65、拠点その1
バーダフェーダは東西南北四つの区域に別れている。
もちろん、綺麗に等分されているわけでなく、土地の事情に合わせて区分けされていた。
そして、その中でも南の一角は旧市街とされており、特に必要とされない限り、市の手が入ることはなくなっていた。
いわゆる遷都した感じに近い。
無用となって打ち棄てられた南の地の一角は、今では体良くスラムと化している。
――そんな場所に瑞穂は騎士団仕事を終えた夕方、足を踏み入れていた。
(南部が棄てられた理由て何だったっけ?確か魔障が発生するから危ないので近づくなってケイに言われたけど……)
(――そもそも魔障って何?)
魔障については詳しくは今度説明するが、解説が載っているからと、その前に事前学習しておけとケイから渡されたバーダフェーダ騎士団生活入門書を思い出す。
イレナド砦で読んだ「騎士団の心得」とはまた違ったもので、分厚過ぎで開くのもためらわれた入門書だ。
ざっくり読んだだけでベッド脇に投げ捨てたのはここだけの話である。
(とりあえず、経緯や状況だけでも内容を把握しておくべきだった……)
魔障。魔の障り。字面からして嫌な予感がする。
危険というからには良くない事象を差す言葉なのだろう。
(まあ、もし魔物関係や魔術関係なら逃げ出すというか切り抜けるだけの一日の長はあると思う)
前世でかなり危険な任務もこなしてきた瑞穂である。真正面から力でねじ伏せることが出来なくとも、逃げ出すことだけなら今の術符だけでもなんとか出来るという思いが、どこか瑞穂の心の中にはあるのだ。
この性格のせいで、トライディアに来た当初大変な目に遭ったのだが癖は直らないものである。またいつか痛い目に遭うかもしれない。今まで異世界で生き抜けたのは、単に運が良かったからに他ならない。でも馬鹿は死んでも直らない。性格も三つ子の魂百までというやつだ。
ところで、どうしてこんな場所へ来たのか?
答えは簡単だ。
誰の監視の目も届かない拠点が欲しかったからだ。
騎士団の寮は大切な物を置いておくには、いささか心許ない。そもそも騎士団の監視下にあるわけなので、その影響が無い場所での拠点を求めていたのだ。
(束縛の石版の力によって、所定範囲からは出られないにしても、その中で気配を察知されない場所を作りたい)
そういった意味で、この南部地区はいろいろな意味で使いやすい地域だと思われたのだ。
スラムの人間は常に余所者も普通に住み着くし、居なくなることも常だ。
連帯意識の強い集落を作っている者達もいるが、そんな場所は最初から行きはしない。
瑞穂は雑多な人間達ばかりが居るであろう場所を選んだ。
行き交う人間の風貌や手つき、歩き方、気配……。そういった特徴に一つ一つ気を配っていけば、どういった人間達が集っているのかは前世の経験から分かるのだ。
さて、歩き進めていくと廃墟と化した建物も多数見受けられ、そのある一角がお気に入りとなった。
「誰も使っていない廃屋か。ここなら都合が良いかも」
廃屋というか、8畳ほどの小屋であり、鍵も掛かっていないので飄々と入らせて頂いた。
「蜘蛛の巣だらけだけど、掃除すれば十分使えるわね」
目立たないことが重要であり、そういった意味でこれほど打ってつけの小屋も無いだろうと思うのだ。
「後は空間結界の術を仕掛けておくとするか。常時起動するには魔石を配置しておく必要があるわね。カモフラージュは……手作業でやるか。しっかし、魔石の予算が足りない、すぐに結界を張るのは無理ね。ははは……」
空間結界は指定した空間そのものを術で覆い、出入りを制限するものである。瑞穂の術では補助が無ければ長時間維持出来ないが……。
「必要な物は後々揃えていくとして……」
瑞穂は持ってきた寝袋を安置し、唯一備え付けの調度品と言って良い傷んだデスクに地図を広げた。その横に購入したクッキーとカップ、ポットを置けば完成である。
作業するにはティーセットが無くては捗らない。思い返せば、地球で受験勉強する時も前世で研究する時も傍らには茶菓子と飲み物があったように思える。ただ、前世時代はコーヒーが主流だったので、これは身体が変わって嗜好も変化したのだろうか。今は紅茶の方が好きなのだ。自らの身体のことだが中々に興味深い。
「誰にも邪魔されない空間が必要だったのよねぇ。落ち着くわ~。寮はなんだかんだで気が休まらないんだもん」
ともかく、これでゆっくりと今後の計画が立てられるのだ。瑞穂の口端は自然と上向いた。




