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5、じっとしていても仕方ない

 『先送り』――日本人が得意とする言葉である。

 そして瑞穂も日本人として例に漏れず、この駄目属性を踏襲することにした。

 いや、実は前世から瑞穂は結構ちゃらんぽらんな性格をしていた。だから、真面目モードで事に当たっていても最後には適当になってしまうことがままあった。

 死んでも馬鹿は治らないとは揶揄して言われるが、瑞穂は本当にそうだなと妙に実感したものである。



 現代地球って前世世界よりも面白いこと多いし?一般人として青春は楽しみたいし?学業も頑張りたいし、この時代でもそれなりに夢もあるし?前世の友達や恋人も大事だけど、それは生きていく上で上手く力を取り戻せれば捜しに行こう!そうしよう!と相成った。


 そうだ、○○に行こう!というくらい軽いノリで出した結論だった。


 場外から野次を受けそうな話ではあるが、正直、現時点での瑞穂にはどうしようもなかったという他ない。

 勇者の呪を解くには魔力も道具も知識も不足している。なのに、現実は小遣い稼ぎに魔術士のバイトをするくらいしかできない。半ばヤケクソで出した結論と言ったら同情してもらえるだろうかと瑞穂は思ったものである。


(何か凄い修行をすれば少年漫画的王道展開で隠された力が突如解放されたりしないかな?)

「う、うふふふ……――っ痛!」

 混濁した意識から妄想に移り始めた頃、頭に何かがぶつかってきてようやく瑞穂は目を覚ました。痛む頭に手をやりながら目を開けた。

 目覚めて最初に感じたのは都会の汚れたものとは違う、澄み切った空気だった。

「こ、ここは……!?」

 寝ころんだ状態のまま、すぐには動けず瑞穂は頭上を見上げた。

 目に入り込んできたのは、天に伸びる一本の大木から生えた枝が沢山伸びている。枝には多くのリンゴに似た果実が成っており、瑞穂の頭に落ちてきたのはアレだったのだろう。よく見れば、手前に潰れた果実が転がっていた。

(そんなに固い実じゃなくて良かった~)

 汚れた頭を拭きつつ、周囲を確認すべく身を起こしたが、すぐに今ある現実を認識し、身体を強ばらせることとなった。

「う……」

 間違いない。この場所は先程までいた日本の穂崎市の駅前ビル周辺ではない。冷たい夜のアスファルトは消え、代わりに存在するのは一面の平原であった。人工物一切無しの正真正銘の自然のみ。某公営テレビ局がアフリカの大自然を云年掛けて収録したテレビ映像に近い空間が三百六十度の大パノラマで展開されている。


「どうしてこうなった……?」

 つい先程までの成り行きを回想し――納得した。異世界転移して来た少女が開けた転移ゲートに吸い込まれたのだ。信じられないことだが、彼の少女の世界に無関係の第三者である瑞穂が、当事者の不注意で事故に遭って転移する羽目になったというわけだ。

「信じられない異世界転移だなんて!これってもうかなり別件に巻込まれてるわけよね?え?ちょい待って!私って帰れるんだよね……?」

 ――これは大変なことになった。

 瑞穂は事態の深刻さを呑み込みながら、頭を掻き乱した。

 正式に転移術が使える者に見送られたわけでも、喚ばれたわけでもない。ということは、この異世界転移は片道切符である可能性が高い。

(落ち着け!落ち着け落ち着け、私!)

 今こそ、前世の戦争サバイバル経験と、今生で手に入れた現代知識を持って、生き抜くのだ!

 一縷の望みを掛けて、瑞穂は制服のポケットからスマホを取り出した。異世界に転移しても何故が電波が繋がってスマホが使用出来たという話をネット小説で読んだことがある。

 けれども、無情にもスマホの電波の感度の山表示はバリ三ではなくゼロであった。電池残量もわずかである。ソーラー式充電を備えた最新式であるから充電は可能であるが、電波が届かないスマホなんて役に立つとは思えない。それこそアナログ式の腕時計の方が有用そうだと思い、腕を見つめる。時計の針は穂崎市の夜の時間帯のままで止まっていた。どうやら、後で調整する必要があるようだ。

「……」

 背中に流れる冷や汗がさらに増す。

「このままこの場所にいたら間違い無く、野垂れ死ぬ……!」

 どうにかしてもらうのではなく、どうにかするしかない。

 異世界は過酷だ。前世の経験からも瑞穂はそう確信している。

 日本では何だかんだといっても魔術士バイトレベルで悠々と過ごしていた。そのような精神でいては間違いなく碌な事にならないだろう。

(心せよ、か)


 それにしても、延々と続く平原は確かに異世界のものである。だが、どうしてだろう。目覚めてから感じていた奇妙な感覚――既視感と未視感が織り交ざったような感覚が瑞穂の胸を過ぎる。 薄々勘づいてはいたが、この風土がどうしても初めてである感じがしないのだ。

 前世の世界に風が似ているからもしれない、と思った。

(じっとしていても仕方ない)

 瑞穂は溜息をつきながらも草原を宛もなく歩き始めた。

 しかしながらこういう時に限って何も見つからない。平原だから肉食動物がいてもおかしくないが、遭遇しなかっただけ運が良かった。終いには雨が降ってくる始末で、ようやく見つけた大木の陰で一刻の間、休むことにした。

 雨の音だけが辺りを支配する。瑞穂は仕方なくうずくまる。

(そういえば荷物確認をしていなかったな)

 何か使える物があっただろうか。

 唯一と言っても良い、共に転移してきた学生鞄(学校帰りからバイトに直行したので所持していた)とウエストポーチを開けて見た。

 魔術符数枚に魔素の粉が入った瓶が数本。そしてエチケット道具と勉強道具一式に携帯電話、ペットボトルと少々のお菓子などなどである。財布もあったがこの世界では役に立たないだろう。ワイヤーフックは魔術業界系のバイトで窮地に陥った時、何かと使える道具であった。ホームセンターで購入した物を自ら改造した自慢のお手製品である。先日買った某社の人気クッキーの食べかけが鞄の奥底からお目見えした。いざという時の有り難い食糧であるから、すぐには食べずに取っておくのが吉だろう。

「でもこれっぽっちじゃ、どの道持たない」

 とにかく街へ行き、食糧へありつく手段を得なければならない。

 不安感を瑞穂は額の汗を拭って誤魔化した。

 前世であれば、魔王の右腕と謳われるほど力があった。故にこのような恐れを抱くことなく済んだのにと苦々しく思うのであった。

(ははっ、エンドレス後悔とはこのことだわね)

 

 前世のように空を越える術は使えない。あれは魔力を消費し過ぎる。となると、この先も歩くしかない。野盗に見つかるのが先か野良肉食動物に遭遇するのが先か……。この二つの遭遇率はいかんせん異世界では高い。

(下手に動くと最悪、バッドエンディングを迎えるね、私!)

 女子高生、異世界にて死す――なんて、日本生まれの女子的にあり得ない死に方はしたくない。

 立ち上がって大木の下で行ったり来たりして思考を巡らせていると、足下にあった茨のツタがパキッと音を立てて破損した。ツタは延々とこの先に見える森へと伸びている。さらにうっそうと生い茂る森の彼方には立派な背の高い城門が薄ら顔を出しているのが伺えた。

「行ってみるか」

 建物があるなら人がいるかもしれない。

 気づけば雨もようやく上がってくれていた。

 瑞穂はぐっと拳を握りしめ、進み始める。

 さて、ここからが本番だ。


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