50、あの時
アウローラ、それは前世での俺の愛した女性の名。
美しく透き通った水色の髪と白い陶器を思わせる肌の色。
触れれば折れそうな華奢な容姿。
けれども心の芯は気高く誰も傷つけることは決して出来ない。
彼女の結婚式を控えた前日に、勇者を擁する彼の国は攻めてきた。
"ありえないこと"の連続が続き、難攻不落を誇った魔族の国リーダルハイムは一日にして墜ちた。
魔族の大半は死に絶えた。
俺も、アウローラも例外ではなかった。
「リヒター様!お逃げ下さいっ」
あの時、俺の目の前でアウローラが崩れ落ちていくのをただ見ていることしか出来なかった。
勇者の『魔の呪』に身体の自由を奪われた俺は、彼がアウローラを目の前で剣で貫き、剣から発せられた氷に彼女が飲み込まれていくのを、ただただ見ていることしかできなかったわけだ。
言葉にならない叫びを、怨嗟の念を放つ俺に勇者はただ冷えた目で見据えるのみだった。
「っっっ!!!アウローラ―――ッ!!!」
アウローラを完全に凍りづけした後、勇者は手下の術師達を呼び、幾重にも呪術の鎖を"氷付けにされたそれ"に施させた。
身動きの取れない俺を眼下に、勇者は感情の無い声を放った。
「愚かだな、魔王の右腕ともあろう者が」
「ふざけるな!何が言いたい!!」
「無知は罪だ。それが上に立つ者ならより一層だ」
「何を言っている!」
地面に沈んだ俺は身体に激情が走るも、立ち上がることさえ出来ない。
――力があれば!コイツ以上に力があればこんなことには!!何が魔族のナンバー2の実力者だ!肝心な時に身体を動かすことも出来やしねぇ!
「文字通りだ。さあ、もう終わりにしよう。こんな馬鹿げた狂劇に付き合うのは沢山だ」
あの時、俺は彼奴(勇者)が何を言っているのか分からなかった。
分からないまま、惨劇は続いたのだ。
……そうなのだ、俺の地獄はここで終わりじゃなかった。
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