6、探って進め
訪れた森は異様な静けさをたたえていた。昔は使用されていたのだろうか、朽ちた石畳の道が土や藪やらに埋もれてた隙間から顔を出していた。人の手が入らないと自然に塗りつぶされてしまう。それを如実に現していた。
意外と自然の障害物に苦戦させられながらもようやく森の出口が見え始めた頃、何やら喧噪が聞こえてきた。出口に近づくにつれ、音量は大きくなっていく。
この世界に来て、初めての人の声に瑞穂は胸が躍る。だが、それと同時に違和感も覚えた。声の種類が『喧噪』だからだ。
先にある状況はあまり穏やかそうでは無い。君子危うきに近寄らずという言葉もある。
(でも、だからって、ようやく見つけた世界を知るきっかけなのに……!)
かなり迷ったが、結局、深入りせずまずは遠目で状況確認しようと決意する。
進めば進むほど音は大きくなる。何か金属がぶつかり合うような音もする。瑞穂はこの音に覚えがあった。前世でよく耳にした音だ。
「はぁっ、はぁっ」
慎重に森の出口に辿り着くと、野原が三十メートル四方と広がっていた。身を隠す為、腰を低くして先を見据えてみると、左右に延々と続く壁と中心にある閉ざされた門があった。その門の前で複数の者達が剣を交えて戦いを繰り広げていた。
ひとまず戦いの当事者達に見つからないように周りの環境を確認してみる。
あの門は歴史の副教材に載せられていた中世の建造物に近い。となるとこの異世界は前世世界や地球のヨーロッパ中世時代に近い文明レベルの可能性が高いと瑞穂は推察した。
(あの造形は城門かと思ったけど、どちらかといえば関所の門かな。……妙に既視感があるんだよね。私はここを知っている……?いや、まさかね)
この異世界は瑞穂の前世世界とは違う。それは確信していた。何故なら、前世世界と魔力の匂いが違ったからだ。強い魔術士は肌で魔力の質を感じ取ることが出来る。力は封印されても感じ取る本能的直感は生きていたようだ。
しばらく考え込んでしまっていると、ひゅんっ、と音を立てて瑞穂のすぐ顔横を矢が突き抜けて行った。
「――!」
現実に引き戻される。先にある風景よりも今は、眼前の状況を把握しなければならなかったと反省する。瑞穂はもっと深く身を森の茂みに滑らせた。
規模は小さいものの、戦いは激しくなりつつあった。まるで映画のようだ。一方は盗賊風の者達、もう一方は騎士然とした者達だった。馬に乗った者、乗っていない者が混ぜこぜで剣を交わしている。あちこちに倒れた者がいて、血の臭いが漂うのは当然といった具合である。瑞穂は前世と同じような文明レベルを臭わせている彼らの風貌や、やり取りに息を呑んだ。
(ああやっぱり……。ああいう人達が存在するんだ……。これはまた厳しい世界に放り出されたもんだわ)
さて、これからどうするべきか?彼らの戦いにおいそれと割って入って死にたくはない。門周辺に人が待機しているような感じは無かったから、建造物の人間を頼る案はまず廃案だ。ならば、戦いが収まってから彼らの馬の痕跡を追えば、人のいる街へ出る手がかりが得られるかもしれない。
そうと決まれば一旦引き返そう、長居は危険だと思ったときの事である。
一人の盗賊風の男が騎士らしき男に追われて逃げていくのが見えた。
――こちらに向かって。
(冗談じゃない!!)
瑞穂は慌てて元来た道を引き返す。が、思いの外、男達は早く、瑞穂のすぐ側まで一気に迫ってきた。
どうにもならなくなった瑞穂は走るのを止め、茂みの中で息を潜める。盗賊風の男が茂み越しに斬られて声を上げながら地面へ沈む様を息を呑みこんで見守る。
騎士風の男はその冷徹な目を前後左右に警戒しながら動かしている。
(は、早く行ってよおおおおっ)
瑞穂はただひたすら騎士風の男が過ぎ去るのを待った。しかし彼女の願いは脆くも崩れ去った。
動揺して思わず踏んだ石の小さな音が騎士風の男の耳が捕えたのだ。
「誰かいるのか!――そこか!」
(嫌ああああ!助けてプリーズうううっ!)
騎士風の男が瑞穂の前の緑を一閃してなぎ払う。一方、瑞穂は命からがらその場から全速力で逃げ出した。
必死で逃げてから数分後、いつの間にか洞窟らしき場所へと辿り着いていた。
後ろを振り返るが、あの騎士風の男の影は見えなかった。
まさに這々の体といった足取りで、どこか落ち着ける場所を探すことにする。薄暗い洞窟の中、わずかな自然光を頼りに歩いていくと、不思議な扉が無造作に開いているのを見つけた。ああ、とそこで我に返る。瑞穂にはスマホという現代機器があったではないか。素直にその恩恵に預かって、スマホの液晶ライトで足下を若干明るくする。
扉を抜けてしばらくすると、また扉があった。手を触れると一瞬、身体に電流のようなものが走ったが、それが何なのか瑞穂には見当が付かなかった。
「魔力……が身体を駆け抜けたような気もしたけど」
思案顔でもう一度手を触れると、別段抵抗もなく扉は開いた。ここから先はただの洞窟といった具合ではなく、人の手が加えられた白い石作りの道や柱が設えられていた。時折、立派な紋様の旗が幕のように垂れ下がっているのが見える。瑞穂は導かれるようにずんずんと進んでいく。後にも先にも退けないなら進むしかないのが信条だ。
五十メートル程行ったところで、足音が重なって聞こえてくることに気付いた。
先程は咄嗟のことで対応できなかったが、今度は応戦出来る。右手でウエストポーチのチャックを開け、中の術符に手を当てた。もし襲われたら、ここで目くらましの術を使い、入り口へ引き返すしかない。本音で言えば、術符は限られているからなるべく使いたくないが、今がいざという時に当たるのであれば仕方ないだろう。
瑞穂の足が若干早足になる。すると、後ろの気配の相手も速度を上げる。しまいには瑞穂が走り出すも、待てという声と共に距離を詰められてしまった。
「ええい!……え?」
術符を使い、目を眩まそうとした思った時には遅かった。後首にチクリという痛みと共に男の声が耳元で響いたのだ。
この僅かな間に後ろ首に剣先を突きつけられたのである。
「抵抗しないならば傷つけるつもりはない」
囁かれた声は瑞穂の心臓に酷く悪く響いた。