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67、午後の研究室で その1

 ガリアド暦832年、6月25日。ついにこの世界の7月も目前だ。トライディアに来て一ヶ月ちょっと経ったということだ。



 瑞穂は騎士団内の食堂でゆっくりと安いランチを食べていた。

 あさぎ亭よりは味が落ちるが腹は満たされるから文句は無い。他の店よりは安い食堂だから、経費節約になる。懐にやさしい店は大歓迎である。


 フォークで食べ物を突きながら、もう片方の手には単語帳を手にしている。一つでも多く暗記したいが果たして効果が出ているのかは分からない。

 最近は空いた時間で千八百なる英単語を詰め込んだ単語帳を暗記復讐するのが習慣なのである。



 地球での時間の流れが分からないが、異世界転移したからといってあの時点から勉強の遅れを取るわけには行かない。それは地球生活も大切と考える瑞穂の希望するところではない。


 瑞穂が通っている高校は公立の進学校だが、高一である瑞穂はまだ大学の受験勉強までは考えてなかった。


 が、近所に住んでいる幼なじみのお兄さんが昨年見事受験失敗し、荒れていたところを生で見たのは中々に衝撃的だった。


 反面教師言うなかれ、今から準備しておくことに越したことはないのである。そして、それは場所が異世界だろうが何だろうが関係ない。




 単語帳をめくりながらも、思考は最近の状況へと思いを巡らせる。


 ディアス隊に配属されてからは、着々と雑務をこなしている。


 ……いわゆる小間使いだが、魔術を無理矢理披露させられるよりはマシであると思っている。

 自分の手の内を探ろうとしてくる輩と関わらなくて済むのであるならば、ありがたい。


 ただ、今日までディアスとは直接会うことは無く日々が過ぎていた。


 ケイ曰く、余所の砦の警備に駆り出されているらしい。

 どうやら最近、あちこちで魔族の動きが活発になっており、バーダフェーダ周辺の砦も昨日までに三件ほど襲撃を受けているとのことで、腕の立つ騎士が必要となっているそうだ。



 おまけ話で言えば、ディアスとそんな結構な距離を離れていて大丈夫かという点だ。ユースロッテに掛けられた例の束縛の魔術である。これはディアスとどこまで離れていても大丈夫なのだろうか?


 以前の説明では半径一キロメートル以上主ディアスと離れることは出来ないと言っていたが……。


 この魔術は決められた範囲内から出ようとすると、目の前に魔術障壁ができる。それでも強引に突破すると、強制的に主の元へ転移してしまう。以前魔術を施された後、改めて説明を受けたのだが、なんとも恐ろしい魔術である。

 しかも転移というのが、消えてワープするというものでは無いらしい。どうやら身体が空高く舞い上がり、物理的に主の元へ一直線に飛び進み引きつけられるらしい。


 障害物が無ければ良いが、下手をすると建物など物に当たる可能性があるのではないだろうか?それをユースロッテに指摘すると、実験中の魔術だから君に掛けたのが初めての被験者で、実際魔術が作動しないと分からないと曰ったのである。


 瑞穂はその魔術の仕組みを聞いたとき、あきれや文句を通り越してただ一言、「ナニソレコワイ」と声を漏らすしかなかった。


 とにもかくにも、ユースロッテの調整で、離れられる距離を拡張しているので今はディアスと離れていても大丈夫だそうだ。


 どちらにせよ、一定距離以上は瑞穂はディアスから離れられないし、不審な動きを見せれば、その場で金縛りに会う設定であることには変わりない。


 分かった話は、彼らにとっては何の問題もなく、瑞穂にとってはこの上なく気に入らない思いをさせてくれるだけだった。



「そろそろ時間かな」

 チェックしていた単語帳を閉じてウエストポーチにしまう。



 平らげた昼食のトレイを返却し、次の仕事へと赴くことにする。


 流れ作業のように入れ替わりやってくる騎士団員を擦りぬけて、午後からの仕事の段取りを思い浮かべた。


(ああ、着々と異世界生活で自分のペースを築き上げてるなあ……)


 このままでいいのかと自問しながらも、本日ジョーに頼まれた薬品を騎士団棟の研究室に届けに向かった。目的の研究室にはユースロッテがいる。ジョーはユースロッテが苦手で瑞穂に仕事を押しつけたのだ。


(ユースロッテが苦手じゃない人なんていないんじゃないだろうか……)


「失礼しま~す」

 二〇五研究室というプレートを掛けられたドアをノックし中に入ると、そこは一面本と怪しげな機材や本やらで埋め尽くされていた。足の踏み場もないとはこのことだ。


「げげっ!……何、コレ」

 周囲には構わず、本を読みふけっていた部屋の主は優雅に椅子に腰を乗せいた。彼は瑞穂に気づき、椅子を回転させた。


「君が来るとは聞いてなかったけど?」

「ジョー先輩にお使いを頼まれました」

「ジョーの奴か。逃げたなアイツ。ご苦労様~」


 心の伴わない労いの言葉を言い、ユースは荷物を受け取った。


「……どうでもいいですけど、この部屋どうしてこんなに散らかっているんですか?」

「う~ん、簡単に言うと、ディアスが砦警護と王子に掛かりきりだから、かなぁ?」


(どういう理屈だ)


「もう少し詳しく説明して下さい」

「いつもは僕が散らかす→ディアスが片付ける、今は僕が散らかす→誰も注意しないし掃除しない→部屋の状況は悪化の一途を辿る。……こんな感じかなぁ」


 この男は自分で掃除するという選択肢は無いのだろうか、と瑞穂はこめかみに手を当てる。


「つまり、ユースさんがただ単に掃除をサボってるだけじゃないですかー!それにディアス隊長に頼りきりなんて、彼がいない時は今までどうしてたんです?」


「いや、だからこうなってたんだけど?」


(駄目だこの人。完全にダメ人間やん……)


「……分かりました。私が掃除しますよ!どうせ暇だしね!さぁ、どいて下さい!」


 嫌な顔をされても知ったことではない。ぐちゃぐちゃの研究室は前世の自分を思い出す。――どうにも黒歴史を色々彷彿とさせてくれてほろ苦い気分になるのだ。汚い部屋は過去と共に綺麗にしてしまうに限るのである。


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