46、K氏:「あの人は絶対に巻き込まれていると思うんですよ」
「ねーちゃんが、帰ってこない……」
中学一年生の安芸和真は焦っていた。
(あの人は絶対また何かに巻き込まれてるぞ……)
幸か不幸か、両親共に現在、海外・国内各々出張中だ。少なくとも二週間は帰ってこないのは確定済だった。
四歳差の和真の姉は昔から――頻繁というわけではないが――ふとした時に"妙な事件に出会う体質"であった。
ある時は老婦人がひったくりにあったというシーンに居合わせて、どうやって子供の力で対抗したのか分からないが、犯人を捕らえて警察に引き渡し、盗まれた鞄を取り戻した。
ある時は、友人の友人の友人のカップル痴話喧嘩に巻き込まれ、仲裁を余儀なくされた。その際はカップルの彼女側の誤解のとばっちりを受けて、頬をにビンタを受けたらしい。姉は帰宅後、名誉の負傷だと見せつけてきた。(半分黄昏れていたかもしれない。)
このあたりまでは、まだまともな範疇とくくれる事件だったかもしれないが、その後は一般的ではない事件も増えた。
ある時擦り傷だらけで帰ってきたことがある。事情を聞くと、「精霊に魂の色が好みだといわれてストーカーされたと思ったら、その精霊のライバルが現れて私を奪い合いしだして、精霊の戦いに巻き込まれた」と曰った。
きっと、弟が子供だからと思って誤魔化して話したに違いない。
その後も非現実的なことを言って、妙な事件に会う度にを話をしてくれたのを覚えている。
和真はアホらしくなって、次第に姉のファンタジックな弁明がある時は聞き流すようになった。本気で弟に理由を語る気がないらしいことがよく分かったからだ。
実は失踪も初めてではない。
彼女曰く、状況が深刻な場合は、長期に渡って巻き込まれ続けて日を跨ぐことがある――とのことだった。
その上、何故か彼女が失踪となる時は、両親が二人とも出張で長期にわたり家を空けている時なのだ。
子供の頃は、お手伝いさんが両親がいない時には来てくれて世話をしてくれたが、夜だけは帰宅してしまう。
偶然にも、そのお手伝いさんが来ている時に姉が外出していて(その体でお手伝いさんにも話しておく)、弟である和真も騒ぎ立てなければ『彼女が失踪している事実は明るみに出ない』のである。
まるで、計算されたかのように彼女は"いなくなり、帰ってくる"のである。
つまり、両親は数々の彼女の失踪歴を知らない。
――知っているのは自分だけ。
さすがに姉が行方不明になって内心慌てふためき、警察に捜索願いを出すべきか、両親に知らせるべきか、それとも自身がまずは近所を捜しに行くべきか……そんな悶々とした日々を過ごして日にちが過ぎていく。だが、和真がいよいよ親か警察に……と行動を起こそうとした時にタイミング良く、彼女は帰ってくるのだ。
姉が失踪する度に和真は彼女に問い詰める。
「何でいつも突然いなくなっちゃうんだよ!?理由は何なんだよ!!??巻き込まれ体質ってだけで説明つかないよ!!」
「でもちゃんと帰ってくるじゃない。大人達には知られてないし、問題ないでしょ?」
「もうファンタジーな言い訳は沢山だって言ってんだよ!ちゃんと本当のことを言ってくれよ!!ねーちゃんがいなくなっている間、学校に風邪で休むって電話してるの、俺なんだけど!」
「いや~、それには感謝してるわー。マジで助かってる、ありがとうね和真~♪いつも通り、次のバイト代でお礼の品をお納めさせて頂きますわ~」
「それはそれで有り難くもらっとくよ!謝礼は素直に受け取る主義だからさ!でもそれはそれ、これはこれだよ。お礼を言われても心から感謝してるって感じがしないし」
「気のせいよ♪」
「……ねーちゃん、その調子で煙に巻いて適当に生きてると、いつか大変な目に遭うぞ」
「その時はその時ねぇ」
もう一言、何かを言ってやろうと思った。
が……。
「……」
有無を言わさない姉の微笑みに押し切られてしまったのである。
家族故の、姉である故に甘くなってしまう自分がいるのは自覚している。
けれど、それ以上は踏み込めなかったのだ。
それから年月は過ぎ、ここ数年は大きな騒ぎも形を潜めていた。だから和真は安心しきっていた。姉も成長し、もう大事には関わらないように生きているのだろう、と。
(俺の勘違いだった)
たまたま、偶然にも彼女の周囲で事件が起こらなかった日々が続いていただけだったのだろう。
「クソ姉貴!久々に大きな事件に巻き込まれてんのか……?どーすんだよ、絶賛最長記録更新中じゃん。今日で三日目だよ!これ以上、何て学校に連絡すればいいんだよ!!」
両親は出張中で不在。家を出る前は戸締まりを忘れずに、という母の言葉が頭を過ぎる。
午前七時三十分。
そろそろ自身も登校しなければいけない時間。
自宅の固定電話の前で、和真は呆然と立ち尽くしていた。
息抜き回です。地球の弟が登場です。今後レギュラー出演するかどうかは未定です(笑)




