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45、ルバニア王国騎士団バーダフェーダ支部へ その2



 正門で集合した時に来ていたのはウェイドだけではなく、ディアスも同伴であった。


 なんでも二人とも昨日から支部に来ている要人のもてなしにあたっていて、先ほどようやく解放されたらしい。

 その折で、瑞穂達が訪れたと聞き、支部長に面会するのなら二人も付いていった方が良いだろうということでディアスも共に来たのである。


 ――そもそも瑞穂の監視はディアスの担当なので当然ではあるのだが。


 そんなディアスがやって来て、瑞穂と顔を合わせた瞬間、微妙に複雑そうな顔をしたのは瑞穂にとって謎であった。


(ユースさんとアホみたいな掛け合いを延々と続けていたところを見られて、より一層私に対する印象が下がった気がするなぁ。いや~、いいんだけどね、でもあの冷たい視線をもらうとゾクゾクしますなぁ~。フフフッ、私の印象はどこまで落ちていくのか……)


 決して瑞穂はマゾでは無いが、乙女ゲーム並のクール美男子風貌を持つディアスに見下した視線を向けられるのは、この上なく癖になりそうだと瑞穂は思いつつあるのだった。




 = ルバニア王国騎士団 バーダフェーダ支部 =

 正門を越え、ようやく支部の事務庁舎へとやって来た。入り口には立派な看板が掲げられている。


「立派な看板ですね」

 木材のプレートに丁寧に文字を刻み、装飾として銀で覆っている意匠は一目に見ても高価だと分かる。

「細工匠ロックウェイの作だからね。王国騎士団の歴史は古いから、面子に拘った初代支部長が、支部立ち上げ時に頼み込んで作ってもらったとか」

 格式高い騎士団には威厳を示すのも一苦労(金がかかる)ということだろうか。維持費が大変そうでお気の毒である。後世の騎士団の懐事情までは考慮していなかったに違いない。


「基盤にはトリネ材木を使っているから、あと五十年は持つぞ」

 金策に困ったら最後の手段がこの板を売ることだと、ウェイドが特に感慨もなく答えてくれた。

「俺はこれを見るたびに早くイレナド砦に帰りたいと思うけどな」

 ボソッと口を挟んだのはディアスである。


(疲れた中間管理職は、田舎でお山の大将してた方が気が楽だとか?)

 きっと彼にとってもバーダフェーダに出てくるのは本意ではなかったのだろう。


 事務庁舎はそこそこ年季の入った三階建ての木造建造物で、ヨーロッパの中世市民街の仕様に土地独自の文化を加えたような建築様式に見えた。

(さすがに鉄筋コンクリート様式の建物はまだ無い文明だよね)


 ウェイド、ディアス、ユースロッテ、瑞穂の順番で事務庁舎の玄関口を通り抜けていく。

 特に出迎えがあるわけでもなく、淡々と騎士らしき人々とすれ違うのを繰り返す。

 もちろん、すれ違い様に皆、軽く会釈はしてくれる。役職付ディアス一行が来ているという認識はあるようだ。


 廊下の冷えた埃っぽい空気を吸い込むと、どこか懐かしく、落ち着いた気分になる。学校の図書館の匂いに近いかもしれない。


「皆さん、忙しそうですね」

「そうだね。万年人手不足だからねぇ。常時募集は掛けているけど、選考基準が厳しい上にすぐ辞めちゃう奴も多いからさ~。やっぱり本店(王都の騎士団本部)の裁量が悪いんじゃないの?ねぇ、ディアス」

「知るか。俺に聞くな。俺は騎士団長じゃなくて、"国境砦指揮官兼警備隊長"だからな。どういう方針を執るのかは上が決めることであり、俺らは従うまでだ」


「ですってー、ウェイドさん」

「おいおい、俺にまで振ってくれるな」

「でも本部の精鋭騎士隊の一人じゃないですかー」

「え?ウェイドさんって、もしかして凄い人なんですか!?」

「あのな、俺らの今までのウェイドさんに対する態度を見て何も気づかなかったのか?」

「いや、ワタクシ完全に部外者ですし?逆に騎士団の内部事情をしたり顔で把握してる方が怖くないです??」

「ああ!?それぐらい察せよっていっているんだよ!」

「は~い!ストップ!!ディアスもすぐ怒らない!瑞穂ちゃんもわざとキツく返さない!はいはいはい落ち着こうね~」

(く、屈辱……!ユースに止められるなんて!)


 続けて、ユースロッテは瑞穂に耳打ちしてくる。

「ごめんね、瑞穂ちゃん。普段はディアスもこんなことで目くじら立てないんだけど、どうやら先に会った王都からの要人に相当ストレス溜める思いをさせられたみたいなんだよ。これは僕もウェイドさんから耳打ちされたばかりなんだけど……。だから、ちょっと刺激しないでやってくれるかな?」


 いつものおちょくるユースロッテではなく、真面目に諌める姿勢を見せる彼に瑞穂は若干驚かされたが、ディアスがそれほど虫の居所が悪い状態というわけなのだろう。

「分かりました。しばらくは大人しくしておきますよ」

「ありがと、助かるよ」


 ユースロッテがウェイドに目配せすると、分かったとばかりにウェイドは話を続けだした。

「精鋭騎士隊とはいえ、実際はこうして各地を飛び回る、しがない伝令役だぜ?騎士団長への余計な口出しはできねぇよ」

「精鋭騎士隊へ入れるのはどこかの都市の支部長を務めた者だけでしょう?それこそウェイドさんみたいな方の声は考慮に値すると思われると思うんですよー」


 ユースロッテはいつものように間延びした話し方で話す。

 一方、ディアスはもう面倒だと言わんばかりにだんまりを決め込んでいるようだった。



 瑞穂は再び思考を元に戻す。

(ふむふむ、ウェイドさんは凄い経歴の持ち主ではあるのね。しっかしなぁ、これだけ強くてイカツイオッサンを伝令役で使うなんて、絶対人選ミスだと思う)


 伝令役は目立ってはいけない。

 確実に敵に邪魔されずに速やかに情報を運び届けるのが仕事だ。

 こんなに存在感があると、どのような相手であれ衆目を集めてしまうだろうに。精鋭騎士隊にいるという強さだけを買われて抜擢されたのだろうかと疑問は尽きない。


 だが次にユースロッテが落とした爆弾発言の方が"より"問題となった。


「あっはっは!僕は僕で、お偉いさんでもないし、ましてや騎士団部外者と来たもんだから、採用自体に文句言えないしね♪」


(ん?んんん??)


「どいうことです!?ユースさんって、騎士団員じゃないんですか???」

「えー、違うよ」

 ――では、彼の今までの行動を見てきて、騎士団員じゃなくて何だというのか!?

(そういえば、彼は以前に騎士団は大切なパトロンとかいってた……!私は騎士団にいることで騎士団の研究部署に潤沢な資金が支給されていると解釈していたけど、ユースは本当に騎士団に所属していない外部の人間だったっていうことが正しかったっていうの!?)

 ちゃんと確認していない瑞穂にも落ち度があったが、誤解させるような言い回しをするユースロッテもユースロッテである。


「僕は騎士団関係者だけど、騎士団員と言った覚えは一度も無いよ?」

「ユース、おまえまた新人を騙したな?」

 ようやく調子を取り戻したディアスが頭を抱えてユースロッテを窘めた。

 そう、この構図こそが普段の彼らの関係図だ。少し瑞穂は安心したが、それどころでないのを思い出す。


 断っておくが、瑞穂は騎士団に所属していない。むしろ捕縛者だからこそこの場にいるのだ。ディアスの新人という言い方はいささか引っかかるが、言葉の綾なのだろうと思っておくことにした。


「ええ~、酷いなぁ。一緒に行動していたディアスだって同罪だよ。僕は全てを語らなかっただけなのに」

「お上りさんにはおじさんが簡単に説明してやろうじゃないか。コイツはルバニア王国魔術研究所の研究職員だ。彼らは仕事上、騎士団とは関わりが深くてな。まあ、持ちつ持たれつの関係なんで、しょっ中、研究所と騎士団を行き来している者も多くて、ユースはその代表格というわけだ」


「騎士団がパトロンと耳にしたんですが?」

「あ~、よく覚えてるね!それはねー……」

「騎士団が使う魔術武器は魔術研究所が作成・研究しているものが多い。よって、俺たち(騎士団)が使用する武器の面倒を見てくれている分は援助資金を出すことにしていてな、研究費の結構な額を騎士団も提供しているんだよ」

 持ちつ持たれつというやつさ、とウェイドは付け加えた。


 瑞穂はなるほどと理解しながら、ディアスもちょっとくらいは最初に説明しておいてくれても良かったのにと胸中で愚痴る。しかし、彼の涼しい顔を見ていると、今回ばかりは瑞穂に話す義理もないと感じていたのが真実だろう。

(所詮、この人の私への認識って"監視者"と"罪人"のそれ以外なんでもないんだろうな)


 全くもって不毛な世界である。

 異世界で気の置けない友人を作るつもりは無いが、多少は気が休まる相手とは出会いたい。少しそんな考えもしてしまう瑞穂であった。





「ああ!ディアス隊長!!」

 ウェイドとは別部署への報告があるからということで別れた。そのすぐ後、長い廊下のT字路に差し掛かった時、若い青年の声がこちらへと向けられた。

 

 見つけたとばかりに指さしてこちらに寄ってくる。廊下では走ってはいけませんという注意書きをぎりぎり守っているかどうかの速さだが、手一杯に抱えた資料が今にも落ちそうでハラハラさせられる。

 

 榛色の瞳と焦げ茶色の髪、そばかすが広がる顔は愛嬌たっぷりでユースとは違ったまたラフさを感じさせる。身体つきからして、戦闘に出るタイプには見えないいわゆる文官タイプだ。

 それにしても、疲れが祟っているのか、目の下に隈があり、服装もヨレヨレで皺が寄っていだ。

(もしや、泊まり込みで仕事してるとか?うわぁ、仕事キツそうだなぁ)


「ブライアン、人を指さすな」

「いやいや、そんな事言ってる場合じゃないですって。……と、うわあ!後ろのお嬢さん誰です?隊長のコレですか?」


 目立たないように、ディアス達の影に隠れていたつもりだったが、その願いも虚しくブライアンと呼ばれた青年に見つけられてしまったようだ。


 答えようとした瑞穂にディアスが横から釘を刺した。

「コイツの事は"仕事"の関係者だ。その件で支部長と打ち合わせする。お前は勝手な憶測で彼女の事を言いふらすなよ?」


 氷のような瞳でブライアンを睨み付けた。

「私はミズホといいます。宜しくお願いします」

 当たり障りの無い挨拶をして、軽く会釈しておくことにする。


「はじめまして、僕はブライアンです。見ての通り、支部の事務を担っているんです。昔はイレナド砦で勤務していたんですよ。その頃隊長にはお世話になりまして……。あー、隊長の視線が恐い!分かりましたってば!すみません。そうですよね、こんな性格のディアス隊長に恋人なんて出来たら、明日は槍が降って来ますよね」

 うんうんと一人頷きながら納得した。

(ああ、この人は自ら地雷を踏み抜くタイプなんだわ)


 ユースロッテは横で笑いを堪えている。ディアスは額に青筋を浮かべ、ブライアンの抱えていた一メートル長の筒を引き抜いて彼の頭に制裁を加えた。

 意外とお茶目な一面も持つディアスである。


「痛~っ。それはそうと、今日、何の日か覚えてます?昨日から要人相手をされていたので、きっと誰もお伝えしてなかったと思うんですけど」


「騎士団員の皆、慌ただしかったし、外の様子からすると……もしかして社交会かな?」

「ユースさんの言う通りです。お嬢様方が夕方頃から迎賓館に集われると思います。ウチの騎士も何人か参加する予定で。それでですね、ディアス隊長は……」

「出ないぞ」

 ――即返しだ。


「ですよね~。なので、どうかお嬢様方に捕まらないようにして下さい。隊長がいると彼女達のあしらいが面倒になるんですよ」

「……善処はする」

 ディアスは苦虫を潰した表情で答えた。


「今日の社交会は貴族出の者達を集めたばかりのパーティーだけど、騎士ならその出自を問わず参加可能なことはままある。でもね、やっぱり貴族である騎士の方が受けは良いんだ。その点、ディアスは貴族、騎士、美男子と三拍子揃ってるもんだからさ」


 まるで井戸端会議の主婦のように、小声で耳打ちしてくれた。いらない情報だが、状況は呑み込めた。

 美男子も大変だねぇ、と瑞穂は胸中で呟くのだった。


(あれ?というか、ディアスって、貴族だったんだ!?)


 情報の後追いは辛いものだ。

 今日は何度もそう思わされる日であった。

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