表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/75

56、騎士団女子寮 その2

 +++


 瑞穂は自室に荷物をおいて一息ついた後、寮母カリーナが言っていたエイミィという少女がいる部屋へ挨拶に向かうことにした。



「失礼します。今日から配属になりました、ミズホ=アキと申します!これからよろしくお願い致します!」


「あ!どうぞどうぞ!カリーナさんから聞いているわ。ようこそ女子騎士団寮へ!私はエイミィ。よろしくね」


 ノックに気づいてエイミィは快活に出てきてくれた。

 差し出されてきた手に快く応えて、瑞穂は部屋へと通されたのだった。


 エイミィは、小柄で華奢な三つ編み少女だった。亜麻色の髪と少しばかりのそばかす、チャーミングな笑みから某名作アニメ劇場の主人公を彷彿とさせる。


「ごめんね、こんな姿で。先ほどまで仕事だったからそのままなのよ」

 と言って、作業着の上から身につけたままだったエプロンを外す。


 そして、迎え入れるお茶の準備に取りかかった。手慣れた手つきで折りたたみ式の小さなテーブルを広げ、デスクに備え付けられた椅子を持ち寄りあっという間に小さなお茶会の空間が作られた。


 茶菓子は彼女秘蔵の一品が奥の戸棚かから取り出して、振る舞われた。

「この間、同僚が辞めて寮からも出ていっちゃって、三階の住人ってば私一人だけだったの。ほら、最近バーダフェーダ周辺で誘拐事件が増えてるじゃない?それで故郷の家族が心配して、戻りますって……。そんなことぐらいで仕事辞めてたらキリがないじゃないって思うんだけど、なにせ彼女良い所のお嬢さんだったしね~。まあとにかく、やっぱりこの階だけ一人じゃ寂しくて……。だから、新しい人が来るって聞いて、とっても嬉しかったの!」


「歓迎ありがとうございます。私も不慣れなことが多いと思いますので、宜しくお願いします」


「私は騎士団寮のいわゆる世話係をやっているわ。正式には騎士団寮運営部の従業員に当たるわ。料理室専門のコックじゃあないけど、寮内の炊事手伝い・洗濯何でもござれのメイドみたいなモンかしら。――メイドじゃないけどね」


 エイミィ曰く、本格的なメイドなるものは貴族か非常に裕福な平民の商家などの屋敷で雇われるのが常だという。


 平民としては、世間体もメイドというのは良い職業なのだそうだ。


 メイドは屋敷の作法・ルールの全てを身に叩き込まれる。雇い主への振る舞いも重要だ。常に相手を立てて行動するのも仕事の内である。

 そういった姿勢が身についてますよというのは、もし次の仕事を見つける時でも評価されるらしい。


 しかし、そういったものが苦手な彼女は、ただやるべき事をこなせばとやかく言われることのない、騎士団寮の仕事を選んだらしい。


 その上、ここではメイドという扱いではなく、一従業員というくくりになる。メイドも従業員といってしまえばそうなのだが、少し意味合いは違うと彼女は熱く語ってくれた。


 騎士団寮の仕事を働く側が選ぶとは言っても、試験も面接も通ってこそで、大変なことには変わりない。が、一度パスしてしまえば後は仕事に徹すれば、気楽に切り抜けられるというのが彼女の持論だった。ちなみに、給金は下手な貴族の屋敷で働くより余程良いとのことである。


(貴族のメイドという職業ブランドよりも、精神の安定と報酬という実を取ったわけだ)


「私のことばかり言ってしまってごめんなさい。そういえば、貴女はどうして寮住み込みで騎士団に入ったのかしら?」


「い、いえ……。私は支部長の紹介で騎士団に入団したんです。(もう、入団してることになるんだよね?)所属は蒼龍隊でディアス隊長指揮する1班です。とはいえ、下っ端ですからね。ここでの働きぶりを認められて、昇格試験を受けられれば将来を夢見ることも出来る……んでしょうね。いやまあ、これからそれを目指すことになるんでしょうけど」

 どこか真剣味無く、投げやりに答えてしまうのは仕方ない。

 瑞穂の本心とはかけ離れているのだ。


(まあ、ここで騎士団にいるのを本業にする未来は、実際考えられないしな……)


 苦笑いしながら応える瑞穂だったが、なぜかエイミィは目をキラキラさせて身を乗り出してきた。


「凄い!本当なの!?女性の騎士って少ないのに!わぁぁぁっ!憧れるわぁああああ!!」


 まさに大盛り上がりである。これにはちょっと参ってしまって瑞穂は身体を引いてしまった。


「職業は何なの!?弓士?剣士?道具使い?いろいろあるわよね???」

「……えと、魔術師です。とは言っても低レベルですが。だからきっとディアスさんに雑用からこき使われることでしょうね……」


 キャーッとという歓声を上げてついにエイミィは瑞穂に抱きついてきた。興奮冷めやらぬまま、エイミィは続ける。


「ご、ごめんね!あまりにしも珍しくて!女性騎士でしかも魔術師なんて!稀少な、ま・じゅ・つ・し!羨ましいていうか凄いっ。私も魔術師を目指したいと思ったこともあるけど、残念ながら魔力が低くて……」

「あははは……。けれど、どの職業にでも貴賤はありませんよ。エイミィさんも立派に働いておられるじゃないですか」

 瑞穂はエイミィの手をチラリと見やった。水仕事を懸命にやっている手だとすぐ分かった。

「ううっ、ありがとっ。なんだか貴女とは上手くやっていけそうだと思うわっ。ねねっ、敬語や私のことはさん付けはいらないわ。ぜひエイミィと呼んで!」

「わ、分かったわ、エイミィ。私のこともミズホって呼んでね」


 もちろんっ、とエイミィは抱きついてきた。なんとなく、女の友情が生まれた感じがする。うふふっ、と頷き合うと、部屋の中がポカポカと暖かな日差しがさして満たされたような雰囲気になる。


(ああ、いいなぁ。私が求めていたのはこのような落ち着いた人間関係だったのよ……)

 思わずしみじみしてしまう。


「それにしても、ディアス様!ディアス様の隊に所属なんて!これこそ重要な話だわ!」

「へ?」


 先ほどまでの、のほほんとした雰囲気は一転、突如エイミィが鼻息荒くまくし立て始めた。


「ディアス様の隊に女性が所属なんて何て羨ましいのっ。珍しすぎるっ!」


(え?そこ?そこを突いてくるワケ???)


「様って……え?そんなに人気なんですかね……??」

「もちろんっ、ディアス様よっ。ああ、貴女は外から来た人だから知らないのね。見ての通りディアス様は、剣の腕も確かでその上仕事も有能で美青年でしょ?武闘大会での優勝経験もあるし、バーダフェーダではかなり有名なのよ!非公認ファンクラブがあるの!私も最近はファンクラブには入ったばかりで、ディアス様の大ファンよ!貴族のお嬢様方もファンが多いはずでっ」

「オーケー、エイミィさん、ちょっと落ち着こうか」


 そういえばディアスが聖女エフィアに惚れられている場面にも遭遇したし、夜会に出てくれと依頼されている場面にも遭遇した。


(今まで深く考えないようにしていたけど、あんなに性格が最悪でも、もしかしたらディアスは本当にモテるの……?し、信じられない!)


「一つ確認したいんだけど、そんなにディアス隊長って人気なの?」


「非公認ファンクラブは今年で500名を超えたと聞いたわ」

「ご、ごひゃくっ!?」

 瑞穂は思わず、飲みかけていたお茶を吹き出した。


「ファンクラブ会員だけでよ。潜在人数はこの倍はいるでしょうね」

(なんとなく、ディアスがイレナド砦からバーダフェーダに戻るのを渋った理由が分かった気がする)


 もちろん、女性の黄色い声が嫌というだけではないだろうが、あのディアスの性格からして、決してこれも理由に含まれないというわけではないだろう。


 貴族のお嬢様相手なんてしてるくらいなら、盗賊討伐に出ている方が余程良いと思ってそうな気配がある。


 そういえば、バーダフェーダに戻ってきてからも、仕事に必要な場所(騎士団支部や扱っている事件が起こった現場)にしか姿を表していないようだ。(ユースロッテの聞き伝いだが。)必要な情報収集も部下を使っているとかいないとか……。


 恐らく若い女性に囲まれそうな場所には極力、姿を表さないようにしているのだろう。


(イレナド砦からずっと男所帯だから気づかなかった……。モテ過ぎるのも考え物ね。ある意味ちょっと同情しちゃうかも)


 そんな瑞穂の考えをよそに、エイミィの言葉はまたしても勢いづく。


「ディアス様は貴族出というのも魅力なんだと思うわ。あの財力もバッチリの侯爵家のお嬢様にも目をかけられているとも噂されているし。ファンクラブ通信では夜会でお相手になりたい№1に君臨し続けているのも見逃せないわね!!」


「へ?ディアス隊長って、貴族なの?」

「そうよ、知らなかった?」

「それは初耳だわ」


 有能な上に出自も良ければ、モテ具合もさもありなん、である。


(モテ……モテかぁ。私も前世では中々にモテたと思うけどね!)

 なんとなく張り合ってしまう瑞穂は、このバーダフェーダのお嬢様達と違う目線でディアスを今後も見てしまうことだろう。



「騎士団で一番人気のディアス様とミズホが同じ隊に入るなんて、羨ましすぎるわ~。ぜひ、ディアス様の情報ちょうだいね♪」

「あ、は、はい。ガンバリマス」

 あの冷血隊長から情報を得ようだなんて、命知らずな行動を1ミリたりとも取りたいとは思わない。しかし、ここは女の友情を優先して言葉を合わせておくにこしたことはないだろう。


 全くもって、世の中には奇特なお嬢さんが多くいるものである。


 こうして、瑞穂の寮の初挨拶は終わったのであった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ