58、天使の休息 from 地球
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「伝説級の偉人?」
「ええ、そうです。地球にもそういった方はいるのかな?と、思いまして」
「そうねぇ……」
明日香は顎の下に手を当てて思考した。
目の前のちゃぶ台で茶をすするのは、先日魔物に襲われているところを助けた少女シレーネであった。
明日香を含む高校生数人で構成される魔術士グループは、全員が偶然にも生徒会のメンバーである。
彼らがどう出会い、ここに集結するまでには様々なドラマがあったが、今語る必要はないだろう。
ともかく、それをいいことに、生徒会室を勝手に魔術士活動拠点にしてしまっている。
素行真面目な生徒会メンバーが、まさか生徒会室をバイト(魔術士活動)の拠点にしているとは、教師達もよもや思うまい。
それに彼らも報酬以上に、世のために役立つことに意義を感じてこの活動をしている気持ちだ。
どちらかといえば気概的には正義感の方が勝るともいえる。
故に多少個人的に利用するのも見逃して欲しいといったところだった。
その生徒会室は実に彼らにとって居心地良く改造されていた。
十二畳ほどの広さの部屋の中心に、大きめのちゃぶ台が一つ配置されており、急須やら盆の頃に"お婆ちゃんの家で出てくるような"お茶菓子やらばっちり置かれている模様だ。
教師との打ち合わせは別会議室で行うことが多く、改造しても問題もなく、有り難いところである。
そうして最近は、魔術協会の事務所で滞在しているはずのシレーネが明日香になついてしまい、生徒会室へと入り浸っている状況が続いていた。
もちろん、シレーネ自身も気を遣って、生徒会室に入るまでは気配を隠す術を使って来ている。
弱い術だが、一般人には十分効く術である。
シレーネを明日香達が助けてから早二週間経つ。
今は放課後で、特別な集まりがある日でもない今日は所用を済ますために明日香がいるだけだったのだが、そんなところへシレーネが遊びにやってきたというわけだった。
夕日が透明なガラスを越えて差し込んでくるのが眩しい。ちょうど明日香とシレーネが座っている位置に、光が差し込んでくるものだから厄介だ。
そして、明日香が書類仕事を終え、ちゃぶ台のお茶を一飲みした時に、冒頭の質問がされたのだった。
自分で注いだお茶を上品に飲み、お茶菓子を口に入れながら、シレーネは回答を待っている。
「う~ん、そう簡単に言われてもパッと出てこないわね……。何しろ、魔術世界の偉人なんてかなりいるのよ。どの年代のどういった系統の人物を紹介すべきか迷ってしまうわね」
「私は、実の姉さまから教えて頂いた方に憧れがあるんですぅ」
「へぇ?どういった人物なの?」
「なんでも二刀流の魔術剣士だったと聞きました。姓は不詳、名前のみ分かる方で"リヒター"様というらしいです。あらゆる武器を使いこなし、その上魔術にも長けていたと」
「それは凄いわね!武器と魔術を組み合わせるということは相当な術者でしょう」
「そうなんです!武器の構造理論と魔術の構成理論を把握し、時には魔術を武器に乗せて戦うことも可能であると聞きました。至難の業ともいえる奥義もお持ちだとかで!」
「魔術を武器に乗せるだけなら、熟練した者なら可能になるわ。熟練という高見に到達するだけでも大変なのだけれど。けれど、それだけ推す人物だということは、熟練という言葉を越える……簡単に言えば『とても強かった』のね?」
「はい♪あらゆる剣豪を叩き伏せたとか。私の世界の史実に残っている剣豪ローラン様も負けたという話です」
「剣豪かぁ……、そういった話だと結城君がノッてきそうね。彼はどちらかというと魔術剣士にあたるから。ん?それにしても、その話ぶりだと史実にリヒターさんは書かれていないの?」
「――そうなんです。変ですよね、最初は姉さまの話を聞いていただけだったんですけど、私も大きくなって街で吟遊詩人を見かけることもあったんです。そこでは彼のリヒター様のお話はよく謳われていて……。姉さまの話は嘘じゃ無かったんだと胸をワクワクさせたものですが……。ファンになった私は図書館の蔵書にもきっとリヒター様のお話が描かれていると思い、通い詰めたんですよ。でも、リヒター様のことが書かれた史実書はなかったんです」
変ですよね、と苦笑いするシレーネに、それまで話を合わせつつも聞き流していた明日香は初めて興味を持った。
「面白いわね。口伝では仰々しく伝えられているのに、史実書には残されていない魔術剣士、ねぇ」
「そうなんです!でもより一層それがミステリアスというか。謳われている容姿もかなり眉目秀麗ということで、わっ、私勝手にファンになってしまいましてっ」
「ああっ、分かるわ!そういった設定は妄想が膨らむもの!」
「ちょ、ちょっと私が聞いた限りなんですが、リヒター様の似顔絵を描いてみてもいいですか!?異世界の皆様にも布教できたらっ」
「アンタ、ここ(地球)に何しに来たの……?はぁ、まあいっか。いいわ付き合ってあげるわよ」
そういうと、棚の上から紙とペンを取り出してシレーネへと差し出した。
テンション高めで早速絵に取りかかるのを見ながら、明日香は初めてシレーネと出会ってからのことを思い出した。
出会って、事務所に連れていった時は本人は気丈に振る舞っていたが、実は相当弱っていた。数日は体調を崩して寝込んでいたし、地球のコーディネーターに彼女の事情を伝えるのも苦労していたようだ。ここ一週間ほどになって、ようやく地球の魔術協会サイドもシレーネを保護する環境を整え、しばらくは彼女を地球に馴染ませる方向で調整出来たのである。人前では見せないが、シレーネもふさぎ込むことが多かったようだが、ここに来て元気になってきている。
そう思えば、多少の浮ついた話にも付き合ってやらなくもない。
(いえ、この考えは上から目線ね、いけないわ。私も彼女といて楽しい。だから、立ち向かわなければならない彼女の事情とやらがいずれ訪れるまでの少しくらい、この一時を彼女と楽しみたいわ)
――天使の休息ね。
ちなみに、シレーネの画力はいわゆる"画伯"と呼ばれるものだったが、明日香は見事にスルーしておくことにしたのだった。
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