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54、処遇

 正式な騎士団通知書が届き、本日6月3日(異世界暦基準)が騎士団女子寮移動日となった。


 そろそろ時間的にユースロッテが迎えに来るはず……と思っていたら、彼が現れた。

「騎士団支部へ行く前にいくつか渡しておくものがあるから」

 まだチェックアウトしていない瑞穂は宿の自室へとユースロッテを通すことにした。

 彼の手にはA4に近いサイズの封筒を携えられていた。


 六畳一間の広さである客室に立派な応接室並の用意は無い。

 瑞穂は仕方なく、設えられたデスクに付随する椅子を出してユースロッテに勧め、自らはベッドの上に腰掛けて話すことにした。


「急ごしらえで大した物もお出し出来ませんが」

 一階の酒場で分けて貰った飲み水を沸かして使い、お茶を煎れた。ちょうど茶器セットを購入したばかりだったのだが、早速活躍の場が現れてくれた。

 ただし、用意していた茶葉は瑞穂自身が故郷を懐かしむべく購入した物で、ほうじ茶に近い味がする葉であった。これが珍しい味だったらしく、一口飲んだユースロッテは目を見開かせた。


(この地域の人には変わった味だったかな。バーダフェーダで愛飲されている茶葉も今度、買っておこう……)


 ティーカップに紅茶とは違う焦げ茶色の液体が広がるのを見て、興味深そうにユースロッテは眺める。


「香ばしい香りだ。変わった茶だね?産地はどこかな?」

「この間、市場で購入したものです。故郷の味に近い物を、と思いまして」

「故郷と同一の葉は無かったんだ?」

「それがあれば、仕入ルートを遡って私の家がどの方角か探し出せるかとも思ったんですがねぇ」

 無駄な詮索は無理ですよ、と暗に釘を刺しておく。このまま芋ずる式に自分の背景を探られては敵わない。


「その封筒に入っている物は何ですか?」

 瑞穂は話題の矛先を変えることにした。


「正式な準備が整ったから、色々持って来たんだよ。今日の支部での打ち合わせは形式だけだよ。ほとんどは僕がここで説明するから」

「騎士団の方も忙しいですもんね。やっぱり暇な人がこういったことは請け負わないとですね♪」

「君がそれを言うかな?」

「良い性格でしょう?」


 ……。


「フンッ、とにかくどうぞ、見てくれるかな」

「やっと処遇が決まるんですね」

 とにもかくにも、宙ぶらりんな状況から脱出できるのは有り難い。


 ユースロッテは封筒の中身を次々と机の上に広げた。


 可愛らしい便箋一枚、無機質な黄みがかった便せんが一枚、カードサイズの『身分証』と書かれた物が一枚、バーダフェーダ居住認可証とかかれた紙切れが一枚。瑞穂は一つ一つ確認していった。


    [身分証]

 名前…ミズホ=アキ

 性別…女性

 所属…ルバニア王国騎士団 バーダフェーダ支部

 備考…※特殊雇用契約 監督者:ディアス=クレメンディ


   [居住認可証]


 以下の者をバーダフェーダにて居住することを認可する。


   被認可者…ミズホ=アキ

   認可者…ルバニア王国バーダフェーダ市 市長 ドーマン=ジョルノ


                       ルバニア暦二百五年六月一日




 どちらにも立派な紋章が刻まれていた。恐らく、日本の証明印と同じような役割を果たしているのだろう。


「あ、身分証と居住認可証は失くさないでね。再発行の手続きがこの二つは本当に面倒臭いから」


 瑞穂はその言葉に真面目に頷きその二つをすぐさま鞄の中へ入れることにした。


 残りは便箋二枚だ。


 一枚目の可愛らしい便箋は誰から……と思えば、まさかのベルテク支部長からであった。花とかよく分からないアンニュイなゆるキャラ動物が描かれ、まさかのバラの香り付きと来た。

 しかし、字は年齢相応な達筆さ故に、雰囲気のアンバランスさが悩ましい。


「……ベルテクさんって可愛い物好きなんですか?」

「聞かないでやって。あの人の趣味だけは触れてはならないんだよ」


 なぜか遠い目で言うユースロッテに瑞穂はそれ以上聞くことは出来なかった。

(ま、まぁ、私の弟も可愛い物好きで猫クッションとか集めてるしなぁ……うん、うん)


『瑞穂君、バーダフェーダには慣れてきただろうか?さて、長いこと待たせてすまなかったが今後の君の処遇について正式に沙汰が下ったから申し伝えよう。


 君の身柄は以前にも述べた通り、騎士団預かりの身となることが決定した。ただ、預かるだけという余裕は騎士団には無いのが実情でね。

当面はディアス隊の一員として働いてくれたまえ。おっと、これはこの前言った話だったな。どうか頑張って欲しい。


 心証が良くなれば盗掘容疑もすぐ晴れるだろう。期間は残念ながら未定だが、早くに終わることを祈っている。実はね、正直盗掘はよくあることで、騎士団としてはそこまで拘りはないんだ。


 ディアスは含むところがあるらしいがそれは個人の見解なんで、置いておくとする。


 それよりも王家の宝物を身体から取り出すことの方が余程重要なんだ。君は宝物監視・保護の意味で王家の術師が来るまでの間、騎士団バーダフェーダ支部で過ごしてもらうことになる。


 誠実に働き、嫌疑を晴らして、且つ宝物が無事取り出せれば、君は自由の身だ。故郷に帰るなりなんなりするといい。必要とあらば、故郷まで送り届けるのも多少なりとも助力しよう。


 随分一方的な処置だが、呑み込んで欲しい。もちろん、騎士団で過ごす限りは賃金や身の保証はしよう。君の未来に栄光あれ!』


 上手い具合に落としどころを選んだのだろう、と文面から読み取れる。騎士団側からしたら無碍にせず賃金まで払うのだから、宝物を取り出すまでの半年間、バーダフェーダで大人しく働いておけというのが本音というわけだ。


(束縛の刻印を刻んでいるから余程の事が無い限り、逃げられる可能性も低いしね)


 皮肉に重いながら瑞穂は便箋から目を外した。そうすると、一息ついているユースロッテは、もう一つの無機質な便箋を読みなよと渡してきた。

  差出人は"ルバニア王国騎士団バーダフェーダ支部事務局"となっており、代表決裁者はベルテクの名前が書き連ねられていた。

 筆跡からして、ベルテクではない別の人間が書いたものだろう。いかにも行政規格に則った書面である。中間管理職あたりの人間が事務職に命じてチェックした後、ベルテクは目通ししただけ……という組織事務構造が脳裏に浮かぶ。



『ミズホ・アキ 保釈について――』


「はあぁ!?」


 一行目を読み出してすぐに声が出た。

「どういうことですかコレ!?」

 先ほどのベルテク支部長の手紙とは随分違う文面である。


「うん、実はね。君の頑張りを見せて感動させて盗掘容疑を晴らそうなんていうのは表面的な話でさ。法が律する我が国では、法に従った手続きをしていかないと君は解放されないんだよ。あくまでもこれは表側な内容だから」


 分かるかな?と憤慨する瑞穂を宥めるように肩を叩く。


「そういうわけで、ウチの国では人殺しや重い罪以外の罪である場合は、品行方正に生きることを前提としてだけど、ある一定のお金を払えば解放されるという保釈金制度というものがあってさ。君の場合は容疑だけだしね、無実を晴らすよりも簡単な方法があって……。要約すると、嫌疑を晴らすために真面目に働く……というのはそっちのけで、お金を払えば帳消しにするよっていう制度なんだ♪」



 ※日本で知られている保釈の意味……保証金を納めさせて、勾留(こうりゅう)中の被告人を釈放すること(web検索より参照)


(この世界の保釈の意味が私の知っている保釈とちょっと違う……!なんて雑な世界なのっ)




 瑞穂が頭を抱えていると、ディアスの「アイツは怪しい!」なんていう言い分なんぞぶった切って、堂々と歩けるようになるよぉ~とユースロッテに笑いかけられれば、

「私は無実だ~!前提がおかしいでしょう!!!」と、瑞穂は苛立って、手元にあった枕を投げつけた。



 しかし、さして気を悪くもせず、彼は淡々と文面を読み切った。


『五十万Gを納付することによって保釈とする。尚、支部長ベルテクの請願により、騎士団負担で先払いを受理。騎士団に完済した時点で、盗掘容疑の件は晴れ、釈放という形になる。騎士団肩代わり分については、今後ミズホ・アキの給与より、毎月希望金額を差し引いて償却していくものとする。尚、金策の目途が付き次第、一括返済も受け付けるものとする』


『さらに、嫌疑は晴れても、宝物を取り出す件は別件である。この件が解決するまで、バーダフェーダに逗留すべし』


「結局、世の中金かぁあああああ!」

 瑞穂は頭を抱えてベッドにつんのめった。



 冷めた茶の入ったカップを一気に飲みきり、瑞穂は天井に向かって吠えた。

「はは、はは、ははは……。いいわ、受けて立とうじゃない!地獄の沙汰も金次第ってわけだ……!」


 ユースロッテはなぜかニコニコしながら、優雅に茶を嗜んで瑞穂を見ている。他人事なので、我関せずというやつだ。

「バーダフェーダは万年財政難でね。多少はお金で解決しなきゃやってられない部分も多いんだよ。こんなことが出来るのも王都からかなり遠い立地故だよねぇ。中央の政治の影響を受けにくいのもこの都市の魅力だと思うよ。君の泥臭い人生は見ていて飽きないな。これからもぜひ観察させて欲しいよね」



 引きつった顔をなんとか手でほぐしつつ、瑞穂は現実的なことを考え始めた。

(仕方ない、早くお金貯めるためにも、バイトでもするかなぁ。あれ?バイト情報誌ってこの世界にはあるのかな???)


『転生しても 最難関は お金です』――瑞穂 今日の心の一句 

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