63、女子の午後のトークタイム
昼時も十分に過ぎて、客もまばらになってきている。二班の先輩も帰ってしまった。
シフト上がりますと厨房に宣言し、イリサは戻ってお待たせと言い、瑞穂の横の椅子に落ち着いた。
二人目の前にはイリサが持ってきた紅茶が並んでいた。
お供に持って来きたお茶菓子はどれも美味しそうで、しかもイリサの奢りである。お互い手をつけながら、女子のトークは始まった。
「私、本業は冒険者なんだ」
冒険者、それはファンタジー世界のお約束。
とはいえ、冒険者が存在せず傭兵がその仕事を肩代わりするような世界も多々ある。
だが、トライディアは冒険者と傭兵が別々に存在する世界らしいことはバーダフェーダで調べるうちに分かってきたことだった。
トライディアの冒険者は遺跡攻略や、冒険者ギルドを通してのクエスト、街や貴族などの直接の依頼から猫捜しまで請け負う。仕事は多義に渡るのだ。
冒険者の為に設立されたギルドは大抵どの街にも一つあり、冒険者に様々なサービスを提供している。 冒険者のプロフィールを記したカードもこのギルドが発行しているわけだ。
このカードには現在の自分のレベルやその他諸々が記載され、身分証明の役割も果たす。
クエストは対応レベル基準があるものの、低レベルの者が高レベルのクエストに手を出しても咎められることはない。但し、達成出来るかどうかは分からないし、死ぬ可能性もある。
だから大概の冒険者はクエストレベルをちゃんと確認して、不相応なクエストは回避する傾向が一般的である。
瑞穂だって、騎士に拘束される前に冒険者の存在を知り、冒険者ギルドに所属出来ていたら、もう少し身の振り方が変わっていたのかもしれない。
この世界での人生の風向きも変わっていたのかもしれない……。
バーダフェーダで生活が落ち着き、その後に冒険者の存在を知った時は地団駄を踏んだものだ。残念ながら、緊縛の術を受け、騎士団に強制就職させられた後だったのだから。
(あああああ~!いつ思い出しても腹が立つ!全く持って失敗したわ。冷酷男、ディアスと変な出会いをせず、バーダフェーダに来ることができていたら……。もっと早くにこの知識を手に入れられていたら……!私だって騎士団の雑用なんかにならずに冒険者になって、気ままに話題の遺跡とかに潜ってたのにぃいいいっ!異世界に降り立ったとき、あらぬ方向へ進路を取ったのが間違いだったのよ!い、今からでも騎士団退団できないかな?)
状況を一変させる可能性はなくもない。
――前世の力を取り戻せば、あるいは。
しかし、土台、今すぐというのは無理な話である。
詳しく聞いていくと、どうやらイリサは他国から渡ってきた低~中級の間レベルぐらいの冒険者なのだという。
ちなみに職業は弓士。来月一日、いよいよ解禁されるメリディシア遺跡に挑戦する為に数ヶ月前にやって来て、準備を進めていたとのことだった。
「元からパーティー組んでる人達は良いんだけど、私みたいに一から募集するところから始めると大変なのよ。だから、そのパーティー構築時間も見越して遺跡解禁前に……バーダフェーダに拠点を移したの」
どうやら拠点を移して挑みたくなるぐらい、メリディシア遺跡には冒険心がくすぐられる魅力があるらしい。
そして、パーティー構築。同レベル帯、職業バランスの調整、男女比、意見が合うかどうか……。大きな遺跡クエストは時間を掛けて攻略することも多い。その上、魅力ある攻略所が現れるとなると、その近くのギルドでパーティーを募集する人物も増えてくる。
一からメンバーを集めるのは本当に大変らしい。
それ故、今、バーダフェーダで良い人材は奪い合いとなっている。
「ようやくパーティーを集めることはできたの。でも、どうしても魔術師が揃わなくてさぁ。パーティーに入ってくれなくてもいいの。せめて雇う形でも……って思ってるんだけど。けど雇うとなるとお金かかるでしょ?私達みたいな微妙なレベルのパーティーじゃ、金欠でさぁ。そんなわけで、遺跡攻略準備も兼ねて、ぎりぎりまでバイトしてるの」
冒険者ギルド所属どころかよく分からない騎士団所属になった時点で、瑞穂は冒険者ギルドへ赴く気持ちは霧散していた。
チャンスがくればその時に行けばいい。今は騎士団への借金返済と拘束から逃れることで手一杯なのだ。
「私みたいな中途半端なレベルの冒険者達がここ数ヶ月で激増しててさ、同じように金策に走る者達も激増なの。つまりはギルドで紹介される私達向けのクエストも軒並みすぐ手が付いてしまう状態ってわけ。残るは低レベル向けの薬草採集、高レベル向けの強い魔物狩りとかかな。薬草採集も薬屋の仕入れ状況が良好なバーダフェーダではあまり良い金額が付かないし、魔物狩りも遺跡攻略前に滅多な傷を負いたくないし……。そんなわけで皆、人口増で景気が上向いて街仕事の需要が高まっている中、バイトに手を出す私達みたいな冒険者も多いの」
「おお、見事な景気サイクルだね」
――冒険者向けの流れではないが。
「まあね。そんなこんなで私も生活してるわけだけど、どうしても魔術師だけは良い人見つからなくて。もともと、魔術師はなれる人が少ないというのもあるからね。私達みたいな中途半端なパーティーは相手にしてもらいにくいのよ。そこで、ミズホみたいな魔術師がいたから。瑞穂が入ってくれたら、渡りに船なんだけどなぁ……?」
つつつ、と横目でお願いのポーズをイリサは取る。
(そう来たか)
長い話の顛末は先程の荒れ場を速やかに収めた、魔術師瑞穂の勧誘というわけだった。
「さっき、あの場にいたからイリサも気付いていると思うけど……」
そう言って瑞穂はウエストポーチから術符を一枚取り出して見せた。
「私、魔術師と言っても低レベルなんだ。術符を介してしか、魔術を起動させられない。ある程度のレベルの魔術師なら杖などからいきなり術を発動させらるけど、私は予め魔力を貯めて、術の種類を練り込んでおいた術符を使わないといけないくらい。とてもじゃないけど頼りにされる魔術師じゃないんだよ」
(私より上の魔術師はこの世界にも沢山いる)
嘆息気味に説明するも、イリサは首を振って否定する。
「そんなことない!先程の睡眠魔術だって大した物だったわ!私、あんなかゆいところに手が届く魔術初めてみたもの!いつもは火や水などの攻撃術ばかりで……!ああいった変わり種の術、まだまだ知っているんでしょ?そういうのって、絶対遺跡攻略で助けになってくれると思うの!」
イリサは思いあまって、瑞穂の両肩を掴んで左右に揺らした。指が肩にめり込んでいる。力の入り具合が素晴らしい。
「痛い!し、死ぬ!ちょっと、待った!落ち着け!」
どうどうと馬をいなすようにイリサから逃れると、パーティーに入れないもう一つの理由をイリサに投げつけてやることにした。
「そもそも、私、事情があって騎士団に当面所属する契約結んじゃったし。無理なんだよ!」
「ああ!そうだったのね!」
何のために今日ここを訪れたと思っているのだ。瑞穂が騎士団に所属して二班の先輩と顔合わせをするためだったではないか。イリサにはあずかり知らぬ話ではあるが。
「ごめんなさい。私ってば!ついつい、喉から手が出るほど魔術師が欲しい思い一色で……!」
「気にしてはいないけど、そういうわけでパーティーに参加したくても無理だから。でもそうねぇ、友人のよしみで、魔術符を安く提供しても良いよ?せめてもの応援に、ね?」
どうかな?と提案する仕草をすると、イリサは喜んで抱きついてきた。
「ありがとう!さすがは持つべき者は友達ね!心の友よ!!」
オーバーリアクション気味だが、なんだか憎めない友人である。
瑞穂もなんだかんだと言って、今の流れで新たに信用出来る取引相手を手に入れたわけで、実はお互い様なのである。
イリサは気付いていないかもしれないが、異世界にいてもそれほど動じずやれてこれている瑞穂という少女は、その実、相当強かなのであった。




