57、装備を調えて
「遅い」
「いや、時間ぴったりに来てますけど!?」
「五分前行動が騎士の鉄則だろう」
(アンタは時間に五月蠅いサラリーマンか!)
ガリアド暦6月12日。
瑞穂は早朝に騎士団で実際に活動する前の打ち合わせとして、『蒼龍隊』の詰め所へとやって来ていた。
「あの~、どこへ行くんですかね?」
瑞穂は辺りをキョロキョロ見回しながら、ズンズン進むディアスに着いていく。
ディアスに装備品を支給するから着いてこいと言われたが、こうも広い騎士団の敷地ではぐれたら迷子になること必至である。
敷地内の案内図はもちろん持ってきてはいるが、どうにも見難い仕様で不安なのだ。
「騎士団支部の西端に武器室がある。武器庫と専門家が常に待機しているんだ。新人が入れば、まずは連れてこられる場所だな」
「はぁ……」
(でも、新人て言っても、私は訓練生上がりではないから、一応戦闘経験あるんですけどねー)
ディアスもそれが分かっていないわけでもないだろう。
「無論、おまえが実戦経験者であることは、イレナド砦の件で分かっている。武器はおまえの私物を使えばいい。ただ、防具は貧弱のようだったからな」
瑞穂の騎士団の制服姿を見ながらディアスは立ち止まった。防具と呼べるものはこの衣服の上に何も身につけてはいない。
「ああ、なるほど」
「今日は防具をおまえに用意する予定だ」
今日は打ち合わせというより、もうすでに目的が決まっているようだ。
よく考えててみれば、ここの騎士団員は実戦に出る時は騎士団の制服の上もしくは中に着込む形で防具を装着している。
戦闘上位者は防具がかえって邪魔になると言って外す者もいるらしいが、下っ端は何らかの形でまずは防具装着をしているようだった。
そんなことをイレナド砦の滞在や、この支部に来てから見かけてきた騎士団員の姿を思い出して納得する。
(そりゃそうよー。私は学校制服姿で着の身着のままこの世界に来たんだから。防具なんて持ってきてないわよ。支給してくれるんだったら頂いておいて損ないわよね)
「おまえは魔術師だ。遠隔部隊と言われる職業の者は、基本、そんなに厚手の防具はいらないかもしれない。だが、"有る"・"無し"の違いは大きい。これはおまえがどういった出自だろうと関係ない。命の取り合いの現場に身を置く可能性がある者に、最大の配慮が為されるのは新人も古参も関係無く、騎士団としての当然の義務と俺は思っている」
「……さすがは隊長」
「茶化すな」
「いえ、本当にちょっと感動しました」
瑞穂は今の今までずっと騎士団員達を自分とは違う、どこか第三者的な目線で接し、且つ見続けてきた。
――どうせすぐ地球に帰るのだから。
だからこそ、騎士団員当事者になる感覚が薄くなる。
そうなると、自らの命が掛かっている場所に積極的に身を置くことになるという意識も希薄になるのだ。
いざとなれば、前世からの戦闘経験と魔術で窮地を逃れられる自信もどこかにあるのかもしれない。それはまた、奢りというのかもしれない。
だからこそ、死を心配して配慮してくれる存在があることで、初めて"死の危険がある"という実感を感じ取れたのかもしれない。これは非常に有り難いことなのだ。
また、どうせ、監督役の目が届く場所に、と考えられてディアスの班に配置されたのだろうし、そんな瑞穂をディアスも本気で現場に駆り出すことはしないのだろうと思っていた節もある。
だが、どうやら違うのかもしれない。
監視目的だけでディアス班に置いておく気はディアスにはないのかもしれない。
「いや~、私、戦力に数えられてるんですね。てっきり小間使いくらいの扱いで終わると思ってました」
これが瑞穂の素直な感想だった。
「ふむ、当初は俺もそうしようと思っていたんだがな……。ここ数日、ベルテク支部長と話をして考えを改めた」
(どんな話をしたんだろう?気になる……!)
「ただ、俺自身を納得させるのにその後、おおよそ三時間の剣の素振りを要した」
「そ……、そですか。あははははは……」
(それだけ素振りをして神経を落ち着かせないと、気持ちの切り替え出来ないって、私ってばどんだけうざがられてるわけ……!?)
結局、武器室に着いてからは、専門家="いわゆる武器屋の親父っぽい人"にあれだこれだとアドバイスを受けて、無難な『革の胸当て』を支給してもらったのだった。
所要時間はざっと一時間ほどだ。瑞穂が試着やら防具のレクチャーを武器屋の親父に受けている間、ディアスは武器庫の剣をひたすら見分していたのであった。
「ありがとうございましたー!」
「おう、また来いよ、嬢ちゃん!ディアス隊長も剣の手入れは怠らずにな!ガハハハハッ」
「分かっている。今日は世話になった。またよろしく頼む」
「おうよ!」
これで今日の瑞穂の予定は終わりだ。
ディアスはというと、このまま『蒼龍隊』の詰め所へと戻り、別の仕事が待っているようだった。
詰め所への帰り道でそういえば、と瑞穂は思い至る。
「そういえばディアス隊長、は」
「おまえにその呼ばれ方をすると微妙な気分になるな」
「う……、」
『ディアス隊長』と呼んだのは実は今日が初めてかもしれない。だがこれからは同じ班で、彼は瑞穂の上司にあたるのだから、こうやって呼ぶのが一番無難だろうと思ったのだが……。
(あまり良くない呼び方だったかな?)
「いや、仕方ないか。その呼び方でいい。ただ、なんとなく慣れないだけだ」
「そうですか、では遠慮無く」
「で、なんだ?聞きたいことがあったんだろう?」
「そうそう、ディアス隊長は剣のコレクションに興味があるんですか?武器庫で随分熱心に見てたじゃないですか」
「騎士団で『職業:剣士』をやっていて、剣に興味がありませんという人種は少ないと思うが」
「それはそうでしょうが……」
「フッ、言いたいことは分かっている。そうだな、色々な剣を見ることは好きだな。特に珍しい構造の剣を見ると、その……こう、興味深いと思うことは、ある、な」
なぜだか明後日の方向を見ながら、頬をかく隊長。
(これはもしや……やっぱり、武器オタクの類かしら!?)
剣士が剣に興味があるのは然り。しかし、一般的な興味以上に熱い思いを持って見てしまう――それを人はオタクと呼ぶのである。
「剣以外にも興味がおありで?」
「う、ま、まぁ、近接系の武器全般に興味はある、な。だから実は剣以外にも扱えるエモノはある。専門は剣に変わりないが」
よく見れば耳が赤くなっている。
(分かりますよ!隊長!熱い思いは気持ちを高揚させますからね!)
瑞穂も魔術道具に関しては専門バカと言われるくらいのオタク気質である。
しかしながら、度を過ぎた執着は意外と同門の者にも気持ち悪がられたり、理解をされないことがあるのでカミングアウトするタイミングが難しいのだ。
故に、ディアスの素振りからして本当は結構な武器オタクなのだろうと伺い知れた。
「私も魔道具は好きですよ。世界の様々な逸品を道具屋で目にした時は気持ちが上がるってモンです」
「そうか……。ふむ……、そうだな、おまえはこの大陸(アランガルド大陸)の古の剣豪伝説を知っているか?」
「へ?いや、聞いたことないですねー。何分、実家が超ど田舎だったものですからねぇ。伝説を謳う、吟遊詩人も立ち寄るかどうか危ういくらいですよ……。というか、私の実家がこの大陸にあるのかすら分からない有様ですし」
「では話してやろう。この大陸には語り継がれる古の剣豪伝説がある。斬った相手は数知れず。名だたる剣王も数多の魔族もその素早さと一瞬の居合いで、地に伏したという」
「へぇ……、そんなに有名な剣豪伝説なんですか?」
「酒場で吟遊詩人がよく謳う歌に必ず組み込まれているくらいだ。吟遊詩人が来れば、頻繁に歌われているぞ」
「そ、そんなに……?」
「歌のバリエーションが豊富なんだ。だから吟遊詩人も歌を選びやすいし、聞く側もよく知る話で親しみやすい。そういう理由もあるだろう」
「はぁ~、そんなに凄い人のお話なら、今度酒場に行って聴いてみたいですね~」
「彼の剣豪が今の時代にいたのなら、俺も全力でもってお相手願いたいものだがな……」
「でも、どうして武器好きな話から伝説の剣豪の話に???」
「その人物が様々な武器を使い分けたという話だったからだ。剣にも短剣、長剣、形状を分けると円月刀やら何やらと種類は多数に分けられる。武器は剣に限らない。槍でもトンファーでも何でもござれだ。幼い俺は歌を聴いて憧れて育ってな……。おかげで今では立派な武器オタクだ。剣以外にも多少は心得があるくらいにな。しかしながら、あまり周囲には理解されないから明かすことは少ないが。どうやら、周囲は俺がごく普通のロングソードで敵を捌いている姿に勝手に幻想をもっているらしい」
そして、いわゆる"格好良い騎士様"のイメージからかけ離れた行動をとると文句を付けてくるのだ。
まことに勝手な話だが。
ハァッ……、とそこでディアスはため息をついた。
(分かる!分かるよ!!自分は好きなジャンルがあるのに周りには理解されない苦しさ!前世時代では、熱く語ると、イメージと違うと女性陣にも言われたり、同期仲間にも「おまえの語りはうざい……」と煙たがられたりしたものねぇ!)
故に、ディアスの気持ちに深く共感してしまったのだ。
(ディアス隊長にも熱く語れる相手がいないようですね!その点、非常に同情しますよ!こればっかりはもう、隠れてシコシコ嗜むしかないんだと思います!今日はなんだかディアス隊長に親近感を少し持ちましたよ!!アンタも熱い思いを持つ人間だったんですね!)
「気持ちを向けるベクトルは違いますが、私も熱い気持ちを向ける物がありますから、同情しますよ」
「そうか……それは…う、嬉しいのか?俺!俺は何を言ってるんだろうか……。すまない、今日は喋りすぎた。忘れてくれ……」
何故だ……妙に今日はペースが崩される……とブツブツ呟いているディアスを差し置いて、一方の瑞穂は、ただの冷血人間ではなかった……うんうんと頷く。
人は好きな物を語る時、饒舌になるものだ。
「ふふふ、は~い。かしこまりました!あれ、そういえば」
今日はそういえばとよく言う日だと思いながら瑞穂は続けた。
「その伝説の剣豪のお名前は?」
「名は"リヒター"という。その金髪碧眼の美丈夫に似つかわしくない、侠気のある使い手だったとか」