47、ルバニア王国騎士団バーダフェーダ支部へ その3
ルバニア王国騎士団の歴史は古い。
建国当初から存在するこの騎士団は今年で結成三百年になる。
その歴史を彩る人物やらの肖像画が、支部長室には飾られている。
しかしながら、部屋に通された瑞穂にとってはただの知らないオッサンの絵がいくつか飾られているなーとしか思えない。
逆にうら若き少女(ここ大事である!)が感慨深げに見る方がおかしいだろう。
事務員らしき男性にディアス、ユースロッテ、瑞穂が支部長室に案内されてから五分程してから部屋の主は現れた。
「いやー、遅れてすまない!色々忙しくてね」
このかっぷくの良い、ついでに人格も良さそうな素敵なオッサンもとい、オジサマこそがルバニア王国騎士団バーダフェーダ支部長、ベルテク氏その人であった。
にじみ出る汗をハンカチで拭きつつ、支部長室随一のそこそこ豪華な装飾が施された黒革の椅子に腰掛ける。
それを見届けてからようやくディアス一行も腰を下ろした。
「ベルテク支部長、こちらこそお忙しいのにすみません。わざわざ時間を割いて頂いて」
「何を言ってるんだね。君を呼び戻したのは他でもない支部側なんだ。一度顔を向けてじっくり事情を話すのは当然の礼儀だよ。サンフェル王子殿下にはお会い出来たかな?」
「はい、例の如く行方不明ついでにしっかり事件に出会っておられましたので、共に片付ける事となりましたが……。まあ、いつものことでしょう」
「ははっ、殿下らしいと言えばそうだな。では、殿下からバーダフェーダに来た経緯も聞いたかな?」
「王家の使者殿から内容の把握はつつがなく聞きました――と言いたいところですが。……まあ、後々この件については二人でお話しても?」
「ああ、そうだな。今はそれよりも君たちの用件を先に聞こうか」
(――来た!いよいよ本題だ)
瑞穂は自らに目を向けられて、身体を強ばらせた。
緊張して喉は乾き、唇もかさついている。健康に悪いことこの上ない。
(この対応如何で今後の私の処遇が決まる)
興味深そうにベルテクの瞳は瑞穂を捕捉している。
「メリディシア遺跡群内、ルバニア王国王家直轄地域、神域盗掘事件については報告は行っていると思います」
「君が先触れで飛ばしてくれた手紙にて粗方は把握している。盗掘を行おうとした盗賊団は捕らえたのだろう。よくやってくれた。それで、その場に偶然居合わせてしまった被害者がいたとのことだったね。ほう……では、彼女が国宝を身に宿してしまった被害者の少女なんだね。名前は?」
「ミズホ=アキです」
瑞穂はディアスに答えさせるより早く、自らの口で名を名乗った。
「私は彼女が被害者ではなく、盗賊団の一味もしくは、別の盗掘者だという可能性を示唆しております。その考えは手紙にも書かせて頂いたと思いますが?」
「ああそうだな。もちろんその可能性もあるな。ただ、ウェイド君からも聞いたが、彼はどうやら彼女は本当に純粋に巻き込まれた一般人の可能性が高いと見ているらしいね。しかし、実際、証拠をこれ以上揃えるのが難しい。つまり疑わしい面もあるが罪を犯したとも言い切れない。判断が難しいところだな」
あごをさすりながらベルテクは椅子から立ち上がり、机に手をついた。
「ふむ、ミズホ君、王家の宝具に関わるので、事は少しばかり重大だ。単刀直入に聞こう。できれば素直に答えて欲しい。君は盗掘に関与していたのかな?」
「――!」
ゴクリ、と瑞穂は唾を飲み込んだ。緊張は最高潮を迎えている。
(さあ、どう言おう)
宝珠を取り出す術師を呼ぶ依頼を出すことと、これまでの経緯を話し、瑞穂への上からの真の査定をしてもらうため、瑞穂はバーダフェーダへ至る馬車の中で支部長へと会わせるとウェイドから告げられていた。
それを聞いてから、このシーンを何度も何度も瑞穂はシミュレーションしていた。
バーダフェーダへ着く前は、誘拐されたという説明よりも、異世界から飛ばされてきたと正直に話そうと思っていた。そして、有力な召喚術師へと取り次いでくれないかとも懇願しようとも思っていた。
まだトライディアのルバニア王国における騎士団支部長がどの程度力を持っているかは分からない。
だが、支部長という肩書きであれば、少なくとも辺境部隊を率いるディアスなんぞよりは幾許か質の高い召喚術師の架け橋となりうる可能性があると思えたからだ。
ベルテクの同情を上手く誘い、彼の口利きで有力な召喚術師を紹介してもらうことが出来れば、地球への帰還も可能になるかもしれないと瑞穂は算段した。
ところが、バーダフェーダに着いてから前世世界の王城ホログラム(瑞穂は勝手に命名している)を見てしまい、この作戦は白紙に戻さざるを得なくなった。
このトライディアという世界はおよそ瑞穂が想像していた以上に、(政治的意味合いではなく世界そのものの構成という点で)歪んでいるのではないかと思ったのだ。
トライディア世界にエンフェリーテ世界(瑞穂の前世世界)の物とも認知されず、ただ異物が現出していることに一喜一憂しているトライディアの民の有様を見て、果たして瑞穂を帰すだけの力を持ち得ているのだろうか?――そういった疑念が湧いたのである。
単純にいえば、世界構成がヤバくなっているのにそれを指摘する者がこの時点まででいない状況ということは、どうやら魔術文明レベルが低そうだぞ、というわけだ。
そんなトライディア人に召喚した者をさらに返送する技術を持ち得ているのか不安になったのだ。
"喚ぶよりも還す方が難しい"
――魔術世界の常識である。
また、本当のことを話しても相手にされないばかりか、怒りを買う、信じてもらえても、あわよくば術師の実験体にされるだけではないかと思い至った。
近くにいるユースロッテのような研究者の術師は前世でも何度も出会って来たが、彼らに弱みを見せるのは非常に危険である。何をされるか分かったもんじゃない。
異世界人=野蛮人扱いする輩はどこにでもいる。
短い時間しか得られなかった中で、考え出した答弁は次のようにと相成った。
「何度も言っていますが、盗掘には関与していません。私はウェイドさんが言っていた『別件の魔術師の卵の誘拐事件』の被害者ですよ!そうだと思うんです!」
「それも怪しいと言っている」
ディアスの余計な一言を意に介さず瑞穂は続けた。
「しかも誘拐されてどこぞに連れてこられたかと思えば、知らない大陸の平原ど真ん中に放り出されて、彷徨って辿り着いた先で盗賊と騎士団の戦闘騒ぎ。火の粉を避けて洞窟へ避難したら、ディアスさんに追われて驚いて……。その先で王家の宝(?)というやつが勝手に光り出して、私の身体に入り込んだんです!!分かります?不慮の事故ですよ!」
瑞穂はやや感情的に一気にまくしたてた。これくらいしないと彼らには伝わらないだろう。全て真実ではないが、全てが嘘でもない。
「だそうだが?ディアス」
「彼女が嘘を言っている可能性はあります。盗掘犯の一味の可能性は捨てきれない」
「僕の意見を言わせてもらっても良いですか?」
「ああ、ユースロッテ君。君も洞窟に居合わせた一人だったと聞いている」
「はい。僕もあの場所で国宝の宝珠を身に宿す状況を遠巻きに見ていましたが、わざととは感じられませんでした。むしろ、追い詰めたディアスにも責任の一端はあるかと」
「おい!おまえはどっちの味方なんだよ!?」
「研究者は常に客観的な視点を持つべきだと思ってるんだ」
(ついでに自分の利益になる方へ誘導することも知っているわよ)
「……ふむ。そうい言えばミズホ君には遺物を用いた緊縛の術を掛けていると聞いたが」
「はい、王家の宝を見事返還し、自身の疑いを晴らせば解くという約束です」
「ユースロッテ、どうせまた騙し討ちして術を掛けたんだろう?君も大概タヌキだな」
「いやいや、それほどでも~」
(そこは嬉しそうに照れるシーンじゃ無いと思うわよ!?)
"なんやかんやと言ってもちゃっかり自分の実験を食い込ませて、食えない奴だ"とベルテクは言っているのだ。
「それに今回は共犯もいます」
「相変わらず仲の良い」
「ははは」
三人を見回してから、一考したベルテクはゆっくりと口を開いた。
「先触れに書かれていた宝珠を取りす方法についてだが、王家の術師を頼る必要があるのだったね。その頼れそうな王家の術師には、私に心当たりがある。何、古い友人だよ。宝具全般について詳しい者だから大丈夫だろう。多少魔術の心得は私もあるが……。私見だが、呪いではないが、宝珠を身体から取り出す作業ということは『解呪作業』に似た儀式になるのでは無いかな?ユースロッテ君」
「ご明察の通りです。恐らく解呪の儀式に特定の、いわゆる王家の術式を混ぜたものになるかと思います」
「ならば話は早い。彼に任せて問題ないだろう」
ディアスが口を開く。
「その王家の術師の方を出来るだけ早くお呼び頂けませんでしょうか?事は急がれた方が良いかと」
一刻を争う、という言葉を頭に付けなかったのは騎士団が現在、この件以外の重大な事件をいくつも抱えているのが分かっているからだ。
私情で強く急かすことは出来ない。
「王都に依頼は掛けよう。だが、君達も知っての通り、王家の術師は多忙だ。当然、私の友人の術師もだ。残念だがすぐには来てくれないだろう。――少なく見積もっても半年か」
「は、半年!?」
それまで事の成り行きを見守っていた瑞穂もさすがの事に声を上げてしまった。
(半年って!それまで、ずっと騎士団のっていうか、この人の監視下にあるの!?冗談じゃない!いやいや、最悪、地球への帰還手段を見つけて転移を成功させれば術の威力が強力なら、緊縛術の強制力に打ち勝てるかも……?)
様々な今後の動き方を瑞穂は考えだすが、頭がグルグルするだけで良い案がすぐに出るわけでもない。
「仕方ないよね、よくあることだよ。でも、まだマシな方じゃない?イレナド砦に居続けたら、王家の術師があそこまで来てくれたか怪しいし、とにかくバーダフェーダにいればベルテク支部長の面子もあるから、必ず会うことは出来るはずさ。運が良い方だよズホちゃん」
(何の慰めにもならんわい!)
「詳しい到着までの日にちは連絡を取ってからじゃないと言えないが、ミズホ君にはしばらくバーダフェーダに逗留してもらうことになるな。ならば……よし、ミズホ君、王家の術師が来るまでの間、君には身の潔白の証明をする為に、騎士団で働いてくれないか?身近な場所で働き様を見れば、人となりは見えてくるものだよ。君が犯罪を犯すような人柄かどうか、私も騎士団の者達も見極めさせてもらおう。どうせ緊縛の術で監視者のディアスから遠くに離れることは出来ないんだろう?ディアスもしばらくは辞令でバーダフェーダで勤めることになる。彼の下で励めば一石二鳥だ」
予想外の返しに瑞穂もディアスも固まった。
「えっと……?」
「ベルテク支部長お待ち下さい!そ、それはどういう意味ですか!?」
ベルテクはウェイドとよく似たニヤリとした笑みで言う。
「だから、ディアス、君の班にミズホ君を加えて働いてくれってことだ」
ベルテクさんはディアスの昔から付き合いのある上司なので、あえて「君」づけをしていません。反対に距離が遠い人間には「君」付けをします。そんな性格なのです(^^)