を示していると、鞍に跨ったディアスが言い放った。
「王家直轄地での盗掘及び王家の秘宝の窃盗で現行犯逮捕する」
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