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48、騎士団支部を後にして

 街のど真ん中でユースロッテは笑い過ぎて痛くなったお腹をさすっていた。支部を出てもうかなり経つというのに、いい加減笑うのはやめてもらいたいものだ。

「もうそろそろ、笑うのやめてもらえませんかね」

「ははっ、はぁはぁっ、水っ、水を……っ。だって、あの時のディアスの顔っていたったらもう!思い出したらまた笑けてきたよ!あはっ、あははははっ!しかも、ミズホちゃん、あれだけディアスの所から一刻も早く離れたいと言ってたのに結局そのまま……いや、むしろ素敵な同僚関係へ進まされて行くからさぁ。面白くって!あはは!たまらんねっ」

 鞄から準備良く水筒を取り出してユースロッテは一気に飲み干した。変なところで装備にマメな奴である。


「結構、思いを伝えられたと思ったんですけどね。支部長の同情を買えたかと思いきや、まさかあんな展開になるとは……!」

「最初の勢いは良かったんだと思うよ?ただ、最後は支部長の思い通りに運ばれてしまったね。あの人も伊達に支部長職に就いてないさ。――見事な裁き方だった」

「貫禄があると言うか、慣れてる風ではありましたよね」

 見事な大岡裁き並のまとめ方だった。もう白旗を揚げざるを得ない。


 さて、あれから日もどっぷり暮れてしまった現在、案内人を買って出てくれたユースロッテと共に今晩のお宿である『あさぎ亭』を目指してウェローズ街を歩いていた。ディアスとはあの後微妙な空気になりさらに微妙な無言のままお別れとなった。彼は多忙な男なのである。今後の彼の班として行動することなどは、瑞穂が正式に騎士団に登録されてから追って話合うらしい。


 また、騎士団支部でお別れと思いきや、ユースロッテとの同伴は延長戦の様相だ。瑞穂はあと少しの我慢が延びただけだと自分に言い聞かせている最中である。


 騎士団支部から南西にあるウェローズ街は宿が建ち並ぶ。

 "夜遊びの街"としても機能を持つカイケロ街とはまた違って、外部の人間が出入りする宿泊街にしては治安も良い。

 どちらかといえば、行政関係者や落ち着いた一般旅行者、騎士団関係者などが利用層だろう。


 嬉しいことに、なんと宿代は昨日に続き騎士団が持ってくれるという太っ腹ぶりだ。

 人格に問題があるのはディアスとユースロッテだけだったに違いない。金銭状況が芳しくない瑞穂にとっては、有り難い事この上なかった。

(お金の重要さと人の優しさが身に染みるわ~)


 常時監視者はもう必要ないだろうと判断してくれたのも助かった。


 緊縛の術が瑞穂に施されているのだから、逃げようとしても余程の事をしない限り出来ないと思われたのだ。


 まさか緊縛の術によって、最低限の範囲内ではあるが身の自由が確保されるとは、人生何が役立つか分からないものである。


 そして、瑞穂自身は彼ら(騎士団)から逃げる計画をまだ諦めていなかった。異世界に半年以上も滞在したら、地球での時の流れがどんなに大変なことになるか想像がつかない。もしかしたら一分も経ってないかもしれないし、もしかしたら何十年も時計の針が進んでいるかもしれない。



(ああ何という博打的状況なの!夏の部活動大会以前に、春の中間テストは受けておかないと……。親が心配するのよね)

 

 瑞穂の家は両親が共に商社マンで、いつも日本国内やら世界やらを飛び回っている。

 その為、弟と二人で過ごすことが多く、家政婦を呼んで家事やら世話やらを頼んでいるものの、両親はやはり心配であるらしい。

 その気持ちは、子供を残して働いているという後ろめたさも相まっているのかもしれない。


 反対に、瑞穂と弟は、気楽で自由なこの生活を思いの外気に入っていた。

 親の心子知らずと言われそうではあるが、この状況を作ったのは他でもない両親なのでお互いに痛み分け、もしくは、WIN-WINであるとしてはいかがだろうか?……と、瑞穂は両親に進言したいところなのである。


 さてそんな安芸家ではあるが、さすがに成績チェックはこまめに行われていた。

 もし、酷い成績を取ろうものなら、長期有給を取ってまでしても、特に母の方は帰ってくるのである。

 そして、謎の母親スパルタ教育週間が始まるのだ……!


 昔一度だけ、そのような状況下になった瑞穂は"ほどほど"に地獄を見た。


 親が直接子供に教科を教えるというのは、力が入りすぎてあまりオススメできないかもしれないとだけ、言っておこう。


 少なくとも安芸家はそのパターンだった。


 それ以来、勉強で手を抜くことはやめたのである。

(魔王の右腕をビビらせた現世の母上、恐るべし……!)

 

 なにも上位成績を求められているのではない。中の上を維持していれば指摘されないのだから、本来ハードルは低いのだ。

 瑞穂も元々は頭は悪くない方なので、真面目にやっていれば良かっただけなのである。


 ただ、ちょっと前世のスチャラカな性格面がたま~に出てしまい、手を抜いてしまうことがあるのだ。

 だが、瑞穂は母の愛のスパルタ劇場を味わい、学習したのである。


 ――遊びも勉強も、適量・適法で取り組みませう。(元魔王の右腕、心の一句)


 そんなこんなで切実に中間テストまでに戻りたい。勉強もしたい。鞄の中には少しばかりの教材が入ったままだがこれだけでは到底足りない。地球に帰ったものの、知識がリセットされていては泣くに泣けないかもしれない。


(でも限界あるし、これは帰還したら放課後は自主的に予備校通い決定か……)




 嫌な予感はしつつ、どうしようもないことなのでひとまず棚に上げておくしかない。



 異世界に来てから棚上げ事項がどんどん増えていっているがもはや達観の境地である。


 今後の滞在場所については、騎士団女子寮で場所を用意が出来次第、そちらに移って過ごすことになる。それまでは一週間ほどあさぎ亭という宿に泊まることになったのだ。


 闇色になった空の星々は日本の都会よりくっきりと光っている。

(バーダフェーダに到着してから今日まで二日しか経ってないのに、本当に色々な事があったなぁ)



「今日泊まる宿の"あさぎ亭"ってもうすぐなんですか?」

「うーん、あと十分ほど歩けば着くんじゃないかな。ああ、それと今日からはもう僕は一緒に泊まらないから。一週間後の騎士団の伝令が来るまではここで好きに過ごすと良いよ」

(レッツ☆バケーションッ!!!!!イエイ!!)

 瑞穂は心の中でガッツポーズをバッチリきめておいた。

 ようやくユースロッテと別れる目処がついて嬉しい限りである。

 


 そろそろ夕飯時なのか、あちこちから食欲をそそる匂いが漂ってきた。通り過ぎる旅人達も適当な飯屋を見つけては吸い込まれて行く。


 しばらくの沈黙の後、ユースは思い出したように切り出した。

「ミズホちゃん、ずっと聞きたかったんだけど……。君の魔術はどこの流派なの?出身はこの大陸ではなかったよね?僕は仕事上、結構魔術の流派は知っているのだけど、君の術式はどうにも見たことがないんだ。興味あるなぁ」


「前にも言いましたけど、私の術なんて辺鄙な田舎町で母に習ったものですから。大したこと無いと思いますよ?方法論は違っても、具現結果はこの大陸の魔術と同じですし」


 適当にそれらしいことを言って誤魔化すしかない。


 まさか種明かしをして、『お宅の国が観光名所化している幻影都市リズクレイムで構築された異世界エンフェリーテの魔術理論です』なんて言うわけにもいかないだろう。


(いつかは食いついてくるだろうと思ってたけど、今来るとは……)


 魔術師で研究者であるユースロッテは、出会った時からずっと瑞穂に興味を示していた。

 ただ純粋に研究対象として面白い素材なのだろう。結局、宿までの案内人を引き受けたのも改めて質問するために二人きりになるチャンスを狙っていたからなのだと、後になって瑞穂は気付いた。


「そもそも魔術の世界には多数の流派があるのは知ってる?流派によっては同じ術でも生成の詠唱順序が違ったり、構築理論が違ったりするんだ。

 その中でアランガルド大陸においてはイヴォニ流とヴェータ流が主勢力だ。まあ、他の流派でもそうなんだけど、術の印を結ぶ時、最初に行うのは魔素の流れを作り、引き寄せる式が一般的だ。

 術符は各々の流派の印の紋様も予め刻まれているから術の生成行程を省略出来る優れものだ。いわゆる魔術を行う土台作りをするわけだ。少なくとも僕の知っている限りでだけど。

 僕は研究過程で様々な地域を巡って、流派の術符の印を標本化(ライブラリ化)しているんだ。これでも結構な情報量は集められていると自負しているんだけどね……。

 それが、君の術符には僕の知りうる限りの記録に無い術符なんだ。少なくとも僕の研究情報からは該当するものが無い。

 一体どこの流派なんだい?大陸の系統を組むものではないんだよね?ということは別大陸かなぁ。いやあ、興味深いなぁ!」


「あっはっはっは、ただの田舎流派ですから記録にも残ってないんじゃないですか?ほら、口承・一子相伝っていう奴ですよ。民俗学の分野ではよくあるんじゃないですかね?」


「君の意見も一理ある。でも、それなら尚更君の故郷に行ってみたいなぁ!故郷探しするならぜひ手伝うからね!」


(誰か!私にNOと言える勇気を!日本人だからって押し負けてはこの国際化の時代に生き残れないわ!)


 海外の人間を相手する時は勢いとハッタリが大事だと、貿易会社勤務の父親も言っていたことを思い出す。


 ユースロッテの探るような目に怯むわけにはいかないのだ。

「私自身も母から流派という定義でなく、ただの代々の教えとして、『魔術』を教わりました。詳しくは母に聞いてもらわないとなんとも言えません。ええ、ぜひ会ってもらいたいですねぇ」


(あの魔王の右腕もビビる敏腕母上にコイツをやり込めてもらいたいですわーー)

「瑞穂ちゃんの母上かぁ、いやあ、会ってみたいなぁ!さぞや聡明なんだろうねぇ」

「うふ、そうですね。フフフフフ」

「ハハハハ」


「……。では、故郷へ帰る手立てが見つかりましたら、ユースロッテさんには必ずご報告すると約束しましょう」


 本当に帰還の道筋が立てば、彼にその経路を伝えてもよい。ただ、地球への道筋なんぞ書いた文書を見ても、実行して来られるわけがない。恐らく地球帰還の理論は高度な魔術理論となる。

(トライディアの魔術文明レベルでは辿り着けまいて)

 これは前世魔王の右腕だったリヒターとしてのプライドでもある。


 ただ、トライディアから地球へ少女を『転送』した術式は瑞穂も気にかかっている。

 "あれ"の残骸に巻き込まれたからこそ、今の瑞穂の状況が出来上がっているわけで。


 異世界転送術式を構築した者が、トライディアにもいるわけだ。

 その者はもしかしたら――その者に限っては――天才的素養で数段階レベルの高い魔術理論に辿り着いているかもしれない。

 だが、このトライディアという世界でそういった者はごく僅かであろう。そして、その魔術レベルが広がっているわけでもないと、この世界で生きていて実感している。


(いずれ向き合う時がくるかもしれない)


 瑞穂が帰還するときにもし邪魔をしてきたり、障害となるならば、それを取り除く準備もしておかねばならない。つまりは、このトライディアという世界で力をより一層蓄えておく必要があるというわけだ。



(そうそう!どうせ帰還方法を書くなら、日本語で住所でも追記しておいてやろうかな)

 ついつい意地悪な考えまで浮かんでしまう。

(地球に来れるもんなら来てみなさいってね)


「魔術の方も今後、お披露目する機会もあるでしょう。その時はどうぞご自由に観察して下さい」


 やましいところなど一切無い、そんな気持ちで言い切った。


 実際、後ろめたいところもないし、瑞穂の魔術の源流を探るなら前世の魔術流派まで調べないと無理だろう。


 その上、自身で改良に改良を重ねているわけで、個人仕様に特化した術の解析ほど難しいものはないだろう。

 解析するとしても相当に時間は掛かるし、ユースロッテとそこまで時間を共にする予定も無い。

「いいね、たっぷりとお手並み拝見といこうじゃないか♪」

「……」

 これ以上言うことはない。


 二人の間の妙な緊張感はとある少女の声によって打ち破られた。

「あ、ユースじゃん!店前でボサッとしてないでよ!入るなら入って入って!」

 気がつけば目的地に着いていたようだ。


 屋根からぶら下がった『あさぎ亭』の看板がランプに照らされて、闇に浮かび上がっていた。その真下に瑞穂にとっての救世主が仁王立ちしていた。



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